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第60話・逆張り

 零士・ベルンハルトがあんな形で怒りを露わにしたのは意外だった。彼自身を拉致したテロリストに対して、あそこまで仲間意識があるなんてとても信じられなかったからだ。

 だけど……きっとそれは、俺が織田さんを信用している事を彼が知らない様に、零士・ベルンハルトの立場になってみないと理解出来ないのだろう。


 それよりも、今はもっと危惧しなければならない事がある。戦争のゴタゴタで詳しく聞けなかったが、テロ組織が角橋にHuVerフーバーを発注していたとされる話だ。にわかには信じられないけど、零士・ベルンハルトが直接聞いたと言うのだから与太話では済ませられない。


「テロ組織と角橋の関係か……」


 しかしどうやって調べたら良いものか、俺には全く見当がつかなかった。簡単に見つかる所に証拠を残したりしないだろうし、角橋内部にいるスパイの目もあるだろう。ましてや俺は退職した身だ、社内を探る事は不可能に近い。

 当然八神もそんな事は百も承知している。それでも状況を整理するために『二つ、疑問があるんだけど』と前置きをし、考察を話し始めた。


「正式な業務依頼であれば書面による契約書が存在するはず。納期や概要、見積もり等の書類がな。それがあれば間に入った会社は芋づる式に判明するし、仮に正体を隠したペーパーカンパニーが入っていたとしたら、すぐに不正を疑う事が出来る」

「まあ、そうだろうな。架空の会社が絡む様な事があれば監査は必ず入るだろうよ。おかしな取引はすぐに明るみに出るのがオチだ」


 これは当たり前の話であって、だからこそテロ組織の依頼は真っ当なルートでない事は明白だった。

 では、一切の物的証拠を残さずに、テロ組織に機体を渡す真っ当ではないルートはどんなものか? 


「独自開発した機体が『強奪された』という事にすればいい」


 方法として考えられるのは、多分これしかないと思う。これなら契約書は要らないし、テロ組織に関わった人間が口を割らない限りは何一つ実証できる材料は残らない。

 おまけに遠く離れたドバイでの出来事だ。日本が調査に入る頃には、事件の痕跡なんて皆無だろう。

 それに、会社としては被害者スタンスでいれば良いのだから、日本国内での対応も楽なものだ。


 この考察には仮説も含まれるが、ここまではかなり整合性が取れていると思う。その上で八神が疑問とするのは、唯一部分だ。


「だけどそれは、同時に開発費用の請求先が存在しなくなるって事にもなる。HuVerフーバーの開発って数千万とか億とかかかるんだろ? 会社としては丸々損失になる訳だから、そこの部分がどうしてもせないんだ」


 この状態で収益をどこから持ってくるのか。何を取って何を捨てるのか。それが解らないとこの考察は成り立たなくなる。だが、俺も八神も経理なんて完全に専門外、考えが行き詰まりお互いに無言になってしまっていた。

 八神は思い出したかのようにスマホを取り出して操作し始めた。『その手があったか』と俺もつられてスマホで調べようとしたのだが、すぐに指が止まってしまう。どんな文字を入れて調べれば良いか、まったく思いつかなかったからだ。チラリと八神を見るとどうやら同じ状況らしく、指が止まったまま固まっていた。


 そんな時、下の店舗からワッと歓声が上がった。何をやっているかわからないけど、俺達とは対照的に賑やかで愉しそうだ。


「店、盛り上がってんな。そろそろ行かなくていいのか?」

「ああ、問題ない。今日はお袋達がいないからさ、多分親父も一緒になって飲んでいるんだよ」

「それで大丈夫なのかよ」

「ま、親父が飲み始めたら利益なんて出ないぜ。どんぶり勘定だからな」


 ……他人事ながら心配になってくる。よく店がもっているな。


「なんか意外だよ。厳格な人って印象だったから」

外面そとづらがいいんだ、ウチの家系は。そんなだからいつも商工会から注意されてんだ、『損する為に店をやってんのか?』って」


 その商工会の人も相当呆れていそうだ。それでも地域に根付いた老舗の店は潰したくないというのが本音なの……って……


「——八神、お前今なんて言った?」

「外面がいい家系」

「じゃなくて!」

「損するために店を……って、そうか!」 

「そうだよ、考え方が逆だったんだ」


 こんな単純な事、悩む必要なかったじゃないか。俺は八神の考えを聞きたくて、あえて質問と言う形で話を続けた。彼の考察が俺と一致するかどうか、それによって考えがまとまると思ったからだ。


「会社がどうやって利益を得るかではなく、最初から損失を織り込み済みで開発したとしたら?」

「その場合、HuVerフーバーを無償提供する事になるよな。そこまでするって事は、テロ組織と思想的な部分で繋がっているか、もしくは……」

「もしくは、『脅迫されている』だろ?」


 ここに来るまでに起こった事。俺や織田さんに降り掛かった災難。その内容を考えると、脅迫は十分にあり得るだろう。

 そしてこの考察は、図らずもテロ組織とつながりのある人物を絞り込む要因にもなった。正直俺はそこまで考えていなかったから、八神には感謝するしかない。


「テロ組織から脅迫されてるなんて表に出たら、関係性を疑われて社会的に立場が悪くなってしまうだろ。ウチみたいな蕎麦屋と違ってその影響は計り知れないと思う。それでも会社として脅迫から守らなければならない人物がいるとしたら?」


 中間管理職レベルは論外だ。幹部クラスでさえ、テロ組織とのつながりが疑われたら即切られて終わるだろう、とすると……。


「社長か、会長ってとこだろうな」


 会社のTOPがテロ組織に脅迫されているのか、それとも思想を同じくして協力しているのか。いずれにしろHuVerフーバーを提供する事でテロ組織に加担しているのだから、許される事ではない。

 それにしても、ここでまた会長が出てくるとは。なんかもう、この先も因縁じみた関係になりそうな予感がするのは気のせいだと思いたい。

 それに……その会長が織田さんにちょっかいを出しているなんて知ったら、八神はブチ切れるのだろうな。


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