目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報
第59話・生きていればこそ

 昭和の香りが色濃く残るそば処やがみ。その二階にあるすすけた畳部屋で、俺と八神は言葉を失い沈黙していた。モニター越しとは言え、現実の戦争を直視していたしまったからだ。

 いや、違う。『見てしまった』ではない。むしろ俺達は戦争の手助けをした介入者。間接的でもテロ組織に加担した事になる。

 その現実と凄まじく凄惨な戦場の光景は、安全な国にいる男二人を黙らせるには十分すぎる効果があった。


 相変わらず下の店舗からは、近所のスケベ親父達の騒がしい声が聞こえてくる。普段なら耳障りと言っても支障がない喧噪が、今はこの場所がいかに平和なのかを浮き彫りにしていた。


「……凄かったな、藤堂」

「ああ。もう……なんか……う〜ん……」


 暫くの沈黙の後、やっと発したひと言がこれだった。ネタ的に『語彙力がなくなる』というネットスラングがあるけど、今の俺達はまさしく本当の意味で語彙力を失っていたと言える。

 映画とかで見る戦争風景は、迫力があり時にはグロテスクな場面がある物も多い。しかし今見た光景から比べると、あんなに奇麗な戦争風景はありえないと感じてしまう。当たり前だけど『やはり作り物なんだ』と。


 銃弾を受けながらも前進する事を止めない零士・ベルンハルト。その戦い方は素人目にとても危うく見え、一挙手一投足、そのどれかひとつでも間違えば破滅してしまうかの様だった。彼の綱渡りタイトロープとしか感じられない戦い方が、少なからず穂乃花を守る為の行動なんだと思うと、感謝以上に申し訳ないと思う心苦しさが先に立ってしまう。


 そんな彼の闘いで俺と八神が言葉を失ったのは戦闘開始前の事。戦闘区域に足を踏み入れ、生命の片鱗すらない不毛の地を目の当たりにした時だった。





〔酷ぇな……〕


 零士・ベルンハルトがぼそりと呟いた。

 彼が見ている光景を映し出しているトリスのモニターには、カラッカラに乾燥したいくつもの死体が見える。手や脚がボロボロと崩れ落ち、辺り一面に散らばっていた。そしてそれは、まるで西部劇のタンブルウィ(注1)ードの如く風に飛ばされて転がっている。その度に指が折れ、粉になり、砂と共に舞い散っていく。


「本当に。こんなの……酷すぎる……」


 少なくとも兵士は国や家族の為に戦って死んだのだと思う。自分の大切なものや信じるものの為に殉じたのだと。それでも、こんな虚しさしかない場所に放置されて風化してしまうなんて、俺はやりきれない気持ちでいっぱいになっていた。


〔藤堂さん、これ、見えているのですか?〕

「あ、ええ……」


 ショックな光景に意識を持っていかれ、肝心な事を伝え忘れていた。先に言っておかなければならない事だったのに何をやってんだ俺は。


「すみません、言ってなかったですね。HuVerフーバーのモニター映像が、トリスを介してそのままこちらの端末に届いているんです」


 目頭を押さえながら『気持ちを切り替えないとまずい』と思っている所に、八神が黙ったまま手渡してくるものがあった。


「おまえ……また買って来たのかよ」

「いいから飲めよ。スッキリするぞ」


 手の中にすっぽり収まる黄色いそれには『レモン果汁100%』と書かれていた。これも大学時代に若気の至りでよくやった、気分を切り替える時の最終手段だった。


「あの頃は水で割ってなかったか?」

「ああ、気にするな」

「……」


 ひと呼吸おいて、俺は入れ物を握りつぶしながら中身の液体を口いっぱいに含むと、一気に飲み込(注2)んだ。

 ……あまりの酸っぱさに十数秒固まり、むせて、涙が流れて来た。それでも一発で頭の中がスッキリしたのは、この状況において最良の手だったと思う。


 そこからはもう、恐怖と驚きの連続だった。いきなりミサイルを撃ち込まれたり、

Livin' on a Prayer希望を抱いて生きるをBGMに一騎打ちが始まったりと、およそ普通に生活していたのでは体験出来ない物事の連続だった。

『零士さん、近接型です!』 

『そんな事がわかるのですか?』

『相手が剣を振りかぶった時、側面に回り込むのは容易いはずです』

『わかった、やってみる』

 そんなやりとりが続き、思いの外スムーズに、いや、むしろ鮮やかに敵HuVerフーバーを無力化した零士・ベルンハルト。

 そしてここで二度目の絶句。倒した敵HuVerフーバーに向かって、何故か政府軍が銃を乱射し始めた。一騎打ちに負けた者を味方が撃つなんて卑怯なんてもんじゃない。


「なにやってんだ、あいつらは……」


 と、八神が怒りの声を上げる。まったくの同感だ。


「裏切った訳でもないのに、味方を攻撃するなんて。何のためにやってんだよ」


 戦闘能力を失った人間を守ろうとして、自ら盾になった零士・ベルンハルト。その光景、その行動には、流石に言葉が無かった。

 時間にして3~40秒くらいだろうか、敵の弾を受け続けている最中、トラックに積まれたミサイルがこちらに向けて発射されようとしているのが見えた。『やばいっ』そう感じた直後、ボコンッという大きな音と共にボンネットに穴が開き、弾けるように横転するトラック。どうやら味方の増援が間に合った様だ。


 そこからは起死回生とでも言うべき攻勢が続き、零士・ベルンハルトも一機また一機と無力化していった。戦争行為なんて褒められる事じゃ無いけど、それでも彼が生き残れたのは素直に良かったと思う。


 ——何事も生きていればこそだ。



「なあ、藤堂。さっきのトラックが気になるんだけどさ」

「ん?」


 八神の手にはレポート用紙があり、戦場の配置図が描かれていた。トリスの画面を見ながら、把握出来る限りの情報を書き出していた様だ。これは八神のクセと言うか、深く考察を重ねる時の定石セオリーのようなものだった。描き出す事で答えへの道筋を絞り、より正確な結論を導き出せる。大学ラグビー部の頃、相手チームを視察する時に必ず行っていた八神の戦術だった。曰く、『全てのピースは、必ず意味のある動きをする』だそうだ。


「いや、戦争兵器って必要があって使っている訳じゃんか」

「まあ、そうだろうな」

「5メートル程度のHuVerフーバーに、あんなデカいミサイルを用意すると思うか?」

「それってつまり……」

「この位置取りで味方を置いて離れていくってさ、もしかしたら、あのミサイルの役割って、本部とか街とかに撃ち込む為じゃないかと思ってな」


 数日前に見たニュースでは、『テロリストに情報を与えない為に、辺り一帯全てを妨害電波で囲んでいる』と言っていた。外からの情報をシャットアウトするという事は、中の情報も外に出る事が無いという事。つまり、その中で虐殺が行われたとしても情報が出る事が無く黙殺されてしまう。俺達はトリスで繋がっているからこそ現地の情報を得られているのであって、普通はバジャル・サイーア共和国の発表だけが公式な情報として世界に流れる。

 俺は八神のひと言を聞いて『何て怖い事を言い出すんだ』と一瞬よぎったが、の国が隠蔽しようとしている戦争行為だと考えれば、可能性は十分にあると思えた。


「零士さん、非戦闘員がいる区域迄どのくらいの距離です?」

〔居住区なら7~8キロってとこだと思うけど……って、まさか!?〕

「そのまさかです。予想が当たっていたら大変な事になる」



 その後何とかミサイル攻撃を阻止し、政府軍本隊を壊滅させて無事生還するのだが……零士・ベルンハルトがブチ切れた時は、正直言って俺も八神も引いてしまっていた。

 自分を拉致したテロ組織の人間なんて恨みの対象でしかないはずなのに、テロリストが殺されて逆上(注3)するって、彼は一体どうしたのだろうか?






――――――――――――――――――――――――――――

(注1)タンブルウィード:回転草

 西部劇映画でよく見る、風に転がされる乾燥した草の事。繁殖力が高く、今現在アメリカのネバダ州等では街に押し寄せた枯れ草が住宅を覆うなどして問題になっている。燃えやすく火災の危険もある。

ちなみに原産国はロシアという事だが、アメリカ開拓時代1800年代後半の物語である西部劇で、ロシアの草が転がっているというのもおかしな話に感じてしまう。


(注2)レモンに含まれるクエン酸は強酸性なので、胃痛や胃食道逆流症を引き起こしたり腎臓に負担をかける恐れがあります。また歯のエナメル質に影響が出る場合もあるので絶対に真似しない様に。

余談ですが、筆者は口内炎が出た時“レモンの輪切り”を押しあてて直していました。酸っぱいし痛いけど、3分で治ります(やるなら自己責任で)


(注3)ジョーカー/タラールの事。同然の事だが、藤堂も八神もジョーカーが殺されたと思っていた。

それでも二人からしてみたら最悪のテロ組織の一員であり、世界を騒がせている元凶である。零士と傭兵部隊の関係性を知らない為、彼の怒りが理解出来なかったのだろう。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?