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第58話・信頼

 ――倉庫中に響くバチンッという音。


「いいとこあんじゃねぇか、No.10」


 戦闘から帰還し、HuVerフーバーから降りた直後の事だった。キングはニカッと笑い、その大きな手でオレの背中を目一杯叩いてきた。


「痛ってぇな……」


 周りの目を集めてしまうほど大きな音になったのは、空気が乾燥しているせいもあるのだろう。兵士もメンテナンススタッフも、何が起きたのかといった感じでこちらを見ていた。


 ほんの少し前、オレはタラールが殺されたと勘違いして完全に自分を見失っていた。だから部隊の皆から非難されるものと覚悟していたのだが……予想とは裏腹な、全然違う反応をされて戸惑ってしまった。


「意外だったな。もっと厭世的(注1)な奴かと思っていたぜ」

「……すんません」

「何を謝ってんだ、お前は」


 と、またもやバンッバンッと背中を叩いてくるキング。プロレスラーの様な体格から想像出来る通り物凄い力だ。叩かれる毎に肺の中の空気が全部押し出される様な感じがして、心なしかクラクラしてきた。


「こんな熱い奴なら弟にしたいぜ!」


 キングはスッと右拳をつき出してフィスト・バ(注2)ンプを求めて来た。


「遠慮しときます」


 取り敢えず空気を読んで拳を合わせてはみたものの、一体何が気に入られたのか理解が追いつかない。

 それにしても、この妙になれなれしい感じはなんだろう? 今までのキングとは全然違う印象だ。穂乃花を見るあの性犯罪者の如き危険な目つきの男とは、とても同じ人物には思えなくなってきた。でも……


「あの、さ……」


 この場は兵士達の目もあるし、傭兵部隊の皆もいる。だからオレは思い切って疑問をぶつける事にした。これだけ人がいれば、犯罪者の本性をむき出しにして襲い掛かって来ても何とかなるかもしれないと考えたからだ。


「穂乃花や……アスマに何をしようとしているんだ?」

「……?」


 呆気にとられるキング。目をパチクリさせて質問の意味を考えているのか、もしくは判らないフリをしようと言うのか。


「いつもイヤラシイ目で見ているじゃねぇか。彼女達を襲う気ならオレがお前を、こ、殺……」


 直後、オレの後ろでリーダーとジャックが吹き出していた。それを見たキングは苦虫を噛み潰したような表情になっている。


「ぷぷ……キング、お前やっぱり顔怖えぇんだよ」

「ですね。やはり……くくっ、サングラスかけましょうよ」


 腹を抱えて笑い転げるリーダーとジャック。オレは命の危険があるにも関わらず、覚悟を決めて真剣に聞いているんだ。なのにこの二人の態度は何なんだ? と、この場に吐き出した感情をどこに持っていけば良いのか解らずにいると、アスマから助け船が着岸した。


「堅ちゃん、あのね……」


 聞いてみると、どうやらキングのあの眼つきは、女子供を狙っている目ではなく、周りの野獣共からアスマ達を守る為と言う事だった。睨みを効かせている時の目が、オレにはに見えていたらしい。そう言われても簡単に信じられないでいると、今度はリーダーが以前在籍していたという傭兵団の話を始めた。


 ――それはリーダーとアスマの二人が、仇討ちの為に入った傭兵団での出来事だった。アスマが才能を開花してからの話らしいので、今から3年ほど前という事になる。とある作戦でリーダーが敵迎撃の為に出撃していた時だ。兄の留守をいい事に、その傭兵団の団長がアスマに手を出そうとしていた。


「それでどうなったんだ?」

「キングが、助けてくれた」

「え……」

「あの作戦内容でアスマを出撃させないのはおかしいと思ってな。HuVerフーバーが不調で動かねぇって事にしてコッソリ監視していたんだけどよ」


 アスマを自室に連れ込み、強姦に及ぼうとした団長。すぐさまキングが止めに入り、事なきを得たのだった。しかし、筋が通らない団長の言い訳を聞いているうちにキングはブチ切れてしまい……。


「思わずっちまってなぁ」


 ……と、鼻の頭をポリポリとかくキング。

 結局その一件が引き金となって傭兵団は解散してしまうのだが、その後、リーダーとアスマ、そしてキングの三人で新たに立ち上げたのがこの傭兵団の始まりだった。


「たまたま同じ傭兵団に居合わせただけなのによ、キングはアスマを救ってくれたんだ。感謝してもしきれねぇよ」


 と、殊勝な事を言うリーダー。このひと言を聞いた時オレが思ったのは、なんだかんだ言っても『この二人はバディなんだ』という事だった。

 リーダーだけでは新たな傭兵団を作ろうとはしなかっただろう。これはキングも同様で、偶然にしろ必然にしろ、二人揃ったからこそ“この傭兵団”を作る気になったのだと思う。

 キングはとにかく女子供を食い物にする奴が大嫌いで、アスマやタラールを守る為に、常に周囲に対して監視の目を光らせているそうだ。『少年趣味のクソ野郎もいるからな。気が抜けねぇんだ』と彼は豪快に笑いながら言っていた。


「ま、丁度いい機会だ……」


 キングは倉庫内にいる兵士やメンテナンススタッフを見渡すと、大きく息を吸って、一息に爆発させた。


「——おい、てめぇら!!」


 倉庫の外にまで響きそうな大声だった。固唾を飲む音が聴こえて来そうな位、その場にいた者は皆圧倒され、固まっている。


「ここにいるアスマやタラール、そして穂乃花に指一本でも触れた奴は……」


 キングは頭上に振り上げた右拳の親指を立てると、自分を指し下ろしながら続けた。


「この俺様達が黙っちゃいねぇ。そのつもりがあるなら死ぬ覚悟で来るんだな!」


 これだけ大勢いる中での派手な宣言はかなり効果的で、この場にいない者にも伝わる事は間違いがない。……オレは彼を完全に見誤っていた。弱者が一方的に搾取される事が大嫌いな義侠心の塊、それがキングという男だった。


「ところで賢ちゃん兄さん」

「……なんだよその呼び方は。弟じゃないのかよ」

「穂乃花さんに彼氏はいるので?」

「知るか!」


 何を言い出すんだこの男は。更には『嫁に欲しいなぁ』と下心のある発言が続いた。……やらんぞ、絶対に。


「ところで、僕からも質問があるんだけどさ、


 妙に含むところがある言い方をしてくるジャック。


「ここではみんなに聴こえるし、取り敢えず部屋行こうか」





「さて、と……」


 士官部屋の扉を後ろ手で閉めながら、ジャックが口火を切った。


「し、質問って、やっぱり……アレの事?」

「ええ、話が早くて助かります。あの時の会話は日本語ですよね。相手は誰なのですか?」


 やはりその事か。オレはこの反政府組織:ドゥラに居るかぎり。これはオレだけでなく穂乃花の命もかかっている重大な一件だ。だからおいそれと話せる内容ではないし、傭兵部隊の皆が秘密にしてくれるのかと言う一点において、不安を拭い去る事は簡単ではない。

 もちろん、ここにいる皆が裏でコソコソとする様な人間ではない事は解る。でも、味方になってくれるかどうかという話になると、盲目的に信用して良いのか迷ってしまう。

 オレは選択に迷い、無意識に視線が泳いでしまった。部屋の隅にちょこんと座っている穂乃花と目が合うと、彼女はニコリと優しく笑いかけてくる。そして、簡潔に一言だけでオレの決意を促してきた。


「大丈夫だと思います」


 会話は英語だから、彼女には全て理解出来ていないだろう。それでも断片的に知っている単語や話し口調、雰囲気等からどんな会話内容なのかを察していた様だ。


「わかった。話すよ」

「ちゃっちゃと頼むぜ、No.10」

「だけどその前に、タラールとアスマに頼みがあるんだ」


 ――ジャックでもキングでもない、この二人だからこその頼みだ。


「もしオレに何かあったら、穂乃花を護ってほしい。そして日本に連れて行ってくれないか?」


 予想外の事を言われたからだろうか、タラールとアスマは互いに顔を見合わせると、そのまま視線を穂乃花に移した。きっと、どう返事をすればよいか解らないのだろう。

 実は『穂乃花を守って日本へ行ってくれ』なんてものは方便のひとつ。本音は、タラールにもアスマにも、戦争なんてものとは縁のない世界で生活して欲しいと思っての事だった。オレが日本へ連れて帰れればそれがベストだけど、万が一の事を考えての保険みたいなものだ。もしもの時は、三人でお互いを守りながら逃げきって欲しい。

 そしてジャックは、オレの意図を読み取ってくれたのだと思う。二人の背中を押す様に言葉を続けてくれた。


「二人ともその話は真剣に考えてよ。これは僕達大人からの頼み。だよね、リーダー、キング」

「そうだな」

「ああ、違いねぇ」


 黙ったまま頷くタラールとアスマ。この二人ならきっと大丈夫だと信じている。


 そしてオレは全員の顔を見渡してから息を大きく吸い、ゆっくりと吐き出しながら口を開いた。


「あの声は……藤堂賢治、本物の藤堂賢治だ」






――――――――――――――――――――――――――――

(注1)厭世的えんせいてき

人生や世の中に悲観して、生きる事に嫌気が差してしまっている様子。零士のどこかズレた感覚戦地における日本人の平和感覚が、キングにはそう映ったらしい。


(注2)フィスト・バンプ 俗にいうグータッチの事。



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