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第57話・……生きてる?

 日本には『怒りに我を忘れる』という言葉がある。あまりに強い怒りの感情に、自身が飲まれてしまう事だ。その振り切った怒りを表に出すか出さないかは人それぞれだけど、どうやらオレは表に出てしまうタイプの人間だったらしい。


「ふざけるな……」


 殺すつもりで戦場に出ているのだから、死ぬ覚悟だってあるのは当然。これはほんの数分前、住人を守る為の理由として自分自身を納得させた考えだ。

 それでも、年端も行かない少年を撃つなんて許せるはずが無い。それも直径10セン(注)チもある様なHuVerフーバー用の弾丸で人間を撃つなんて、人道的に許される事では……

 いや、違う。ジョーカーだって今までに何人も殺めてきたんだ。その行動に対する責任は存在するし、少年だからって許される話じゃない。

 じゃあ、撃たれても仕方がないのか? ……そう、仕方がない。むしろ戦場では当然だ。

 ならば、オレは何に怒っているのか? この疑問が脳裏に浮かんだ時には、すでに答えが出ていた。


 ――至極単純な話。単にオレが許せないだけだ。


「日本ならまだ中学生だぞ」


 矛盾とか偽善とかどうでもいい。理由とか大義名分とかクソ食らえだ。気がつけばオレは走り出していた。目に映るのは、殺しても殺し足りないライトグレーのHuVerフーバーのみ。バジャル・サイーア共和国の紋章が入った駆逐すべき敵だけだった。


〔おい、No.10。落ち着け!〕


 リーダーの声なのかキングの声なのか判らないけど、とてもじゃないが落ち着くなんて無理な話だ。それでも、怒り任せだけど状況が見えていない訳じゃない。ちゃんとわかっている。だけど、いつもは自分自身を俯瞰している理性でも、今は感情を抑える事が出来ないでいた。

『でも、どんな理由があったとしても、あんな虐殺はしちゃ駄目だと思う』

 ――数日前、自分の口から出た言葉を思い出していた。

『お互いに恨みをぶつけ合っていたら、永遠に終わらないだろ』

 ――オレは、こんな辛い気持ちの人に対して『我慢しろ』なんてほざいていたのか。

『じゃあさ、それはクイーンに恨み晴らさせてから相手に我慢する様に言って来てよ』

 オレの言葉に対するジャックのひと言が、今のオレにはこの上なく救いになっている様に感じる。個人的な恨みで暴走するのは、あの時のクイーンと一緒なのだから。


 ライトグレーのHuVerフーバーはオレにライフルを向けて来た。しかしそんなものは脅しにもならない。慌てて発砲してくるが、そのほとんどはあらぬ方向へ飛び、たまに当たっても軽い音を立てて弾くだけだった。

 自棄やけになったのだろうか、ヤツはライフルの銃身バレルを掴むと、振りかぶり鈍器の様にして殴りかかってきた。軽く左サイドステップを踏んで回り込み、振り下ろしたにバランスを持って行かれた瞬間を狙って脚を払った。

 うつぶせに倒れたHuVerフーバーを無力化するのは容易い。腰部にあるエネルギー循環用のパイプを二~三本切れば指一本動かせなくなる。もちろん重要なパーツなだけに厳重に装甲が付けられているが、僅かな隙間にゼロ距離射撃で数発撃ち込めば容易に破壊出来る構造だった。……これは設計技師だからこそわかる弱点だ。


 オレは動かなくなったライトグレーのHuVerフーバーを蹴飛ばして仰向けにした。腹部からドロッと混濁したオイルを漏らしながら、だらしなく横たわる最低野郎。そのコクピットの細い窓から、相手兵士がこちらを指差しながら怒鳴り散らしているのが見えてきた。


「しゃあしゃあと謳ってんじゃねぇ」


 苛立つ感情に任せて、コクピット装甲に向けて弾丸を撃ち込んだ。ハンドガンタイプの低威力では、一発でHuVerフーバーの装甲を撃ち抜くのは不可能だ。それでも人間にとって大口径の銃を突き付けられ、鉄板一枚挟んだだけの先から撃ち込まれた時の恐怖はかなりのものがある。タンカーの上での経験、そしていきなり戦場に放り込まれた時の体験。それらがオレに《恐怖を与えるにはどうすればいいか》を教えてくれていた。


 ……だけどもっと恐ろしいのは、歯止めが効かなくなった人間の感情だ。


 兵士は恐怖を感じつつも、装甲が絶対の安全圏を確保していると認識したのだろう。そのイキがった顔を見ていたら怒気と吐き気が同時に襲い掛かって来て……オレはハンドガンで殴る様に、銃口を覗き窓に押し当てた。


〔No.10、そこまでだって!〕


 ガコンッという音を立てながら突き付けた銃口は、完全に兵士の命を握っていた。オレが人差し指を少し動かすだけで、このムカつく顔を赤い粉塵に変える事が出来る。


〔ったくよう、キレると周りが見えないのか〕

〔堅ちゃん止めてってば!〕


 なんかレシーバーから止める声が聞こえてきているけど、そもそもアンタらだって敵を殺して金貰ってんだろ? 止める必要あるのか? 誰の声か判断しようともせずに引き金を引こうとしたその瞬間——。突然オレは、HuVer-WKホーバークは、横から何かに押し飛ばされてしまった。


〔もう、しっかりしてよ〕


 何が起きたか解らず、転がされたまま呆然と青い空を見ていた。そんなオレの視界に影を落として見下ろしてきたのは、肩にJkのマークが入ったジョーカーの機体だった。


「――え?」

〔え? じゃねぇっての〕


 幸か不幸か、この訳のわからない状況が脳味噌を通常運転に引き戻してくれた様だ。悪態が聞こえ、その声がキングのものだとハッキリ認識出来た。


「なんで……タラール、無事だったのか?」

〔そう言ってんのに、堅ちゃん聞いてないんだもん〕


 早とちりだったのか。と、安堵と眩暈めまいと冷や汗の中、自分でも『何を言ってんだ?』という質問を口にしていた。


「え~と……生きてる?」


 ジョーカーが無事だった事に気が付いていなかったのは、どうやらオレだけだったらしい。ミサイルを撃つとジョーカーはすぐにトラックから降りて、自身のHuVerフーバーに向かっていた。もちろんキングは見ていたし、リーダーもクイーンも離れた位置からすべてが見えていた。

 その行動が見えていなかったのは、という事だ。


〔あんな無防備な場所にいつまでもいる訳無いじゃん〕


 と、何事もなかったかのようにサラっと言うジョーカー。


「じゃ、もっと早く教えて……」

〔〔〔言ってただろ!〕〕〕


 言葉が終わる前に、ものすごい勢いのツッコミがオレを襲った。一人で勘違いして、一人でキレて、一人で暴走していたのだから仕方がないのかもしれないけど。


 とは言え、リーダーとキングはまだしも、クイーンまでもがハモらなくてもいいのに……。






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(注)銃の口径について。

拳銃等の『口径』を解りやすい長さで表すと、1口径は1/100インチつまり0.254ミリになります。よく聞く44マグナム(44口径)は、0.254×44で11.2ミリ。

本作で出て来た100ミリ(10センチ)の弾はその10倍弱のサイズという事になります。ちなみに戦車で使われる大砲の弾は105ミリまたは120ミリが多く、このふたつの口径は、アメリカを始めとしたNATO北大西洋条約機構諸国が運用する戦車砲の標準口径です。

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