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第56話・シンプルに……

〔まだだ、あと2度下げろ!〕

「そのくらい誤差範囲だろ」

〔うるせぇ、お前が計算しろっつったんだろうが。1度ずれてりゃ月にすら着けねぇんだ。はよやれ!〕


 キングは思いの外“繊細で緻密な男”だった。場合によっては単に面倒とかウザいと言われるだろうけど、それでも『月にすら着け(注)ない』と言うひと言で、彼に学がある事がわかる。粗暴な話し方と態度、そして深い洞察力と知識。曲者くせものだらけの傭兵部隊で、一番読めない男だ。

 オレは大剣の柄を軽く小突き、気持ち程度地面に押し込んだ。直後『そこだ』とキングからストップがかかり、ミサイルを撃ち出す角度が確定した。後は左右角だが、それは既に調整済なのだろう。


〔No.10、撃っていいの?〕


 あとは撃つだけという時になって、ジョーカーが確認する様に聞いて来た。


「ん?」

〔だって、殺すのは嫌なんでしょ?〕

「いや、大丈夫。……構わないよ」


 居住区の人達を守る為だ。産まれた場所が、そして住んでいる場所が、たまたま反政府組織の支配地域ってだけで殺されていいはずがない。

 個人的な『殺したくない』という理由で何もしなければ住人が虐殺される。止めることが出来るのにやらないのは、見殺しにするという事だ。それは間違いなくオレの罪。

 そして、虐殺を止めるには敵兵士が密集している所にミサイルを撃ち込まなければならない。それによって大量の政府軍兵士が死ぬ。当然これもオレの罪だ。

 どちらを選んでもオレ自身の手が血で濡れるのなら、戦えない人達を守る方がいい。殺すつもりで向かって来たヤツは、殺される覚悟があると言う事だから。


〔お、やっと腹ぁくくったか?〕

「そんなんじゃなくてさ……」

〔だったらなんだよ?〕


 信仰、思想、心情、しがらみ。それらがどこに有ったとしても、意見の違う人達を攻撃して良い理由にはならない。それが日本人的な考え方なのは解っているけど、オレには曲げる事の出来ない矜持きょうじだ。

 だから、どちらが先に手を出したとか、どちらに正義があるとか関係ない。ただただシンプルに……


「――あのやり方は気に食わねえ!」


 このひと言で、ジョーカーのオレに対する懸念はなくなった様だ。『わかったよ賢ちゃん』と呟いていた。戦闘時はコードネーム呼びのはずが、一瞬気が抜けたのかもしれない。すぐさま『No.10』と言い直していた。

 戦闘時以外でオレは、クイーンとジョーカーから『賢ちゃん』と呼ばれる様になっていた。もちろん穂乃花が教えたものだ。組織ここでは藤堂賢治でなくてはならないのだから、名前呼びそのものは良いのだけれども……何故に『ちゃん』付けなのだろうか。とは言っても不思議なもので、悪い気はまったくしていなかった。むしろ少し年の離れた弟や妹が出来た感じがして嬉しさすら感じている。


〔角度いいぜ、いつでも撃ちな!〕


 キングのひと言を合図に、オレはどんな熱源も拾えるようにと人感センサーの反応係数を最大限に上げて周囲の警戒をしていた。普段はMAXまで反応係数を上げる事はない。人間以外のもの、例えば小動物や排気ガスにまで反応してしまってノイズだらけになり、災害現場では役に立たなくなってしまうからだ。

 だけど今は、どんなに小さい反応でも拾う必要があった。ジョーカーは運転席で無防備な状態だし、キングはそのトラックを持ち上げていて動けない。……この二人を守れるのはオレしかいないのだから。


「目標までの進路クリア。ジョーカー、頼む」

〔おっけー。んじゃ、撃つよ〕


 ガコンッという鈍く金属がこすれ合った音がしてロックが解除され、オレの頭の後ろで橙赤色の発光が起こった。

 噴射のゴーッという音が聞こえてきたその直後——。多分神経を集中していたからだと思うけど、地面を舞う砂の流れが右から左に変わったのが見えた。これが現場の不確定要素で、弾道計算アプリでは対処できない部分だ。『大丈夫なのか?』と頭をよぎったその瞬間、クイーンから通信が飛び込んでくる。


〔キング、右に1度修正〕


 ミサイルがすでに火を噴き、レールを走りだそうとした刹那、キングは咄嗟に修正をかけた。もちろん厳密に1度だけずらすなんて無理な話で、それこそ気持ち程度、誤差の範囲での修正だった。


 ロック解除の音、橙赤の閃光、噴射の轟音。そして急加速するミサイル。


 拘束から解き放たれたミサイルは、発射台のレールから離れた瞬間フラつきはしたものの、すぐに目標に向かって急加速を始める。そこからはほんの数秒の出来事だ。

 緩い弧を描きながら、敵HuVerフーバーの塊に強襲するミサイル。後方からの攻撃に反応出来る敵兵は殆どおらず、彼等は次々に悪魔モレクの劫火に焼かれていった。

 しかしオレの位置からは、肝心のトラックを破壊出来たのかが判らなかった。立ち上る炎の中に崩れる敵HuVerフーバーが邪魔をして、目視での確認が困難になってしまっている。

 だが、少しして橙赤の火柱が上がり、直後に数か所から爆発が起こっていた。これはきっと、誘爆したミサイルが政府軍の中で暴れたのだろうと思える。その予測を裏付けるかのようにジャックからの通信がはいった。


〔みんな、偵察部隊からの連絡がはいったよ。敵ミサイルランチャーは無事撃破されたそうだ〕

〔おっしゃ、俺様のおかげだな。感謝しろよ、ガキども〕

〔何言ってのおっちゃん。撃ったのは僕なんだから〕


 どこまで行ってもキングとジョーカーの掛け合いは終わらない様だ。むしろこれは彼等のコミュニケーション、親子喧嘩の様なものなのだろう。上手くいって緊張が解けた事も手伝ってか、二人とも楽し気な声だった。


〔違う、私の修正のおかげ〕


 ……クイーンまで参戦しなくてもいいのに。と思っていたら、当然の如く会話に割り込んでくるリーダー。


〔いや、俺が敵を食い止めていたから……〕

〔〔〔それはない〕〕〕

〔お前ら、何でこんな時ばかり気が合うんだよ!〕


 そして全否定されるリーダー。少し可哀想な気もするが、今回はあまり役に立っていないのは確かだった。それをフォローする意味があってなのか、ジャックが全員をまとめようと声をかけた。


〔まあ、今回は全員の手柄って事で〕

〔俺様はそれでいいぜ。ガキもそうだろ?〕

〔うん。No.10もそれでいいよね?〕

「いや、オレは……」


 ミサイルの誘爆による壊滅的打撃、そしてドゥラ軍本隊の侵攻で政府軍はほぼ制圧出来ていた。多分死者数はかなりの数に上るはずで、その責任は……オレにあった。


「手柄とかそういうのは、ちょっと……」


 今の世の中にあって、人を殺して勲章になるというのはやはり受け入れられない。どう考えても褒められる事じゃないのだから。そんな思いがオレに重くし掛かっていた。


〔何言ってんだ、アホかお前は〕

〔おっちゃん、言い方~。それじゃ伝わらないってば〕


 しかし、そんな陳腐な考えは百戦錬磨の彼等にはお見通しだった様だ。


〔あのさ、No.10……〕


 ジョーカーが静かに、そして十歳以上年上のオレを諭すように口を開いた。


〔戦果は全員のものだから、責任も全員のものだよ〕


 今まで各々が好き勝手やっているだけの部隊だと思っていたけど、根っこの部分で皆の意思統一がされていたのだと、初めて認識出来たひと言だった。『罪も全員で分ける』オレは弱冠13歳のジョーカーが発したその一言に、涙腺が緩んでしまったのを感じていた。



〔——零士さん、右見て!〕



 突然スピーカーから響く藤堂堅治の声。瞬間的に視線を向けると、そこにはボロボロになった政府軍のHuVerフーバーが、HVライフルをこちらに向けて構えている。


「どこにいやがったんだ、クソがぁ!」


 キングが吠えるのと同時だった。敵のHVライフルがけたたましい音とチカチカと光る閃光を発し、銃弾が地面を点ではじきながら向かって来た。


「タラール!」


 本当に一瞬の出来事だった。動く余裕など全くない程に。


 まるで大蛇の様に地面を這う銃弾はHuVer-WKホーバークの脇をすり抜け、トラックの運転席を無残に破壊していた。






――――――――――――――――――――――――――――

(注)出発/発射点から目標に対して1度ずれると、1メートル先では1.74センチずれてしまう。これは、地球から月へ向けたロケットが1度ずれて出発すると、月へ到着する頃には、地球約5個分もずれてしまう計算になる。

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