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第54話・カモネギショット

「見えた、真正面12時方向」


 まだ200メートルはあるだろうか、そこにミサイルランチャーを積んだ軍用トラックがポツンと見えた。予想はしていたけど、数機のHuVerフーバーが護衛についている様だ。


「やはり、ここから居住区を狙おうってのか」

〔正直テロ組織なんて潰れてしまえとは思いますが、民間人の虐殺までは……〕


 と、口を開いたのは藤堂賢治。多分“テロリズム”という言葉が持つイメージで話しているのだろう。

 これに関してはオレも全く同じ意見だった。他人を傷つけて自己主張した所で、ほとんどの人を敵に回すだけだ。その一点において、オレの意見は今も昔も変わらない。

 ただここに来て、そうせざるを得ない状況がある事も知った。問題解決を図ろうとする間に人がどんどん死んでいくという現状。大人しく殺されるのを待つのと抵抗するのとでは、抵抗する方が“思考を持つ生物”として真っ当だと思う。だからと言って武力行使が正しいとは思えない。矛盾というかなんというか、考えれば考える程わからなくなる。


 ……もっとも、オレが考えて答えが出る様な問題だったら、とっくに世の中から紛争なんてものは無くなっているはずだ。



 今オレ達は、お互い50メートル程離れて突進している。『三機が固まって動いているところにデカイ攻撃が来たら、まとめて御陀仏になりかねない』という危惧から、リーダーが提案した作戦だった。そしてこの戦術は、意外にも理にかなっていた。分散した敵をかいくぐり、誰か一人でもミサイルランチャーを破壊出来れば良いのだから。


〔12時? おい、こっちからは見えねぇぞ〕

〔リーダー外れ引いたね〜。頑張って〜〕


 そして、リーダーが侵攻しているルートはオレの左側50メートル。そこは敵本隊の後詰が近い事もあって、リーダーの存在に気が付いた敵HuVerフーバーが、わらわらと周りに集まっていた。『ついでだから敵本隊にバックアタックでもしてやるか』と軽くほざいていたリーダー。流石にここまで俊敏に敵が反応し、囲まれるとは思っていなかったのだろう。

 リーダーを囲んでいる敵はこちらに向かってくる様子はなかった。遮蔽物のない場所でこれだけの距離を移動するほど危険な事はない。だけどそれ以上に、勝手に持ち場を離れてまでオレやジョーカーを止めに来ようとはしないと思う。……例えミサイルランチャーが破壊されてもだ。

 つまり、オレとジョーカーは軍用トラック周りにいる数機のHuVerフーバーだけ相手にすれば良いと言う事になる。


〔ちょ、待てよジョーカー。おいぃ〜。少しは手を貸せって。コラ、No.10。聞いてんのか?〕

「クイーンがいるから大丈夫だろ」


 リーダーは放っておいて問題ない。広く展開した為に、オレとジョーカーはクイーンの射程からはずれているからだ。つまり、現在クイーンの狙撃によるバックアップを受けられるのはリーダーとキングのみという事で、これで文句を言われる筋合いは全くないと言っていい。


「それよりも、あと一台はどこだ……?」


 もう一台の軍用トラックがどこにも見えない事が、やたらと不安を掻き立てる。これだけ見通しの良い開けた場所で、ミサイルを何基も積んだ車両が見えない事の方がおかしい。それに前方に見える一台の挙動も変だ。まだ一発も撃っていないどころか、オレとジョーカーで二方向から攻めているのに逃げる素振りも見せない。


「なんか、おかしいんだよな……」

〔よくわかんないけど、あのモレクを潰していいんだよね?〕


 ジョーカーはミサイルランチャーを悪魔モレクと呼ぶ。自身のトラウマにも関係しているのだろう、大事な人達の命を奪った兵器を悪魔に見立てる気持ちは良くわかる。


「ああ、そうだな。まずはアレを無力化しよう。もう一台は……リーダー、気に留めておいてくれ」

〔俺にそんな余裕があると思うのか?〕

「オレなら出来るけど。リーダーには無理なのか?」


 ……もちろん嘘だ。常にいっぱいいっぱいなオレにそんな事が出来るはずもない。


〔言うじゃねぇか、Tough B(注)oy〕


 雑な煽りだったけどリーダーはあえて乗ってくれた様だ。強引に囲みを押し開けて前方に躍り出ると、振り向きざまに敵HuVerフーバーの一機を小型ライフルのストックで殴り倒した。


〔オラァ! かかって来いや、雑魚ども!〕


 吠えるリーダーの正面には、先ほどまで自分を囲んでいた敵が七~八機。普通に戦ったらまず勝てないだろう、まさしく多勢に無勢というやつだ。しかし、囲みを突き抜けた今の位置取りは、リーダーとクイーンで敵を挟む形になっている。

 リーダー機に気を取られている敵HuVerフーバーは、一機、また一機とクイーンの超長距離射撃ロングレンジ・ショットを喰らって行動不能に陥っていった。

 基本的にHuVerフーバーの背面は弱い。民間用とか軍用とか関係なく、関節部や排熱/排気ダクトなど、装甲が付けられずにむき出しになっている部分が多いからだ。そんな弱点だらけの背面をスナイパーに向けるなんて『破壊してください』と言っている様なものだろう。


「……カモネギショット」

〔はあ? なんだそりゃ〕


 何となく思った事を声に出してしまったが、リーダーのツッコミで少し恥ずかしさを感じてしまった。そもそも説明しようにも、鴨と葱の組み合わせが何を意味するのかは、日本文化に触れていないと解らないだろう。


「あ、いえ、なんでもないです……」

〔No.10。前見て、来てるよ〕


 ジョーカーに促されて正面を見ると、軍用トラックを護衛していたHuVerフーバーが向かってくるのが見えた。オレに一機、ジョーカーに二機。それも遠距離用のライフルを持って接近戦を仕掛けてくるとか、素人の俺でも『それじゃまともに戦えないだろう』という事がわかる。

 走りながら照準の定まらないライフルを撃ち、間を詰めてくる敵HuVerフーバー。オレがとる戦術は、先ほどの暗緑のHuVerフーバー同様、サイドに回り込んでのゼロ距離射撃だ。二度目ともなれば、腕を使った姿勢制御も引き金にかけた指もスムーズに動く。膝と脇腹フレームの隙間に一発づつ。それだけで、糸が切れた人形の様にガクッと膝をつく敵HuVerフーバー


〔零士さん、トラックのタイヤを確認してください〕

「タイヤですか?」

〔ええ、ちょっと気になる事があって。最優先でお願いします〕


 どういう事なのだろうか? 藤堂堅治が何を危惧しているのか解らないけど、件のトラックはタイヤが完全に潰れていた。破壊され、放置されたHuVerフーバーの残骸でも踏んだのだろう。


「パンクしていますね」

〔やはりか……零士さん、よく聞いてください〕


 何を考えているのか解らないけど、『やはり』という一言から察するに藤堂堅治の推測は当たっていたらしい。


〔もう一台のトラックは、敵本隊の中にいると思います〕






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(注)Tough  『堅い、頑丈』という意味が一般的だが、『辛い』と訳される場合もある。今回、リーダーは零士に向かって『一筋縄でいかない奴』『手ごわい奴』といった意味合いで「Tough Boy」と発言している。一目置かれたのかもしれない。


※補足説明

Q:何故政府軍は長距離ミサイルを使わずにわざわざミサイルランチャーを持ち出しているのか?(以前は居住区に撃ち込まれた事もあるのに、今は撃って来ない?)

A:情報統制の為にドゥラを囲むように設置した妨害電波の影響で、レーダーで目標を確認する必要があるミサイル等の兵器が使えない為。よって、軍の侵攻に合わせて目視で撃ち込める小型ミサイルを使おうとしている。

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