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第35話・接続

「ちょっと藤堂さん、何でアレがここにいるのよ!」


 俺の首元を掴みながら食って掛かる織田女史。だが今は身長差のおかげで彼女が俺にアッパーを打っている様な構図になっていた。


「アレって、言問ことといさんの事ですか? 部長からトリスの部品を預かって、持ってきてくれたんです」


 少しでも機嫌良くなってもらおうと精一杯の笑顔を作り、彼女がを明るく声に出してみた。


「おかげで暑さから解放されそうですよ!」

「……」

「あれ、どうしました?」

「帰ってもらってください」


 ……無駄でした。更に怒りを買ってしまった様です。


「いや、今来たばかりですし」

「じゃあ、時計を進めて下さい」


 急にどうしたのだろうか、物凄く彼の事を嫌がっているみたいだ。何か尋常じゃない理由があるのは明らかだけど、遠くから来た人に『用が済んだら帰れ』なんて言う訳にはいかないし。


「織田さん、コンビニにでも行ってくるとか……」

「私が? なんでアレの為に私が出かけなければならないのですか!」


 そう言いながらアレを“ビシッ!”と指差す織田女史。なんだろう、本当にこんな彼女を見るのは初めてだ。なだめるとか以前に、心配になってきてしまった。


「わかりましたから。とりあえずトリスの件があるので少しだけ我慢してください。零士君の為にも!」


 彼の名前を出した瞬間、ス-っと元の彼女に戻った感じがした。ふむ……彼女にとって『零士』というキーワードは精神安定剤みたいなものか。


「……ですが、どうなっても知りませんよ? これは藤堂さんの為に言っているのですから」


 俺の為? どういう意味なんだろう。織田女史の言葉の真意がわからずにいると、言問さんが声をかけて来た。


「二人が一緒にいるだなんて。まさか、同棲……ですか?」

「いやいや、そんな訳……」


 ――ドンッ!!!


 俺が弁解をしようと振り返った瞬間、壁に思いっきり蹴りを入れる織田女史。昔見たプロレス中継で”ジャイアントぱぱ“が放っていた十六文キックそのものだった。……壁、軽く凹んでいるように見えるのですが。


「ええそうよ。その通り、同棲です同棲。二人は同棲だから私達の邪魔をしないでくれます?」


 本当にどうしたのだろうか、あの織田女史が滅茶苦茶な言葉使いになってしまっている。二人の間に何かがあったのは確かだろうけど、ここまで嫌悪感を表に出すなんてそうそうある事ではない。言問さんは言問さんで、無言のまま苦笑いしているし。この状況どうすれば良いのだろうか……自分の部屋なのに逃げ出したい雰囲気だ。


 しかし、不幸というものが不意に訪れるように、幸運もまた突然現れる。


 よくドラマとかで、男女が良い雰囲気になってキスしようとした時に電話が鳴るという演出がある。あれって余程タイミング狙わないと現実には無理な話だよな~なんて思っていたけど、そんな神がかった演出が今、この場に訪れた。



 ――突然鳴りだすトリスの信号音。続けて連携してあるスマホの着信音が部屋中に響いた。



「藤堂さん、トリスが!」

「——っ」


 慌ててリビングに走る俺と織田女史。トリスのモニターにはconnection接続中の点滅表示、そしてスピーカーから雑音が聞こえてきている。もちろんついさっきまでは全く無反応だったものが、だ。これは、隠れた種ステルス・シードが中東のHuVerフーバーにたどり着いたという事に他ならない。



 ――ザザザ


「え、あれ? これ、繋がった? ……のかな?」


 トリスを指差しながら振り返り、俺と織田女史に尋ねてくる言問さん。しかし聞かれても答えようがない、俺達も初めてなのだから。


「お~い、もしも~し」


 流石は営業マンだ、物怖じせずにとにかくコンタクトを取ろうとし始めた。織田女史は感情が先に出てしまうだろうし、俺は零士・ベルンハルトとは会った事すらない。だから、感情的にならずそれでいてグイグイと前に出るその姿勢は、むしろこのタイミングに居合わせてくれて本当に助かっている。

 その織田女史はというと、祈る様に指を組んで目を瞑っていた。……彼女の為にも無事でいて欲しいと切に願う。


 そんな皆の思いが届いたのだろうか、トリスのスピーカーから声が、日本語が、聞こえて来た。


〔も、もしもし?〕

「お、繋がってんじゃん。零士か? 零士だよな?」

〔この声、先輩……っすよね?〕


 お互いに確認し合う声と声。その瞬間、織田女史は口に手を当ててボロボロと大粒の涙を流し始めた。


「ああ、お前、身体は大丈夫なのか?」

〔まあ一応は。それよりも、これってなんなんすか?〕

「腹が痛いとか水虫が痒いとかない?」

〔……そういうのはいいんで。他に誰かいるんですか? 後ろで声が聞こえるんすけど〕


「——零士クン!」


 息を飲みながら声にならない声を発する織田女史。咄嗟に声を出そうとして出せなかった様だ。それくらい慌てて、それくらい嬉しいのだろうな。ずっと助けたいと思っていた相手と繋がる事が出来たのだから。


「本当に大丈夫なの? 怪我してないの?」

〔織田……さん?〕


 よかった。俺にはこの声が零士・ベルンハルトのものかは判断出来ないけど、この二人の反応からして間違いなさそうだ。


 ――とにかく俺達は繋がった。ここからだ、彼を助けられるかどうかは。


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