「こんなところ、会社の人に見られたら変な誤解されますって」
「あら、こんな時間に社員がいる方がおかしいですわ。見つけたら人事部としてしっかりと注意します」
「いや、そういう意味では……」
彼女にその気がないのは解っていても、生物学的男としては色々と考えてしまう。モヤモヤしてしまう。多分これは正常だ、正常なはずだ。
しかし、この
……よし、大丈夫だ。ちゃんと判断出来ている。
「藤堂さん、何をしているのですか?」
「あ、いや、大丈夫です。正常です」
「……?」
首をかしげる織田女史。まあ、気にしないでほしい。
エレベーターから降りて通路を進むと、点滅しているアクリルプレートが『ココダヨ!』と部屋の位置を教えてくれていた。
ドアに貼り付けてある部屋番号を見ながら、ここに至ってなお、入って良いのか考えてしまう。
「どうしました? さっきから変ですよ?」
「いえ、なんだか緊張してしまって……」
その時、通路の先の方でドアの鍵がカチャリと鳴り、開き始めた。どうやら事後の客が帰るのだろう。何だか俺は急に恥ずかしくなって、重たいドアに足をぶつけながら、慌てて部屋の中に入り込んだ。
ピンクと薄紫の中間くらいの色で照らされた室内。そこに鎮座するのは無駄にデカいテレビとソファ、そしてキングサイズのベッド。
「ホント、趣味悪いわね」
これが女史の第一声だ。そもそも利用客の目的はテレビを見る為でもソファでくつろぐ事でもないのだから、内装や調度品のセンスなんてどうでもいい話なのだろう。
「藤堂さん、ベッドを使って下さいね。私はソファで十分なので」
「いやいや、逆ですって。女性にそんな事させられませんから」
「あら……」
織田女史は口に手を当てて考え始めた。俺、何かおかしな事言ったのかな?
「藤堂さんって、意外と紳士なのですね」
「……『意外と』は余計です」
織田女史は『シャワー浴びてきますね』とだけ言ってバッグをソファに投げ捨てた。一応その中には“俺の魂が籠もっている辞表”が入っているのだから、もうちょっと丁寧に扱ってほしいと思う。
……って。
「織田さん、ちょっと待って!」
「どうしました?」
「いや、『どうしました?』じゃなくて。風呂場がスケスケじゃないですか」
全面ガラス張りで中の様子がクッキリハッキリ見え、シャワーなんて使ったら湯気で微妙に、いや、かなりイヤラシイ絵面になる事は間違いがない。流石にそんなシーンを見せられては、俺自身セーブ出来るかどうか怪しくなってくる。
「丸見えなんですよ、ま・る・み・え」
「かまいませんわ。見られても減るものじゃありませんし」
……はい? 何を言ってんだこの人は。
「ただし、代償は大きいですわよ」
ニコッと笑う女史。社会的に抹殺されそうな勢いに押されたオレは、彼女に背を向けてソファに座りながらテレビをつけた。なにかバラエティでもやってないかと期待して民放局のボタンを色々と連打したが、どうやらこの時間はニュース番組しかない様だ。
そしてどの番組も
そんな、箸にも棒にもかからない番組を切り替えている中で、聞こえて来たひと言に引っかかるものを感じて手を止めた。
『私はドゥラの最高指導者に会った事があります』
この発言をしていたのは、中東思想研究家の肩書を持つ女性のコメンテーターだった。彼女曰く、テロ組織ドゥラの最高指導者であるハリファは、元々バジャル・サイーア共和国の政府高官だったらしい。15年程前、政府関係者に取材している時に言葉を交わしていたそうだ。その時の印象を振り返り『とにかく物静かで聡明な男性だった』と言っていた。
時を前後して、共和国内各地で反政府運動が活発化し始める。原因は低賃金と重税による貧富の差の拡大、それに加えて不作による物価高騰やエネルギー問題等、国民生活に直接響く影響が重なり増大したからだった。
デモや小さな暴動が起き始め、治安が少しずつ悪くなっていく。『これ以上国民の不満を爆発させる訳にはいかない』そう判断したハリファは、自身が国民の受け皿になる為の政治団体を組織し、生活改善を掲げて政府側と根強く交渉を続けていた。
――しかしドゥラは、今から三年程前に突然武力抵抗を始める。
単なる政治団体が、反政府組織を掲げる様になったのもこの時からだった。ドゥラには、いつの間にか様々な兵器が配備されていた。ライフルや戦車、そして軍用
紛争や内戦を食い物にしようとする人間はどこにでもいるもので、誰がどう考えても、仲介している組織もしくは国がある事は確かだった。
そして、最も気になるニュースが速報として入って来たその瞬間——。
カチャリと音を立て、白いバスローブに湯気をまといながら出てくる織田女史。シャンプーの香りと濡れ髪が、無駄に色気を増幅していた。
「……」
一瞬目を奪われかけたが慌ててテレビに視線を戻し、俺は何かを誤魔化すかのように音量を上げていた。そのせいかどうかは解らないが、ニュース内容が気になったらしく、織田女史が横から覗き込んで来た。
「何か新しい情報がありまして?」
「ええ、NATOが内戦に軍事介入するそうです。といってもドゥラに対してって事ですが」
無意識の天然なのか、それともあざとく計算しているのか、織田女史は上目遣いで首を傾げながら、唇に人差し指を当てて聞いてきた。
「こういう報道って、テロ組織もチェックしているはずですよね?」
「だと思いますけど……」
「そしたら、『今から攻撃します』なんて言ったら意味がないのではありませんか?」
織田女史の疑問は至極普通だと思う。攻撃する事を前提とするのなら当然の話なのだから。だけど……。
「これは意図的に流しているのでしょうね。『戦争をやめないと武力介入する』という警告だと思います」
「なるほど。本音は戦いたくないって事ですか」
「いえ逆ですよ……」
俺の言った『逆』の意味が今一つ理解出来ない女史。目をパチクリさせながら言葉の続きを待っていた。
「NATOは戦争が止まらないと解っているのですよ。警告はした、それでも止めないのなら
……と、さっき中東思想研究家の女性コメンテーターが言っていました。