「待て待て、アスマ待ってくれって!」
リーダーの慌てる声が部屋中に響く。こればかりは誰が見ても『仕方がない』と言うだろう。
「兄貴……勝手にしゃべったんだ?」
「いや、勝手とかじゃなくてな、なんつーか、その、勢いというか?」
リーダーがゴミ箱を蹴り飛ばしたその時、丁度部屋に入ってきたクイーン。怒鳴り声に驚いたのか、それとも内容に反応したのか、ピクっとして動きが止まった。しかしオレに気が付くと慌てて目を背け、リーダーを蹴り飛ばし踏みつけていた。
成り行きとは言え、オレ自身も聞いてしまった事に罪悪感を感じている。クイーンにしてみてもあんな過去は他人に知られたくないのは当然なのだし、ましてや勝手に暴露されたのなら頭にくるのは当然の話。それも、まともに言葉を交わした事もないオレに、だ。
ただ、そのおかげでクイーンの本名が“アスマ”だと知ることが出来たのだが……多分それも彼女からしたら不本意な事なのかもしれない。
「あ、ほら、そこのNo.10によ、傭兵の在り方をだな……」
「リーダー、藤堂のせいにするのは男らしくないですよ」
ジャックはクイーンの味方に付いた。『いつもの事だけど……』とでも言いたげな表情でリーダーにジト目を向けている。良くも悪くもこれが傭兵部隊の空気なのだろう。
「兄貴って呼んでいたけど、あの二人って兄妹だったのか」
「でも、血は繋がってないよ」
「え?」
「リーダーの婚約者がクイーンのお姉さんだったんだ」
「それって、まさか――」
「うん。君が想像している通りだよ」
リーダーはリーダーで最悪な過去を引き摺っていたんだ。婚約者を嬲り殺され、その妹を連れての復讐。オレはそんな事にすら考えが及ばず、生半可な平和思想を唱えていたのか。
「だからさ、僕もリーダーと同じ考えだよ」
そう言うとジャックはオレの目を見据えながら、ゆっくりと言葉を続けた。
「考え方は人それぞれだけど……クイーンの過去を知ってもなお『我慢しろ』なんて言う奴がいたら、その方が人としておかしいと思うよ、僕は」
この一言は、オレに向けての牽制なのか当て付けなのか。『これでもまださっきの言葉を口に出来るのか?』と。
反論は受け付けないという強い意志が込められた言葉で、オレだけでなくその場にいたリーダーもクイーンも口を開く事が出来なかった。
「むしろね、バジャル・サイーア共和国の方が戒律を守る気が無いんだ。その兵士にしたって、裁判どころか口頭注意だけで無罪放免されているんだよ」
ここが日本なら、SNSに投稿すれば半日とかからずにその犯人がわかるかもしれない。しかし内戦ばかりのこの国では、そんな便利なツールが普及しているはずもなく、ましてや、国に保護され顔の記憶すら定かでない相手を特定するのはまず不可能だ。だからクイーンは、バジャル・サイーア共和国の兵士を片っ端から殺していけば、いつかは
むしろ、加害者無罪とした国そのものに怒りを感じていても不思議はないし、そこに所属する人間全てを敵とみなすのは理解出来なくもない。民族浄化を行っている国を支援する会社の商品を買わない。そういった不買い運動も同じロジックによるものだから。
♢
——二日後
戦争が生活の中にある人達の言葉に散々殴られ、徹底的に打ちのめされたオレは、最後にジャックが言ったひと言をずっと引き摺っていた。
『藤堂、君は、今話した事のどれか一つでも体験した事がある? 彼女達がどれだけ悔しくて悲しいか解ってる? 解らないなら口を出すべきじゃないと思うな』
今迄の生活の中にあった考えなんて、この国では理想にすら成り得ないお花畑理論だと言われている気がした。
オレは、ぐちゃぐちゃの頭を整理する為に
知らないでは済まされない現実がここにある。
どうすれば良いかなんて、考える時間すらも与えて貰えない戦場。
多分……渡航前のオレだったら、とっくに逃げる選択をしていたと思う。
――ザザザ
こんなタイミングで通信が入って来た。今は誰とも話したくないのに、何の連絡なのだろう。シートの上に転がっているレシーバーを手に取り、頭に乗せようとした時に初めて気が付いた。
「……あれ?」
通信機の電源が入っていない。勝手にシートに括りつけられた、テロ組織の周波数に合わせてある通信機。今確かにノイズ音が聞こえたのに、主電源がOFFのままになっていた。
――ザザザ
しかしこれは、間違いなくコクピット内で発生している雑音だ。頭上から足元まで見渡してみたけど、原因がまったく解らない。というかむしろ設計したオレがわからないノイズってなんなのだろう?
頭を悩ませていると、メインモニターの左下に見た事のない表示が点滅している事に気が付く。青い文字でアルファベットが3つ。
「SSS……なんだこれ?」
――ザザザ
〔……え、あれ? ……ザザ……これ、繋がった?〕
声が聞こえて来た……って、日本語!?
〔お~い、もしも~し〕
というかこの能天気なこの声って……
「も、もしもし?」
〔お、繋がってんじゃん。零士か? 零士だよな?〕
マジか。なんでかわからないけど、なんでだよ……これってなんだよ。
「この声、先輩……っすよね?」