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第25話・偏見

 合図と同時に飛び出したのは左肩にAと書いてあるリーダーの機体だった。小型のライフルを持って、走りながら撃ち始める。もちろん、照準が定まっていないのだから当たるハズもなく、ただただ、注視を集めるのが作戦らしい。リーダーの機体にはオレを含めて四機が追従し、ロングライフルを持つ一機だけが拠点に残ってバックアップを担当していた。


 敵右翼側のHuVerフーバー隊がこちらに気が付き、一機また一機と迎撃のために向きを変え始める。一番手前にいた政府軍のHuVerフーバーがこちらを向いたその瞬間、突然胸部に大穴が空き、ゆっくりと後ろに倒れて行った。——拠点に残った狙撃担当の一撃だ。


〔ナイスだ、クイーン〕


 軍用HuVerフーバーのフロント部分は、戦車などと同じ様に細いスリット状の覗き窓があり、そこに防弾ガラスが何重にもはめ込んである。しかし、当然の事ながら、他の装甲部分とは比較にならない位もろい、言わば最大の弱点だ。

 クイーンの弾丸はその一番脆い部分を狙い、命中し、のぞき窓をこじ開けて内部を破壊していた。その時ほんの一瞬だけど、飛び散る装甲破片やガラスやに混じって、空いた穴から吹き出る血が見えてしまった。弾丸は直接HVオペレーターに命中し、破裂させたという事だと思う。 

 あまりの凄惨さにオレが目を背けたその瞬間、レシーバーから女性が『よしっ』と漏らした声が聞こえて来た。クイーンの声なのだろうか、HV用のデカいライフルで人間を粉砕しておきながら嬉々としていた。

 これは戦争なのだと解っている。殺らなければ殺られるだけだという事も。でも、人殺しを喜ぶように発した声を聞いた瞬間、オレは敵よりも味方の部隊に憎悪を感じてしまった。


 敵右後方部隊をあらかた破壊した頃、リーダーから指示が飛んできた。


〔このまま真っ直ぐ突っ切んぞ! ジョーカー、白いの、遅れるなよ〕

〔あ〜い〕


 ジョーカーと呼ばれて返事をしたのは、先程喧嘩していた子供の様な声だった。間延びした返事がなおさら幼く感じさせる。彼はリーダーやクイーンが撃ち洩らした敵を潰す役割の様だ。……ところでオレは10番じゃなかったのか?


 いくら戦力差があったとしても、サイドアタックやバックアタックを許したら部隊が崩壊してしまう。それは、過去から続く戦争の歴史が証明していた。そもそもオレですら知っている事を、なぜ政府軍が警戒していないのか。多分この戦略性のなさが、反政府組織:ドゥラが生き残れている要因のひとつなのだろう。

 敵後方部隊を右から突っ切って中央に到達すると、リーダー機の後ろにいた二機が方向を変えて動き出した。ジャックと、もう一人はキングと呼ばれていた二人だ。

 大剣を構えたまま突っ込み、最前線に飛び出している政府軍の精鋭部隊にバックアタックを仕掛けるつもりらしい。精鋭部隊はテロリストを殺戮するのに忙しく、傭兵達が後方を半壊させている事に気がついていない。そして敵左後方部隊は、中央まで一気に踏み込んで来た傭兵達の対応に回るしかない。歩兵はすでに散り散りになり、もうこの時点で勝ちは確定したようなものだった。


 ――ここまでやれば十分だ、政府軍もドゥラ軍もすでに多くの兵士が死んでいる。 怪我を負った者を必死で引っ張りながら逃げる兵士も見えた。もう戦意は殆どないだろう、あとは降伏を呼びかければ戦闘は終わる。……しかし、そう思っていたのはオレだけだったらしい。


 偏見かもしれないが……いや、偏見でいい。傭兵なんて人種は最低の生き物だ。金を貰って、喜んで人を殺している。『人間として真っ当な生き方じゃない』そんなオレの考えを証明するかの様に、彼等は戦闘行為を止めず尚も執拗に銃弾をバラ撒き始めた。それはHuVerフーバーに対してだけでなく、巨大な銃口がトラックや歩兵に向けられたりもしていた。

 それはもしかしたら、周囲の敵を確認している時に、たまたま銃口が人の方に向いただけなのかもしれない。それでもオレの目には『虐殺が始まる』としか映らず……気が付けば、彼等傭兵部隊に攻撃を仕掛けていた。

 ライフルの銃口を持ってハンマーの様にして振り回し、リーダー機が持つライフルを叩き落とした。


〔なにしてんだてめぇ!〕


 リーダーが“がなり声”で吠える。オレはそのままジョーカーに体当たりをして転倒させると、彼が持っていた小型銃を奪い取った。そしてそれをクイーンに向かって投げつける。もちろん相当な距離はあるし、適当にぶん投げただけの銃が当たるハズもなかった。だが、彼女に向かって物を投げるという行動は、明確に相手を否定するという意思表示になる。

 そしてオレはライフルを持ち直し、構えた。最前線にいる政府軍と傭兵のHuVerフーバーに向けて、だ。


〔——キング、ジャック避けろ!〕


 リーダーの声が響くと同時にオレは初めて引き金を引き、発砲していた。


〔おい、なにやってんだ!!〕

〔いったい何が!?〕


 銃なんて撃ったことがないんだ、狙ったところで当たるハズもない。だからオレは地面を撃ち、着弾の砂埃を見ながら方向を修正していった。目標は、いまだに殺戮行動が止まらない政府軍の精鋭部隊だ。キングとジャックがあと少しでバックアタックを仕掛けるというタイミングで、オレの撃った弾が政府軍のHuVerフーバーに当った。

 弾が当たったのは装甲が厚い部分、もちろんダメージという面では皆無と言っていい。だが、だからこそオレにとってはベストな状況になったんだ。敵にバックアタックを教える事が目的なのだから。

 案の定、数発の弾を喰らった政府軍のHuVerフーバーは、後ろから突進して来ている二機の傭兵に気が付いた。咄嗟に向きを変え攻撃を防ぐと、事態に気が付いた他のHuVerフーバーも、次々に傭兵に対して向き直り始めた。


〔リーダー、アホな事すんなよ〕

〔知るか、俺じゃねぇよ。……引け、撤退すんぞ〕

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