首筋から背中に、冷たい汗がツーッと流れた。尋常ではない量の汗が出ている事は自分でもわかる。逆に喉は無性に渇き、飲み込む唾さえ出て来ない。自分の呼吸音だけが妙に大きく聞こえ、それ以外は遥か遠くの音に感じていた。
「くそっ……」
タイミングが悪ければ、オレは今のミサイルで吹き飛んでいたかもしれない。手の震えが止まらなくて、次に何をすれば良いかわからなくなって……オレは、戦場のど真ん中で棒立ちになってしまっていた。
〔チッ、何をやってんだよトードゥ〕
……舌打ち混じりの悪態、ハリファの声だ。
〔南西200メートルだ。死にたくなかったら動け〕
認めたくはないけど、オレはこの声に救われていた。意識を引き戻されると共に味方の位置が確認出来たのは、ラッキーと捉えるべきなのだろう。
〔レーダーなんざ効かねぇからな。目視で動け〕
この辺り一帯にはジャミングが掛かっていて、敵味方の位置を把握するのが困難らしい。味方同士の通信ですら、近くにいかないと不可能だと言っていた。政府軍が街を取り囲むように妨害電波を発生させていると言っていたが、ドゥラの通信妨害というよりも、この内戦の酷さを外に漏らしたくないというのが本音なのかもしれない。
オレは、ハリファに言われるがまま走りだした。4~50メートル程進んだ辺りだろうか、突然左肩の辺りに“ガンッ”と言う強い衝撃を受けた。
「——なんだ!?」
メインモニターには
銃口からは細く白い煙が立ち昇っている。オレは狙撃されたのか……そしてこれがHV用ライフル銃の威力という事か。タンカーの上で撃たれた時の、“カンカンカン”という軽い音とは比較にならない位重い一撃だった。
半年前、
しかし、同時に恐怖心も感じていた。確かに装甲はこれ以上無い程の強度がある。だけど
最高硬度を持つ防弾ガラスと言ってもそれは人が撃てる銃に対しての話であって、とてもじゃないが軍用
〔ほう、直撃を受けても本体は無傷か〕
どこから見ているかはわからないが、心なしか楽しそうな声のハリファ。こっちは死んでいたかもしれないのに、いったい何を考えていやがる……。
〔ふむ、良いぞ。
――今、なんて!?
依頼通りって言ったよな、『依頼通り』って。……それって、テロ組織が角橋重工に発注したという意味にしかならないのだが。
「……何やってんすか、クソ会社が!」
日本の世界的企業がテロリストの兵器を作っていた。これだけでも日本経済がひっくり返る程のスキャンダルになるだろう。そしてそれは、オレや藤堂
「マジで許せねぇ……」
藤堂穂乃花は自分が置かれた状況を理解していた。それでもオレに『そのまま逃げちゃってもいいから』と言ってくれた。この状況下で、建前だとしてもそんな事を言える人なんてそういるものではない。もし逆の立場だったら、間違いなくオレはその一言を飲み込んだままだったと思う。
角橋重工はそんな性根の優しい女性を犠牲にして一体何を得ようというのだろうか? 何かを得るとしても、その代償として彼女を差し出すなんて良心の欠片も持ち合わせていないんじゃないか?
……生きて帰ってやる。
「絶対に、だ」
どんな理由があったとしても、オレを、藤堂穂乃花を、こんな所に放り込んだ奴らを許すつもりはない。何があっても“死んで終わり”なんて結末はごめんだ。
だからと言って、オレに人殺しが出来るかどうかなんて解らない。その場になったら引き金を引く事が出来るのかなんて、考えても判るわけがない。
それでも、腹をくくっておかなければ、
このオレの決意は、結果としてハリファを喜ばせてしまうだろう。パイプをふかしながら得意満面の笑みで『思い通りだ!』と、オレを苛つかせて来るのが目に浮かぶ。そもそも藤堂賢治がこの答えにたどり着く様にと、妹を拉致したのだから。
それに、戦う理由ならもうひとつある。この街にいる非戦闘員の事だ。
ここで食い止めないと、敵は後方にある街に攻め込むだろう。そうなれば女子供関係なく殺されてしまう。たしかにテロ組織の一員ではあるし、それだけの覚悟があっての事だとは思うが、今まさに母親のオッパイを吸っている乳飲み子には罪も覚悟もなくて当然だ。そんな人達を無差別に殺すのは、戦争ではなく
もちろんハリファ達が行っているテロ活動は最悪の行為。思想の違いを暴力で解決するのは、人間のやる事の中でも最低の部類だ。何十人、何百人と殺してきているのだから、『同じ目に遭わせてやる』と考える人の気持ちも解る。それは解っているし、そもそもこの街の人達には何一つ恩義はない。
……それでもこのまま蹂躙されるのを是とするのは、絶対に違うと思う。