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第22話・頭と心

 うなりを上げる白騎士HuVer-WKホーバーク。エンジンが回転数を上げて叫び、微振動が空気を震わせる。起動を確認したスタッフがメンテナンス用の固定アームロックを解除した。その瞬間、膝が少し沈みHuVer-WKホーバークの全重量が脚にかかった感触が伝わって来た。


 右手で銃を持ち上げると、ズシリとした重みを感じ、機体が少し右に傾く。3メートルもある巨大なライフル銃だけあって、その重量は100キロ近くあるだろう。

 そして左腕にはバランサーウエイトと呼ばれる装甲を兼ねた重りを付ける。左右の重量バランスを取る為だ。

 片手にだけ重い物を持った人が真っすぐに走れない様に、HuVerフーバーもバランスが悪い状態では性能を発揮出来ない。その為、銃などの武器類を持たせる場合、反対側の腕にも同程度の重りを取り付ける必要があった。『重量が増して動き辛くなるのでは?』という人もいるが、実際はバランスがとれる事で余計な部分への負担が無くなり、格段に取り回しが良くなる。

 これは軍用HuVerフーバーを開発している会社が、現場からのフィードバックに答える形で採用した方法だった。現在、最も有効な手段として軍用のみならず民間用HuVerフーバーにもこの理論が組み込まれている。


「……軍用と災害救助用で同じウエイトが装備出来るとか、こんなところに統一規格採用してんじゃねぇよ」


 まったく無意味な怒りがこみ上げ、口をついて出てしまった。そもそもHuVer-WKホーバークを設計したのは自分なのだから、そんな事は解り切っていたはず。それでも、戦争兵器と一緒にされている様な気がして、たまらなく嫌な気分を感じていた。


 ――このHuVer-WKホーバークは人の命を守るマシンなんだ。人殺しの為のものじゃない。 


 オレの頭が、オレの心に、そう言い聞かせていた。



 HV倉庫から一歩外に出た瞬間、取り巻く空気が一変した。なにか気持ち悪く、嫌な感じが火薬の臭いと共に漂ってくる。

 これが戦場というものなのだろうか? 銃声が響き渡り、爆発が起こり、それでもそれがどの方向から聞こえて来ているのかすら解らない。一角には廃墟と化している街の残骸が広がり、地平線の太陽が血の色に染めていた。


 ザザザ……と雑音ノイズをイントロにして通信が入って来た。コクピットシートの支柱にくくり付けられた通信機からだ。


〔トードゥ? 早く中央の隊と合流して下さーぃ〕


 わざと間延びした口調で連絡を入れてくるタブレットの男。今は一番聞きたくない声だ。


「うるせえ、オレのHuVer-WKホーバーク通信機こんなもの勝手に取りつけてんじゃねえよ」

〔それはハリファに言って下さいよ〕


 口を歪ませながら両手のひらを上に向けて、お手上げポーズをしているのが容易に想像できる。


「……で、なんだよ」

〔いえ、アナタのやる気を少しでも出させようと思いまして〕

「そのやる気ってのは、人殺しの事だろ? 出る訳ないだろ。こっちはそれどころじゃないんだ」


 不安しかない状況からくる恐怖感が、オレの気持ちをあせらせていた。ましてや人殺し前提の出撃なんて納得が出来ないのだから、頭の中はぐちゃぐちゃでまったく考えがまとまらない。『こんな奴の相手をしている余裕はない』と、さっさと通信を切ろうとしたその時。


〔——あの、零士さん?〕


 聞こえて来たのは藤堂穂乃花ほのかの声だった。


〔無理はしないでくださいね〕

「あ、ああ……」

〔絶対に死なないで。そのまま逃げちゃってもいいから〕

〔あ~、なるほど。その手がありましたか〕


 タブレットの男がいちいち口を挟んでくる。……頼むからオマエは黙っていてくれ。大体、なにが『なるほど』だ。そんなことは“小指の爪先”程も思って”いないくせに。オレが逃げない事を解っていてトボけていやがる。


〔まあ、このむすめがどうなるか知りませんけど〕

「おい、彼女に触ったらてめえを殺すぞ」


 チープな脅しだって事は自分でも解っている。そしてそれは奴も解っていて、わざわざ同レベルの脅しを返してきた。


〔はいはい。鉄格子の向こうですからね。触れませんよ。今はね……〕


「覚えておけよ。……人質ってのは無事だから意味があるんだ」


 いつか漫画で読んだようなセリフを言いながら通信を切った。そしてひとつの筋道に気が付く。HuVer-WKホーバークという事に。


 ……生き残る為の、これ以上ない明確な理由が理解出来た瞬間だった。


♢ 


 通信を切ってすぐに、地平線から空へと一直線に伸びる光の軌跡が見えた。しかし、それはすぐに重力に引っ張られるように弧を描きはじめ、こちらに向かって伸びて来ている。


「まさか……」


 オレは慌ててアクセルを踏み込み、HuVer-WKホーバークを動かした。止まっていてはダメだ。ニュース映像とかで観た事がある、あれは“なんとかっていうミサイル”の光だと思う。

 当たり前の話だけど、遠くに伸びた光はゆっくり見えても、近づいてくるにつれて猛スピードとなる。それは、視認してから避けたのでは遅いという事。つまり、という事だ。


 その時“ゴオオオオオ……ッ”という空気を震わせる音を連れて、巨大な何かがわずか数メートル横を猛スピードで通り過ぎて行った。風圧に押されてよろけてしまうHuVer-WKホーバーク

 直後、後方から物凄い破壊音が響いて来た。つい数分前までオレがいたHV倉庫に、ミサイルが撃ち込まれた爆発の音だ。

 ――ほんのわずかな時間で分かれた明暗。

 建物は跡形もなく吹き飛び地面はえぐれ、炎と煙が残る黒く焦げた更地さらちになっていた。


「マジ……かよ……」



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