すでに戦闘が始まっているのか、それとも単に攻撃を受けているだけなのか。いずれにしても遠くから、そして近くからも爆発の音が聞こえてくる。放り込まれていた牢屋がある建物から大体5分くらい離れた場所に、
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HV倉庫に入ると、ハリファがオレの白騎士を見上げていた。この男は『出撃しろ』とか『動かせ』なんて俗な言い方はしない。
「戦わなければここにいる価値はない。妹の安全もお前次第だ、トードゥ」
……恐怖を煽る汚い言葉で
「俺は
……ただただ、低俗な脅しをかけるだけだ。そして反論は聞かないという意思表示なのだろう。ハリファはそれだけ言うと、さっさと倉庫を出て行った。
人を殺すなんてありえない。だが、やらなければ自分が死ぬし、藤堂穂乃花も慰みものにされ、最後には殺されてしまう。だからと言って、そんな簡単に割り切って人を殺せる程、オレは物分かりが良くはない。
どうすれば良いのかわからず、迷ったまま、それでもコクピットに乗り込み、起動シークエンスにはいる。
言い訳にしかならないが、オレの頭の中は“どちらを選んでも地獄しかない選択肢”で一杯だった。だから、この時の
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電装系のチェックをしていると、機体の横にある銃が目に入ってきた。軍事用
銃口の下にはまた別の筒が付いていて、見るからに殺傷力が高そうな兵器だ。当然、これを装備して戦えと言うのだろう。
そもそもオレは銃というものに対して恐怖心を持っている。もちろん銃を向けられれば誰だって恐怖を感じるだろうけど、ここでは
ドイツという国は、銃の所持率でいえば間違いなく銃社会と言える。しかしその言葉から想像する殺伐としたものではなく、実際はスポーツとしての射撃が広く一般的に親しまれているのが現状だ。競技人口の多さでいえば、サッカーやテニスに並んで常に上位に位置する程だった。もちろん銃のライセンスの所得は簡単なものではなく、身元調査があったり、法律の筆記試験や実技試験に通る必要がある。
だから皆、銃所持に関してはかなり厳格な管理を心掛けているのが普通だった。だが、何も知らない子供がライターをいじり大火事を起こす様に、大人のちょっとした不注意が悲劇を招く。
そいつは、親がトイレに立った隙に銃を持ち出したらしい。怖がる女の子たちをふざけて追い回す友達。みんな『危ない』という気持ちはあったものの、初めて見る実銃に興奮してはしゃいでいた。……もちろん、オレもだ。
——しかし次の瞬間、パンッという乾いた音で世界が一瞬止まった。
響きわたったのは銃が暴発した音。その直後、オレの目の前にいた女の子の頭をヒュンッという音が撃ち抜いていた。
その後の事はよく覚えていない。記憶しているのは警察や親、近所の人で公園がいっぱいになってうるさかった事だけだ。
女の子の頭に銃弾が食い込んで行く瞬間がいつまでたっても頭から離れない。血が噴き出し、力なく倒れる瞬間がスローモーションでひたすら再生されてしまう。オレは部屋から出る事が出来ずにずっと怯え、引き籠ってしまった。
両親はそんなオレの精神状態を第一に考えて、日本への移住を決めたらしい。銃の無い社会で生活させたい、と。そのおかげもあって、オレは徐々にトラウマから解放され、記憶の奥底に抑え込む事が出来たんだ。
「なのに、なんで……こうなるんだよ」
思い出したくもない過去に強襲されて、少しの間意識がここになかったのだと思う。いつのまにか電装系の起動が全て終わり、あとは本体のエンジンを始動させるだけになっていた。一般的な車と同じ様に、挿したキーを回すだけだ。しかし、それが今は重い。重くて回せない。
手が震え、恐怖なのか何なのか自分でもよくわからない感情が身体中を駆け巡った。エンジンをかけたら後戻りは出来ない。そんな予感じみたものもあったのだと思う。進んでも地獄、引いても地獄。正しい選択が解らない。
それでも、間違った選択ならわかっている。それは、オレも藤堂穂乃花も座して死を待つという愚答だ。……ならば、その逆をやるしかない。
――動かせ。銃をとれ。最初から選択肢なんてない。
――何のためか? 解っている、生きる為だ。
オレは、自分の心にそう言い聞かせてキーを回した。
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(注)イエロー:黄色人種に対する