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第18話・交渉

「君は、いったい……」


 こんなところにオレ以外の日本人が捕虜になっているなんて。このも拉致されたって事なのだろうけど……身代金目当てなのか?


「あ、あの、ここはどこなんですか?」

「バジャル・サイーア共和国だそうです。中東の」

「中東……?」

「そこのテロ組織に拉致されたんです、オレら」


 呆然とする女性。当然の反応だ。ほとんどの日本人にとって“中東の国”なんてのは、テレビの中の単語でしかない。ましてやテロとか内戦とか言われても、それこそファンタジーでしかないって程度の認識だと思う。……と偉そうな事言っているけど、オレもついさっきまで同じだったと反省している。

 ところでこの娘は、どのくらい前からここにいるのだろうか? 着ている物は大分汚れ、髪の毛もボサボサだ。頬が腫れているのは……まさか、殴られたのか!?


 テロ組織が拉致するのは、身代金目的か、もしくは“戦力”として兵士にする為のはず。そしてもう一つ、あまり考えたくないけど……奴隷や、子供を産ませるための“道具”としてだ。もちろんこれはオレの知識ではなく、以前観た番組の受け売りだけど。

 もし仮にこの娘が性的な意味での奴隷だとしても、わざわざ日本から連れてくるなんて手間をかける意味が分からない。それにそういう対象としての女性なら、こんなタイミングでオレと同じ牢に入れるはずがないだろう。


「私達、これからどうなるのですか?」

「う……ん……」


 聞かれても、なんて返事をすればいいのか正直困る。


「とりあえず……う~ん、奴らの目的が何かわからないってのがね。オレも何もわからなくて……ごめん」

「いえ、私こそごめんなさい。そうですよね、こんなのおかしいですもん」


 どこか現実逃避気味な態度を見せてはいるが、内心不安だらけなのがよく解る。彼女は胸の前で腕を交差させて、震える肩をギュッと掴んでいた。


「——おやおや、やはりあなたは藤堂ではないという事で確定の様ですね」


 声に驚き振り向くと、いつの間にか鉄格子の向こうにタブレットの男がいた。いつから聞いていたんだこいつは。たどたどしい日本語で話しかけてきたという事は、今の会話内容を理解しているという事に他ならない。


「……だったらなんだよ。アンタこそ、最初から違うって知っていたんじゃないのか?」

「ええ、勿論です」


 もしやと思って鎌をかけてみたのだが、こいつ……あっさりと認めやがった。あたかも『その程度の事は知っていて当然』という顔で。


「なんでその事をハリファに言ってないんだよ」


 最初に浮かんだ疑問がこれだった。組織のTOPに報告していないとか違和感しかない。ましてやあの男ハリファの事だ、隠し事がバレたら即処刑だろう。


「そう言われましてもねえ……」


 あのタブレットにどこまでのデータが入っているのかわからないけど、少なくとも別人と判断出来るだけの材料は持っているのだろう。


「報告する義務はないので。あ、私は言わば契約社員なんですよ。言われた人材をのが仕事です」

「……それを拉致って言うんだろ!」

「世間的にはそうとも言いますか」


 気分が悪い。コイツはハリファとはまた違った意味で厄介だ。


「ところで……まあ、トードゥさんという事にしておきましょうか。どうです、私と手を組みませんか?」

「……は? ふざけてんのか?」

「とんでもない。私はまだ死にたくないだけですよ」


 何言ってんだ? こんなテロ組織に組みしていながら『死にたくない』って虫が良すぎるだろ。直接ではないにしても人の命を奪って来たヤツが、拉致被害に遭って残された親族に限りない苦悩を与えてきたヤツが、いったいどの口で言うんだ?

 怒りに任せて怒鳴ろうとしたその時、黙って聞いていた彼女が、オレのスーツの裾を引っ張ってきた。


「――っ」


 理不尽な目にあわされた恨みと人の命を軽んじる言葉に、オレはかなりイライラしていて周りが見えていなかった。そんなオレの感情を読み取ってくれたのかもしれない。


「ありがとう、もう大丈夫……」


 彼女がいてくれてマジで助かった。オレ一人だったらコイツのペースに乗せられてたと思う。

 冷静に、出来るだけ冷静に。……これは交渉なんだ。


「……死にたくないってなんだよ。いや、そもそもアンタと組むメリットは?」

「ハリファにあなたがトードゥだと信じ込ませましょう。とりあえず無闇に殺されることは無くなりますよ。あなたも、そこのむすめも」


 流石にあんなものを見せられては、処刑対象から外れるのは好条件に思える。それに対して『何を要求してくるのか』と身構えていたオレに、この男は意外で一言を言い出した。


「この戦争は負けます。ドゥラの壊滅をもってね」

「何が言いたいんだ?」

「米軍が重い腰を上げたんですよ。半月もしないうちにここは焼け野原でしょう」

「はっ、『ざまぁみろ!』だ。こんなテロ組織さっさと潰れてしまえ」

「そうですね。ですがそれは無差別に空爆されるという事なのですが、その意味はわかりますよね?」


 ……くそっ、いちいち言い方がムカつくな。そして言われるまで事の重要さを理解していなかった自分自身にもっとムカつく。

 ミサイルはオレ達を避けて飛んでくる訳じゃない。この辺り一帯にぶち込んで終わりだ。いるかいないか判らない捕虜なんて、すでに殺されていたって事にしてしまえばいい。……人権なんてのは生きていないと主張出来ないからな。

 そしてタブレットの男は、“折を見て脱出する事”を提案してきた。そのまま米軍に保護してもらうというものだ。


「そしてその際、私も捕虜の一人だったと証言してくれるだけで良いのです」


 脱出の為の隙作り、組織の監視等の誘導はこの男がする。確かに、近くに国軍や米軍が陣取っていれば逃げ切る事は出来るかもしれない。だけどこの男を信用して良いのか、それが一番の問題だと思う。


「アンタにとって都合の良いだけの条件を、オレが飲むと思っているのか?」

「ええ、飲みますよ、あなたは」


 何だこの自信は? オレがこいつと手と結ぶ根拠があると言いたげだけど……?


「あなたは生き残らなければなりません。そこのむすめの為にも」


 ……この


「とりあえず一晩ゆっくり考えてください。返事はまた明日聞きにきますよ」

「おい、待てよ。このは何で拉致されたんだよ」

「名前を聞けばわかると思います」


 それだけ言い残してタブレットの男は、兵士にアラビア語で何かを伝えて去っていった。


「私は……」


 男が去っていったのを確認して、女性が口を開いた。


「私の名前は……藤堂穂乃花ほのかです」

「——えっ、藤堂って!?」


「藤堂堅治は私の兄です」


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