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第17話・生存ゲーム

「ここではな……」


 ハリファは気怠そうに部屋に戻ると、イスに倒れ込むように身体を預けた。年季の入った革張りのイスから、ギシッという小さな軋む音が聞こえて来る。

 彼は机の上に足を投げ出し、『これが日常だ』と人を殺した事なんて全く意に介さずに話し始めた。


死体あんなものは三日もあればカラカラになって臭いすらしなくなるんだぜ」


 確かに中東ここの照り付ける太陽と乾燥した熱風の中では、三日経たずして水分の一滴も残らないかもしれない。


「それでトードゥ、お前はどうするんだ?」


 これにはどう返事をすればよいのだろうか。わざわざ処刑をして見せたって事は、選択を間違えるとオレも“ああなる可能性”があるって事を示唆しているんだろう。だけど、そもそも意味が解らない問いに答えが見つかるはずがない。 

 質問を投げた後、彼はずっと黙ったままだ。エアコンから噴き出るゴーッという風の音が、オレに『早く答えろ』催促している様に感じる。

 ピチャリ……ピチャリ……と、血だまりに落ちる血の一滴一滴が、まるでカウントダウンの様にも聞こえてきた。そしてそれよりも早く鼓動する心臓。口から何かが飛び出そうな感覚に、オレは呼吸すらも出来なくなっていた。


「おい」

「——はっ、はい」

「オマエ、トードゥじゃねぇのか?」


 ハリファは兵士に目配せをすると、オレは先程の男の様に両腕をガッチリと捕まれ、壁の穴の方へ引きずられる。


「まて、ちょっと待って、オレ、あれだ、藤堂だってば!」


 ハリファはうしろに立つ兵士のホルスターからサバイバルナイフを引き抜き、その刃身を指でツーっとなぞった。


「アイ、アイアム、トードゥ。フ、フロム、ジャパ……」


 しかし一度出た命令は覆らないという事なのかもしれない。何事もなかったかの様に、爪の間に入った汚れをナイフの先端で掻き出して『ふーっ』と息を吹きかけていた。

  その時、『どうにかしなきゃ』とグルグル回る頭の中に、ふと先ほど見た光景が横切った。


「——あのHuVerフーバーはオレにしか動かせねぇぞ」


 咄嗟に出た言葉。この時、ハリファがピクリと反応した様に見えた。


「アイツは何重にもセキュリティ対策がしてあるんだ。オレが死んだらただの鉄くずになるぜ!」


 ハリファは兵士に『待て』と命令し、タブレットの男を横目でにらみつける。


「そんな事書いていませんよ~」


 と、タブレットをひらひらさせて見せた。データ不足だと主張しているのだろう。


「そもそもそちらから貰ったデータですからねぇ。これ以上の事はわかりません」


 ハリファはその一言を聞くと、机に“ドカッ”とナイフを突き刺し、溜息混じりに口を開いた。


「説明しろよ、ガキ。嘘だと判断したら即撃つぞ」


 そう言って無造作に置いてあったピストルを手に取ると、オレに銃口を向けてきた。『ここに来てこんな事ばかりじゃねぇか』と思うのと同時に、タンカーの時よりも恐怖心を感じていない事に気が付く。

 オレは一切の嘘を交えずに、それでいて出来るだけオーバーにセキュリティシステムの事を話しはじめた。





「……つまり、そのシステムをぶっ壊せばいいって話だ」


 と、短絡的な事を言い出すハリファ。


「それは無理だな。システムのプログラムはOS(注》の中に入っている。それを壊すって事はHuVerフーバーが起動しなくなるって事だ」

「ならばOSを入れ替えればセキュリティシステムも不要って事だろ」

会社ウチのオリジナルOSをなめるなよ。あの白いHuVerフーバーの性能を最大限に引き出す為のOSなんだ。従来のものに入れ替えたりなんかしたら、アンタらが使っている旧式以下のスペックにしかならないだろうよ」


 ……そもそも軍用じゃないっての。人の命を守るためのHuVerフーバーなんだ。奪う為じゃねぇ。


「ならばライセンスカードってのを偽造すりゃいいんだろ。その程度の事はガキでもわかる」

「ライセンスカードのDNAデータにはOSにリンクするためのプログラムが混ざっているんだ。解析するには1年くらいかかるんじゃないかな?」

「ならばオマエを殺して、コクピットにその血をぶちまければ動くだろ」


 本気で殺すと言っているのがわかる。だけどなんだろう、さっきから恐怖心があまり出てこない。


「ああ、動くかもな。一回でダメになるだろうけど」


 ハリファはわざとらしく舌打ちをすると、諦めたように『ぶち込んでおけ』と兵士に指示を出していた。


 ここに連れて来られる間に、旧式の軍用HuVerフーバーが置いてあるのを見かけた。明らかにメンテナンスをしていないのがありありと解った。そもそもがどこかの国から調達した中古品なのだろう、装甲に統一感がなくボロボロ。その上オイル漏れが酷い。多分この様子だと関節部分が砂を噛んで可動するたびにガタガタ言っているはずだ。

 だから、妙にHuVerフーバーこだわるハリファを見て、。と、予測することが出来たんだ。この情報が無ければ、生存ゲームに負けていたのだろうな……。





「大人しくしていろ!」


 そう言ってオレは蹴り飛ばされ、牢に放り込まれた。そこは、高い位置に採光用の窓が一つあるだけの薄暗い空間。最初から捕虜用の牢屋として作られた一室なのだろう。


「くそったれが。覚えていろよ!」


 なんかもう半分死んでいる気分で自暴自棄な面もあったと思う。オレは無意識に思いっきり悪態をついていた。……まあ、相手に通じない様に日本語でだけど。

 その時、後ろの方から何か物音がした。最初は気が付かなかったけど、奥の暗い所に誰かいる。一瞬焦ったけど、そもそも牢に入っている位だ、オレと同じ様な境遇なのだと思う。そう考え凝視していると、その人は恐る恐ると言った声色で語り掛けて来た。


「あの、日本人……なのですか?」


 ――日本語!? オレ以外にも日本人が囚われているのか。


 それは、日本のどこにでもいるような、二十歳くらいの普通に可愛らしい女性だった。






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(注)OS オペレーションシステム。パソコンや機器類を動かす為の基本プログラム。WINDOWSやMacOS、Tron等の事。



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