「ここではな……」
ハリファは気怠そうに部屋に戻ると、イスに倒れ込むように身体を預けた。年季の入った革張りのイスから、ギシッという小さな軋む音が聞こえて来る。
彼は机の上に足を投げ出し、『これが日常だ』と人を殺した事なんて全く意に介さずに話し始めた。
「
確かに
「それでトードゥ、お前はどうするんだ?」
これにはどう返事をすればよいのだろうか。わざわざ処刑をして見せたって事は、選択を間違えるとオレも“ああなる可能性”があるって事を示唆しているんだろう。だけど、そもそも意味が解らない問いに答えが見つかるはずがない。
質問を投げた後、彼はずっと黙ったままだ。エアコンから噴き出るゴーッという風の音が、オレに『早く答えろ』催促している様に感じる。
ピチャリ……ピチャリ……と、血だまりに落ちる血の一滴一滴が、まるでカウントダウンの様にも聞こえてきた。そしてそれよりも早く鼓動する心臓。口から何かが飛び出そうな感覚に、オレは呼吸すらも出来なくなっていた。
「おい」
「——はっ、はい」
「オマエ、トードゥじゃねぇのか?」
ハリファは兵士に目配せをすると、オレは先程の男の様に両腕をガッチリと捕まれ、壁の穴の方へ引きずられる。
「まて、ちょっと待って、オレ、あれだ、藤堂だってば!」
ハリファはうしろに立つ兵士のホルスターからサバイバルナイフを引き抜き、その刃身を指でツーっとなぞった。
「アイ、アイアム、トードゥ。フ、フロム、ジャパ……」
しかし一度出た命令は覆らないという事なのかもしれない。何事もなかったかの様に、爪の間に入った汚れをナイフの先端で掻き出して『ふーっ』と息を吹きかけていた。
その時、『どうにかしなきゃ』とグルグル回る頭の中に、ふと先ほど見た光景が横切った。
「——あの
咄嗟に出た言葉。この時、ハリファがピクリと反応した様に見えた。
「アイツは何重にもセキュリティ対策がしてあるんだ。オレが死んだらただの鉄くずになるぜ!」
ハリファは兵士に『待て』と命令し、タブレットの男を横目でにらみつける。
「そんな事書いていませんよ~」
と、タブレットをひらひらさせて見せた。データ不足だと主張しているのだろう。
「そもそもそちらから貰ったデータですからねぇ。これ以上の事はわかりません」
ハリファはその一言を聞くと、机に“ドカッ”とナイフを突き刺し、溜息混じりに口を開いた。
「説明しろよ、ガキ。嘘だと判断したら即撃つぞ」
そう言って無造作に置いてあったピストルを手に取ると、オレに銃口を向けてきた。『ここに来てこんな事ばかりじゃねぇか』と思うのと同時に、タンカーの時よりも恐怖心を感じていない事に気が付く。
オレは一切の嘘を交えずに、それでいて出来るだけオーバーにセキュリティシステムの事を話しはじめた。
♢
「……つまり、そのシステムをぶっ壊せばいいって話だ」
と、短絡的な事を言い出すハリファ。
「それは無理だな。システムのプログラムは
「ならばOSを入れ替えればセキュリティシステムも不要って事だろ」
「
……そもそも軍用じゃないっての。人の命を守るための
「ならばライセンスカードってのを偽造すりゃいいんだろ。その程度の事はガキでもわかる」
「ライセンスカードのDNAデータにはOSにリンクするためのプログラムが混ざっているんだ。解析するには1年くらいかかるんじゃないかな?」
「ならばオマエを殺して、コクピットにその血をぶちまければ動くだろ」
本気で殺すと言っているのがわかる。だけどなんだろう、さっきから恐怖心があまり出てこない。
「ああ、動くかもな。一回でダメになるだろうけど」
ハリファはわざとらしく舌打ちをすると、諦めたように『ぶち込んでおけ』と兵士に指示を出していた。
ここに連れて来られる間に、旧式の軍用
だから、妙に
♢
「大人しくしていろ!」
そう言ってオレは蹴り飛ばされ、牢に放り込まれた。そこは、高い位置に採光用の窓が一つあるだけの薄暗い空間。最初から捕虜用の牢屋として作られた一室なのだろう。
「くそったれが。覚えていろよ!」
なんかもう半分死んでいる気分で自暴自棄な面もあったと思う。オレは無意識に思いっきり悪態をついていた。……まあ、相手に通じない様に日本語でだけど。
その時、後ろの方から何か物音がした。最初は気が付かなかったけど、奥の暗い所に誰かいる。一瞬焦ったけど、そもそも牢に入っている位だ、オレと同じ様な境遇なのだと思う。そう考え凝視していると、その人は恐る恐ると言った声色で語り掛けて来た。
「あの、日本人……なのですか?」
――日本語!? オレ以外にも日本人が囚われているのか。
それは、日本のどこにでもいるような、二十歳くらいの普通に可愛らしい女性だった。
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(注)OS オペレーションシステム。パソコンや機器類を動かす為の基本プログラム。WINDOWSやMacOS、Tron等の事。