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第14話・来訪者

 ――白いHuVerフーバーを動かせるのは、零士・ベルンハルトしかありえない。それを聞いた織田女史は胸をなでおろし、ひとすじの涙をその笑みに重ねた。


「そして零士を救い出せる可能性があるのも、あのHuVerフーバーなんだ」 


 織田女史が落ち着くのを待って、部長が口を開いた。かなり意味深な発言だ。


「どういう事ですか?」

「あの機体にはもう一つ革新的なシステムが積んであってな」

「え……それは俺も初耳です」

「うちで独自に開発した通信システムを、あいつに載せてあるんだ」


 本来は俺が乗る事になっていた機体だ。当然の事ながらマニュアルと仕様書は熟読してある。しかしそれのどこにも、そんな通信システムの表記は無かった。


「それって、会社は知っているんですよね?」

「いや、知らん」

「って部長、それヤバいでしょ。会社に黙って勝手に仕様を変えるとか、バレたら首ですよ……って辞めるのでしたね」


 ニヤリといたずらっぽく笑う部長。


「いや、だとしてもヤバイですって。エキスポのレギュレーション違反にならないのですか?」

「あのHuVerフーバーのキャッチコピー覚えているか?」

「え~と……『ひとつの命も漏らさない、数々の革新的機能の集大成』だったかな」

「その『数々』の一つだ。気にするな」

「相変わらずの力技ですね……」


 織田女史にとっては、会社に未申告だろうがレギュレーション違反だろうが、そんな事はどうでも良いのだろう。最も気にかかる事をストレートに尋ねた。


「それで、その通信システムで零士クンと連絡が取れるのですか?」


 一瞬の間をおいて部長が答え始める。


「取れると言えば取れる。だが、保証はないぞ、運次第だ」

「運……ですか?」

stealth-seed systemステルス・シード システムと言ってな、地球上の反対側にいても通信が届くというとんでもないものだ」

「でもそれって昔からありますよね?」


 ラジオとかの短波放送は、電離層(注》に反射させることで4,000kmくらい離れていても受信できたはず。もっとも天候次第という面もあるが、中継局をかませれば地球の裏側くらいなら届くんじゃないかと思う。


「だがこのステルス・シード……ああ、開発名はトリプルSで“トリス”と呼んでいるのだが……」

「それ、命名したの部長でしょ」

「お、わかるか」

「ほんっと、安酒やすざけ好きですね。もうちょっと立場に合った酒を飲めばいいのに」


 安い物が悪いとは言わない。美味いものは美味いのだから。


「それでな、こいつはラジオ電波の様に誰でも拾う事が出来ない特殊なヤツなんだよ。特定の受信機のみに届く、1対1の通信システムなんだ」


 これを聞いた織田女史は首をかしげる。


「それって、スマホのメールと何が違うのかしら?」

「スマホやパソコンのメールは必ずプロバイダーを経由する。要は足跡を残すんだ。だから条件があるとは言え他人が見る事も一応は可能になる。だがトリスは一切の痕跡も残さずに直接相手に届く電波方式を確立している」


 織田女史は機械類にそれほど強くはないのだろう、プロバイダーとか足跡とか言っても、いまひとつピンと来ていない様だ。それはそれとして、8000キロも離れた場所に直接電波を届かせるなんて出来るのだろうか?


「直接って、どうやって……」

「ステルス・シードと呼ばれる特殊電波は、地球上に漂うあらゆる電波を渡り歩いて目的の受信機に到達する。スマホならアンテナの一本も立っていれば、隠れた種は渡り歩くことが可能だ」


 なんだその滅茶苦茶な技術は。NASAだってそんなもん開発出来てないんじゃないか?


「それだけの技術なのに何故特許をとって発表しないのです?」

「実はエキスポの場でな、世界に向けて大々的に発表すると同時に特許申請を出す予定だったんだよ。それがまさか、こんな形で使う事になるとは思わんだろ」


 それにしても会社に内緒ってのは……。認められる自身はあったのだろうけど、いつもながらやることが大胆過ぎる。


「あと、気になるのは『保証がない』って部分ですが。どういう意味でしょう?」 

「電波を渡り歩く電波。その弱点は何だと思う?」

「そうですね……電波の無い所、ですか?」

「そうだ。大気中には微弱な電波が飛んでいるとは言っても、最低限トリスが渡れるだけの強度が必要だ」

「つまり、零士・ベルンハルトと通信が出来るかどうかは、HuVerフーバーがある程度の電波が飛んでいる場所にいる必要があるって事ですか」


 部長はうなずくと、黒くガッチリとしたジェラルミンケースを机の上に置いた。開くと、中には仰々しいまでの通信装置が入っている。赤や青の配線が見え、良く解らないパネルが並んでいた。これは子供の頃に観た海外アニメに出て来たような、ケースと一体化したパソコンの様な物体だ。


「こういうのめちゃくちゃ好きでした」

「だろ? この厨二病め」

「それはお互いさまで……」


 俺と部長はニヤッと笑い合ってしまった。何がおかしいのかと美郷さんと織田女史がツッコミを入れようとしたその時、玄関のチャイムが響いた。


「あら、誰かしら?」


 立ち上がろうとした美郷さんの腕を掴み制止する部長。静寂を促す意味なのだろう、口に人差し指をあて俺達全員に視線を送ると、スマホをテーブルの真ん中に置いた。インターホンと連動させているスマホ画面に映っているのは、空色のシャツに黒いベストを着用した二人の男だった。






――――――――――――――――――――――――――――

(注)電離層

 大気の上層にあって、電波を反射する層。近年では電離圏という呼び名が一般的になっている。

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