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第12話・デマ

「いえいえ、仕事ですってば……」


 俺と織田女史は別々の理由で来ました。と話しているのに、二人で調べに来たと部長は予想しているのだろう。相変わらずの慧眼けいがんだけど、部長がスパイだという可能性を捨てきれないうちは簡単に明かす訳にはいかない。全て疑ってかかろうと織田女史と決めてある。……はずだった。


「藤堂さん、大丈夫ですよ。望月部長はスパイじゃないので」


 しかしそんな俺の危惧をよそに、織田女史はあっさりと手の内を明かしていた。


「おい藤堂、何だよそれは。俺を疑っていたのか」

「すみません……」

「いや、やるじゃないか」


 部長は嫌な顔ひとつしないばかりか、嬉しそうに俺と織田女史を見てきた。

 それにしても部長がスパイではないとどこで判断したのだろうか? 呆気に取られた俺を見た織田女史は、説明するかのように驚愕の一言を放ってきた。


「私、くじ運が最悪に悪いのです。こんな所で当りを引くことはありません!」


 ……なんだって?


「ちょっと真理、藤堂君が固まっているじゃない」


 子供を寝かしつけて戻ってきた美郷さんの開口一番がこれだった。『くじ運が悪い』なんて理由でスパイじゃないと断定するとか、織田女史って実はポンコツなのか?


「藤堂君、真理の言った『くじ運』って、真に受けないでね」


 ケラケラと笑う、出来る女の美郷さん。


「……はい?」

「真理ったら最初、私まで疑って警戒してたのよ。会社辞めてもう五年も経っているっていうのにもう……」 


 詳しく話を聞いてみると、今日一日遊んでいると思われた織田女史は、その実、美郷さんが拉致事件に関与しているかどうかを探っていたという事らしい。実家に行く予定を変更してまで一緒に出掛けたのはその為だったのか。


「仕方ないでしょ。誰が敵なのか見当つかないんだし、完全に白と判るまで話せないからね」


 最初に美郷さんを探ったのは、多分信頼の出来る味方が欲しかったのだと思う。すでに会社を辞めていても内情を知っているのであればなおさらだ。織田女史が判断した要因は、美郷さんから明かされた角橋重工における部長の去就(注》についてだった。


 ――実家の家業を継ぐために退社する。


 これは今年に入ってすぐに決めた事で、春先には会社に報告してあったらしい。ただ、引き継げる人材の手配が間に合わず、会社側から『今年いっぱいは働いてくれ』と懇願され承諾。その為この件は、社内には流れていないという事だった。

 今回の拉致から一連の報道に至るまで、そこには何らかの利権もしくは利害関係が存在しているというのが、俺と織田女史の共通認識だ。 

 そして部長夫婦は、すでに会社の利権や利害からは離れた位置にいる。実家の家業は清里きよさとにあるペンション経営なので、テロが絡むような話とは無縁だ。

 何より望月部長は、零士・ベルンハルトと言う社員を高く買っていて、将来に期待していた。だから出世の足掛かりになるドバイ行きには大賛成だったそうだ。


「それに部長は裏でコソコソするような人じゃないよ。そんな事は美郷が許さないし」

「そうだね。もしうちの人がそんな事やってたら、とっくに葵連れて家出てるって」


 女性陣二人の言葉に肩をすくめる部長。俺を見ながら、ぼそっと『女は怖いぞ』と言っていた。 


「真理は昔から男を見る目だけはあったからね」

「だけって何よ、だけって」

「あれ、婚約者がいるのに浮気したって話ですよね?」


 一瞬にして静まり返るリビング。やばい、また思った事を口にしてしまった。自分でもわかっているのに、たまにやらかしてしまう……。皆の視線が俺に集まり、責められる覚悟をしたその瞬間。


 ……三人が三人とも大爆笑を始めた。


「え?」

「おい藤堂、お前まだそんな事信じているのかよ」


 背中をバンバンと叩いてくる部長。


「ほんと、アップデートしようよ藤堂君」


 美郷さんまで。いったいこれはどういう状況なのだろうと思っていたら、織田女史が笑いながら口を開いた。


「でもね、本社はまだまだ信じている人が多いよ」

「え、と、どういう事なのですか?」

「藤堂、お前も騙されてるって事だ」

「浮気して婚約破棄ってのはね、真理にフられた男が流したデマなのよ」


 ……なんですと!? 


「真理ってさ、見ての通り黙って居れば美人でしょ?」

「ひと言多いって!」

「当時は真理にいい寄ってくる男って凄く多かったのよ。その中の一人がちょっと難アリ物件ってヤツでね。フられた腹癒はらいせに社内メール使って嘘をバラ撒いたのよ」


 美郷さんの言葉を聞きながら頷く織田女史。


「じゃあ何で弁解と言うか、訂正しないんですか?」

「一応したよ、ほとんど効果なかったけど。でも結果的に変な男が寄って来なくなってさ。面倒事が減ったからそのままでいいかな~って」


 なるほど、ものすごく織田女史らしい理由だ。彼女のひと言に納得していた俺に、部長が諭すように言葉を投げて来た。


「一度流れてしまった情報は、その真実がどこにあっても100%元に戻る事はない。それは藤堂、お前も身をもって解っているはずだ」


 確かに言われる通り、いつまでたっても俺がテロリストと思っている人がかなりいる。ネットではフェイク画像やコラ画像が拡散され、死ぬまで否定し続けてもなくなる事はないだろう。


「さてと……それじゃここから、零士を助ける為の作戦会議だ」 






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(注)去就-きょしゅう

1 背き離れることと、つき従うこと。

2 どう身を処するかの態度。進退。

ザックリいうと、この場合は会社を辞めるかどうかって話。

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