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第10話・本音

 ――織田女史の話は続いた。仮説だと言っても状況から考えると、それなりに信憑性は高いと思う。何より俺が巻き込まれているという現状は本当なのだから。


「角橋重工は関連会社まで含めると七千人と言う人が働いています。その中からピンポイントで藤堂さんのデータを抜き出すには、ドバイに渡航予定の人員を知らなければ不可能です」

「だけど現実的に考えると、今回の報道の為に全社員のデータを流出させるなんてリスク高くないですか? そんな事実があったらマスコミだって公表するかもしれないし」


 どんな組織でも完全な一枚岩なんてまずありえない。ましてや、スクープと数字が最重要なマスコミの世界ではなおさらだろう。世界に誇る日本企業から、七千人分もの社員データが流出する事それ自体が、スキャンダルとして報道されてしまう可能性は結構高いと思う。


「ですので私は、藤堂堅治と言う個人のデータだけをリークしたのではないかと考えています」

「——っ」


 背中を冷たい汗がツーっと流れていく。誰かの恨みを買った覚えはないけど、いずれにしても俺が狙われていたのは間違いがなさそうだ。


「寄生虫さんに感謝ですね」

「アニサキス……さんです」


 真顔で冗談言わないでくれ。アイツに敬称付けてしまったじゃないか。


「それで、俺はどうすれば?」

犯人スパイ捜しを手伝って欲しいのです」


 俺をハメようとした犯人を見つけようって話だから、むしろこの申し入れはありがたくもある。人事部の情報を使えるのなら、一人でやるよりも断然効率がいいし。しかし、少々引っかかる部分が存在する。 


「本音を言いましょうよ。犯人を捜しても織田さんにメリットはないですよね?」


 それでも動く理由が何なのか。それが解らないと信用出来ないのは当然の話だと思う。何かを言いかけ、口を閉じる織田女史。彼女は話し辛そうな表情を見せながらも、信頼構築の為にと白状し始めた。


「あなたの代役として零士君を推薦したのが私なのです。出世のチャンスになるかと思って。でも、あんなことになって……だから何とか助けてあげる事が出来ないかと」


 ……なるほど。


「つまり俺は彼のついでって事ですね」 


 と、笑いながら返事をした。これは嫌味という訳ではなく、こちらも思う事を口にする事で”腹を見せる“という姿勢を表す為だ。


「当たり前じゃないですか」


 顔を赤らめてカウンターを放つ織田女史。……あなどれん。

 彼女の目的が見えなくて疑いの目を向けていたけど、今のひと言で全部スッキリした気がする。原動力が“それ”ならば疑う必要はなさそうだ。


「織田さんがそこまで言うって事は、すでに計画があるのですよね?」

「もちろん。明日、富士吉田支社に行きます」

「それはまた急ですね」

「技術開発局から、あの新型HuVerフーバーのデータがどこに提出されているかを調べたいのです」

「あ~、でも……」 


 急に二人で富士吉田支社になんて行ったら、いろんな意味で怪しまれるでしょうに。……と思ったけど、そんな事はすでに織り込み済みだったらしい。


「藤堂オペレーターは明日、エキスポ出展機の代替品の検証と言う事で急遽富士吉田支社に出張です。運行安全推進部から許可が下りています」


 そこまで手配済みなのは流石と言いたいところだけど、俺が協力しなかったらどうなってたんだよ。


「私は有給取って実家の法事予定かな」

「はは……すでにそこまで」


 乾いた笑いしかでてこないぞ。でも現実的にはその線から調べるのが妥当なのだろう。マスコミに流れた情報元や社内のスパイを探すのは、今はまだ不可能だと思うから。


「ところで、ひとつ聞きたいのですが」


 何となく思い付きで質問してしまったが、これは結構重要な事だ。


「俺がスパイだとか考えなかったのですか?」

「可能性としては考えましたよ、最初は」

「最初だけ?」

「例えばあなたがスパイだったとして、疑いの目を逸らす為の工作をするのは当然ですが……」


 そこまで言って織田女史は笑いを堪えながら……いや、半分吹き出しながら俺の疑惑解消の理由を続けた。


「だからって、寄生虫は食べない(注》でしょ」

「アニサキスさんです!」


 ……なんてこった。あの野郎に二回も救われるとは。 






――――――――――――――――――――――――――――

(注)友人曰く、極々稀に“痩身効果を狙ってサナダムシを食べる人”もいるらしいのですが、寄生虫食に興味があっても体に障害が残るリスクがあるので絶対に止めましょう。

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