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第7話・だるまおとし

 破損したコンテナの隙間から光が差し込み、オレのまぶたを照らして意識を覚醒させる。どこからか人の声が、怒鳴り声が聞こえて来た。……って、あれ、生きてるのかオレ!?


「怖えぇ……」 


 ため息と一緒に漏れ出たこの一言は、多分地上で最も素直で最も的を得た言葉だったと思う。手足が小刻みに震えている……潰される瞬間まで鮮明に覚えているんだ、仕方がないと思いたい。

 10メートルはあると思う高さから、落ちてきた金属の塊。そんなえげつない物に押し潰されながら生きていられたのは、HuVer-WKホーバークが頑丈と言う以外に二つの要因があった。

 ひとつはコンテナがアルミニウム製だった事。スチール製だったら重さも硬さも段違いだから、いくらHuVer-WKホーバークでもヤバかったかもしれない。

 もうひとつは、何故かコンテナの中に何も荷物が入っていなかった事。だから重量が無く、空の箱で潰れやすかった事が幸いしたのだと思う。

 先ほどから聞こえていた怒鳴り声が近づいて来ている。段々と会話内容がハッキリとして来た。


「馬鹿野郎が! 傷モノにしやがって」

「ですが急に……」

「うるせえ、大将になんて言い訳するんだよ!」

「待っ……」


 ――直後、パンッパンッパンッと音が響き、ドサッと言う音で締め括られた。『どぇっ』と言う声を残して。


 音から想像するしかないけど……多分、そういう事だよな。

 声が出そうになるのをこらえるのに必死だった。わずか鉄板一枚へだてた向こう側で、アッサリと人が殺されたという現実。ドバイの港だからとか、日本並みの治安だとか、そんなものは全く通用しない場所に居るのだと、改めて認識させられてしまった。

 このままだとオレも今の奴と同じ様に撃たれて死ぬかもしれない。いや、そもそも最初からそういう危険な場所にいたんだ。だったら、死にたくなかったら、みっともなくても足掻くしかないだろう。

 幸いにもHuVer-WKホーバークの可動状態は問題なしを示すオールグリーン。コンテナに押しつぶされながらこの頑丈さは、災害支援機としてはこの上ない性能だと、図らずも証明された事になる。

 しかし、どんな作戦で行くか……と考え始めて気が付いた。そもそも俺は戦略とかそういうのが苦手で、シミュレーションゲームとかでも勝った事がない。結果が不鮮明なのが受け付けられないからだ。


 オレが設計という仕事を選んだ理由は、とにかく結果が明確な事。使っている素材や構造から導き出される強度や出力。逆に、必要な性能を出すために材料を選ぶ場合もある。いずれにしても式と答えが明確で、スッキリとしていて余念がない。

 だから……答えのない、先が見えない事を色々考えても意味がないと思っている。

 それでも、解法の取っ掛かりを見つけたら、そこからの行動が早いのは理系の利点だ。オレは人感レーダーを確認し、大体の人の位置を把握した。すぐ目の前の位置に一人、多分こいつが怒鳴り散らして仲間を殺したヤツだろう。コンテナを押し出してこいつを無力化し、そこからは真っ直ぐ行って出たとこ勝負だ。


 ――オレは気持ちに勢いを付け、すぐそこにいる人殺しに向かってコンテナを蹴り出した。


 コンテナはガランガランと音を響かせながら、勢いよく横倒しになる。その先にいる男の安否なんて気にする暇はなかった。そして、急に動き出したHuVer-WKホーバークに驚き、またもや銃弾をバラ撒き始めるテロリストの様な奴ら。『とにかく逃げ道を作らなければ』と、人ひとりがやっと通れる隙間に手を入れ、強引にコンテナの壁を動かして幅を広げた。バランスを崩したコンテナの壁は崩れ始め、次から次へと落下し地面に激突する。それらには中身が入っておらず、”がらんどう”の音を立てていた。

 四つも五つも積み上げられていたコンテナが、けたたましい音を立てて落ちる。近くにいた奴らは皆驚き、落ちてくる金属の箱から逃げ惑っていた。


「ザマぁみろってんだ!」


 しかし、崩れたコンテナの壁の先に見えたのは、真っ青な青空と照り付ける太陽、そしてキラキラと透明に輝くオーシャンブルーだった。


「くそっ、逆じゃねえか。……なんでこういう時に海側ハズレを引き当てるんだよオレは」


 でも、コンテナの中身が全部空だとすれば、反対側を崩して陸地側に脱出する事も容易いだろう。フューエルゲージ燃料計を見るとまだまだ十分動けるだけの燃料が残っている。

 突然方向を変えたHuVer-WKホーバークを見て、蜘蛛の子を散らすように逃げるテロリストの様な奴ら。オレは構わずに勢い付けたまま、反対側のコンテナの壁に肩から突っ込んだ。中身が空なら潰される事もないし、この勢いならぶち抜けると計算したからだ。


「よしっ!」


 計算通りだ。勢いよく突っ込んだ頑丈なHuVer-WKホーバークは、ダルマ落としの如くコンテナの一番下を押し抜いて、転びながら閉じられた空間から飛び出した!


「これであとは……」


 あとは大通りに出るだけ。そう思ったオレの希望を打ち砕いたのは、またもや目の前に広がる色鮮やかなオーシャンブルー。

 反対側を崩した時は、コンテナ越しに海が目に入った瞬間『海側だ』と判断して確認しなかったんだけど、今はコンテナを突き破ったおかげで足元までしっかりと確認出来ている。

 まさかだった。この展開は考えてなかった。頭の中がフラフラしていたのは、体調不良でも錯覚でもなかったのか。


「……なんで海の上なんだよ」


 オレが絶望したのはタンカーの甲板上。……そして、人生と気力が尽きかけているのを感じていた。


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