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第6話・治安

 システムはどこにも異常がない。だが、HuVer-WKホーバークはエンジン音を響かせたまま急に動きを止め、ビクともしなくなった。原因が何かわからず計器類やモニターをチェックし始めた時、視界の端の方に細い線が何本か見えた。


 ――しまった、固定用ワイヤーを外すの忘れてた。


 8本もあるワイヤーを降りて外している時間はない。それにこれだけの爆音だ、当然外にいる連中は気付いているだろう。『肝心なところでオレってばもう……』と少しだけ自己嫌悪に陥りながらも、アクセルをベタ踏みして出力を上げた。『ミシッ』『ギーッ』と言う音がしてボルトがはじけ飛び、ひとつ、またひとつとフックが捻じれながら床から外れていく。


「いいぞ、行けそうだ……」


 少しづつ自由を取り戻していくHuVer-WKホーバーク。しかし、右足で一歩踏み出し、左脚を持ち上げたその時だ。


 突然、最後のワイヤーが『バチンッ』と言う音と共に切れた。

 急に制止から解放された物体はどうなるのか。答えは“勢いづいてバランスを崩す”だ。

 最後のワイヤーが切れて前のめりに急発進する事になったHuVer-WKホーバークは、素人同然のオレの言う事なんて聞くはずがなく、真っすぐにコンテナの扉へと突っ込んでいった。コクピットを守ろうと咄嗟に腕でガードし、そのまま頭からイノシシのように突進してしまった。結果的に、転がりながらも扉をぶち破る事が出来たのはラッキーというべきなのか?


 抜けるような青空から降ってくる強烈な太陽光が目に入り、瞬間的に顔をそむけてしまった。手で直射日光を遮りながら周囲に目を向けてみると、四方全面に高く積まれたコンテナが並び、そそり立つ壁を形成していた。完全に閉じられたこの空間は一般的な体育館くらいの広さと言ったところか。その真ん中にポツンとあるのが、今までオレが監禁されていたHVコンテナだ。

 コンテナの壁同士には所々人が通れる程度の隙間があるだけで、まるでこのHVコンテナだけ隠している様な感じがした。

 HuVer-WKホーバークの人感センサーが反応し、警告音アラートを鳴らす。これはすぐ近くに人間がいる事を知らせる音だ。慌ててHuVer-WKホーバークを起き上がらせ目視で確認すると、そこには迷彩柄のパンツに真っ黒のシャツを着た数人が、こちらに向けてライフル銃を構えていた。


「——なんでこんな連中がここにいるんだよ」


 それはまさしく、テレビのニュースで何度も見た事のある、テロリストそのものの恰好だった。『ここはドバイの港だろ?』『日本並みに治安が良いって話じゃなかったのか?』そんなガイドブックの内容を鵜呑みにしているオレの気持ちを知ってか知らずか、彼等は容赦なく引き金を引いてきた。

 タタタタタ……と乾いた銃声にまじって、時折HuVer-WKホーバークの装甲に当たったカンッという甲高い音が響く。災害地での活動を想定しているから、当然装甲部分もそれなりに頑丈な設計になっている。おかげで彼等の銃程度では問題なく防げている様だ。

 それでも、銃を向けられて撃たれるという状況は怖いなんてもんじゃない。たとえ防弾ガラス越しであってもだ。そもそも日本にいて銃を向けられるなんて事はなかったし、ましてや、乱射されるなんて経験があるわけがない。もっとも、それ以前にオレは……銃というものにトラウマを抱えているのだから。

 この場から早く逃れたいと思っても、積み上げられたコンテナの壁からは空しか見えない。『陸地側はどの方向なのか?』『海側に出て逃げ場がなくなる事だけは避けなければ』と、方向が全くわからずに、焦る気持ちだけが頭の中でグルグルしている。

 多分考えていたのは数秒程度だと思うけど、左側から聞こえた“ピシッ”と言う音で意識を戻された。音の方を見てみると、防弾ガラスに小さなひびが入っている。


「え……?」


 最強の防弾ガラスじゃなかったのかよ。もしかして今のが貫通していたら、オレ……死んでいたのか? 


 ――その瞬間、思考が止まった。と言うか一つの事しか頭になかった。とにかくHuVer-WKホーバークを動せと恐怖心が騒ぐ。『もう、なんでもいいから大通りに出なきゃ』と、そればかりを考えていた。


 アクセルを踏み込んで、それから……え〜と……。

 日本にいる時は高齢者の車暴走事故のニュースを見て『ブレーキ踏めよ』なんて思っていたけど、実際パニック状態になると、足が動かなくなってアクセルを踏みっぱなしにしてしまうという事を今理解した。解ったけど、頭の中ではブレーキを踏まなきゃと思っても、それが身体に伝達されない。脳味噌はフル回転しているのに、身体がその1/100も動いてくれない。

 そして、走行ペダルを踏みっぱなしにしてしまったオレのHuVer-WKホーバークは、コンテナの壁に全力で暴走タックルを喰らわせていた。

 その振動とたわみが壁の上の方まで伝わったのだろう。グラグラとバランスを失ったコンテナがオレの真上に落下してきた。多分ベテランHVオペレーターなら避ける事も出来たと思うが、ほぼほぼ素人の混乱状態オペレーターが咄嗟に動かせるはずもなく、そのまま、巨大なコンテナの下敷きになってしまった。


 ……くっそ。同僚の代わりに拉致されて銃で撃たれ、挙げ句の果てにコンテナで圧死とか、どういう人生なんだよ。

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