寝ていた事が功を奏したと言えるのか、この真っ暗な部屋の中でもある程度は周囲の確認が出来た。壁は規則的に凹凸が並び、天井までの高さは
――見覚えがある。どうやらオレは、HV専用コンテナの中に閉じ込められている様だ。
縛られた上に閉じ込められて、これってどう考えても……。
「――っ」
無意識に息を飲んでいた。頭の中に『拉致』と言う言葉が出て来た瞬間、急に恐怖が増してきた。真っ暗な密室、その上拘束されている状況に、たまらなく不安を掻き立てられる。
何をどうすれば良いのか全く思考が働かなかったが、それでも『まずロープをなんとかしなきゃ』って事だけは混乱している脳味噌でも判断出来ていた。オレは腰の後ろで縛られた腕を、暗闇の中で恐怖と戦いながらひたすら動かし続けた。
「
2〜3分も経った頃か、突然手首に激痛が走った。オレの手足を縛っているのは、かなり粗末で荒い麻縄の様な物だろう。動かす度にザラザラちくちくした感触で痛みを感じる。
……いや、多分これは最初から感じていたはずなんだけど、痛みが酷くなるまで全く注意が向かない程混乱していたのだと思う。しかし、幸か不幸かその痛みのおかげで頭の中が整理され、少し冷静になれた様だ。
すでに手首は
――誰かが、コンテナの扉を開けようとしている音が響いて来た。
拉致の犯人なのだろうか? オレは体を倒し、寝ているフリをしながら聞き耳を立てた。
「هل هذا عادي او طبيعي」
聞き取りにくいし、そもそも何を言っているか解らない。それでも雰囲気からして、誰かに話しかけているみたいだ。オレはそ~っと頭を上げた。4.4メートルの高さから見下ろすのは、大体アパートの二階から覗いている様なものだ。この暗がりなら覗き込んでも見つからないだろう。
そこに見えたのは、逆光で浮かび上がる三人の影だった。一人はタブレットを操作しながら、視線を上げたり下げたりしている。画面と
「من فضلك أعطني مكافأة……」
「
振り向き、小柄な男を怒鳴りつける大男。……って、英語じゃないか。
これはラッキーだ。英会話なら問題ない、留学のために必須だったからな。これなら断片的にでも、何か逃げる為の情報が得られるかもしれない。
「何度も言うな、金は着いてからだ」
イラついた口調の大男。どこの会社にも大抵一人はいる、なんでも力で押さえつけようとするパワハラ気質な印象を受ける。
「HVオペレーターも込みのハズですが、どこにいるのですか?」
タブレットの男が尋ねた。逆にこちらは冷静な口調、面倒な交渉事は大男に丸投げして、自分の仕事を優先している感じか。
「تناول الدواء والنوم」
「なるほど、操縦席に転がっているのですね」
“転がっている”が示しているのは、間違いなくオレの事だろう。
その時、小柄な男が扉脇のスイッチに手を伸ばすのが見えた。咄嗟に身を
それにしても、周囲がハッキリと見られる状況になったのに見る事が出来ないとか……。なんだよこのジレンマは。
コツコツと誰かの足音が近づき、タラップを登って来た。薄目を開けて顔くらい見てやろうかとも思ったが、起きている事に気付かれる方が面倒だ。リスクを考えるとこのまま寝たふりの方が良いだろう。
オレの顏の上に影が落ちて来た。……これは間違いなく覗き込まれている。何をやっているんだ? 何を見ている? 何も解らない事が余計に怖い。
オレは恐怖を押し殺し、必死で寝息を立て続けた。覗き込んで来た男は、下の二人に向かってアラビア語で何かを伝えていた。これは多分、一番後ろにいた小柄な男なのだろう。
「まだ寝ているのですか。そんなに強力な睡眠薬は使っていないハズですが」
タブレットの男の声が近づいてくる。小柄な男にオレが寝ているかを確認させ、安全を確保したという事か。
タラップを降りる音、そしてすぐに入れ代わりで昇る音。そして再び俺の顏に影が落ちて来る。何を考えているのか、タブレットの男は寝ているオレに話しかけてきた。
「あなたがHVオペレーターですか。名前は、え~と……トードゥ? ん~、アジア人の名前は読みにくいですね」
トードゥ? アジア人……もしかして藤堂の事か?
しかし、なんか変だ。こいつの持っているタブレットには、来るはずだった社員の情報が入っているって事だよな。さっきは
……いや、違う、問題はそこじゃない。何の疑いもなくオレを藤堂と認識した事、そしてさっき聞こえて来た『金は着いてから』『オペレーター込み』と言う内容。つまりは、
――単なる拉致じゃないぞ、これは。