「はぁ。なんだか疲れたな。もう夜も遅いし、俺はそろそろ寝るとするかなぁ〜」
「へ!? か、和人……今日はずっと、起きててくれるんじゃないの……?」
「いやぁ、そのつもりだったんだけどなぁ。俺はもう一人で俺の部屋で寝るから、サキも早く寝るんだぞぉ〜」
「あ、あぁっ! ちょっと待ってよぉ!?」
完全に警戒されてる状態では、サキから布を簡単に奪うことはできない。
ならばまずは、サキ自ら俺に近づかせる。今日ホラゲをして当然一人で眠れるはずなどないコイツは、俺が一人で部屋に篭ろうとすれば必ずこうして、引き止めてくる。そうやって近づいたところを……ふふふふふっ。
「ねぇお願い、本当に行こうとしないでよぉ!! 意地悪! 鬼! 鬼畜!!!」
「お休み、サキ。いい夢見ろよ〜」
「っ、待ってって、言ってるでしょ!!」
と、俺がサキを背に部屋を出ようとした瞬間。予想通り、俺の腕はガッチリと掴まれる。その拍子に振り向くと、背後ではサキがぷるぷると顔を震わせながらこちらを見つめていた。
「ふっ、今だッッ!!」
「な、ぁっ!?」
俺は完全に油断していた隙をつくと、俺の腕を掴む右腕を抑えながら布を強く握っている左手の拳へと、手を伸ばした。
「かかったなサキ! さぁ、この手の中に握っているものを見せてもらおうか!!」
「うっ、ぐぅ……っ!! 絶対、開かないんだからぁ!! これは見せ、られないのぉぉぉ!!!」
片手で十分だろうと思っていたのだが、思いの外サキの抵抗は強くて。左手だけでは、その拳を開かせることは中々叶わなかった。
しかし、だ。サキは右手を抑えられ、かつ左手は閉じて続けなければならないことによって完全に両手が封じられている。その中で俺の左手は、自由に動かせるのだ。
出来ることは、こちらの方が多い!
「ひっ、ひにゃぁぁっ!? かず、とッ、やめっ!? ひひゃはひひぃっっ!!!」
「必殺くすぐり攻撃だ! 観念しやがれぇぇ!!」
俺はその自由な左手をサキの腰元へと回すと、横腹から腋にかけて、全力のくすぐりを開始した。口を押さえることもできないサキはこそばゆさのあまり、身体をくねくねさせながら思わず変な声をあげる。
「ひにゅ、ふひぃっ! あっ、んぅあ!? わき、らめ……にゃぅっ!! やめ、やめでぇっ!?」
「なぁら早くその手を開くんだなぁ。じゃないと、この地獄は永遠に続くぞォォォ!!」
「ごめ、なひゃ、ひっ……! あやまりゅ、あやまりましゅからっ!! もう、ゆるひてよぉ……っ!!」
身体を襲うくすぐりの魔の手から逃れようと身体をひねり、時には若干官能的な甘い声をあげながら。サキは左手だけは開くことなく、抗い続ける。
だがそうしていても、俺がくすぐりを止めることは絶対にない。仮に布を奪取するという目的がなかったとしても、こんなに乱れているサキをそう簡単に解放してやる訳がないのだ。
「あっ、にゃぅ……っ! ん、ひぁうぃっ、ひぐっ!? もぉ、やめ、お願い……かじゅ────」
「そいっ!!」
「う、あひ……ひっ。んぐ、んひぃぅっ……ぉっ……」
だが、抵抗も虚しく。わずか数十秒で陥落したサキは小さく身体を痙攣させながらゆっくりと、その場に倒れ込んだ。同時に力の緩んだ左手から、ついに俺は布を手に入れる。
「ふっふっふ。さぁて、お宝は何かなぁ……ん? えっ?」
「っ、うぅ……ば、かぁ……」
「パン、ツ……?」
両手で広げながら見たその布の正体。それは……俺が履いていた覚えのある、黒色の無地のパンツであった。
「?????」
サキは、こんなものを必死に隠そうとしていたのか? こんなの、別に特別変なものでも……いや、待て。違う、問題なのは、これがエロ本と共に仕舞われていたという点だ。
サキの、「使う」という言葉。それに加えて、これが出てきたのはエロ本と同じ場所。つまり────
(まさかサキ、俺のエロ本と、パンツを使って……そういうことを!?)
もし、本当にサキがこれらを一人でそういうことに使っていたのだとしたら、さっきの行動にも頷ける。エロ本を一人で読んでいた可能性よりも、このパンツをそういうことに使っていた可能性を疑われる方が精神的に来るものがあるはずだからだ。
まあ今それは可能性どころか、確信となってしまった訳だが。具体的にどういう風に使ったのかは分からないが、少なくとも俺のパンツがサキが気持ち良くなるために使われたのは確実と言っていいだろう。
全く、このむっつりは……。
「サキ」
「……ごめんなさぃ」
「いや、怒ってないぞ別に。まあ、多少びっくりはしたが」
床の上に転がりながら、くすぐりの余韻に身体をぴくぴくとさせて。そんな中でサキは、赤く染まった顔を手で隠しながらゆっくりと縮こまる。
そんなサキを見て少し調子に乗りすぎたなと反省しながら、俺はその場に足をついて、頭をそっと撫でた。
「むっつりなのも、サキの魅力の一つだ。これを隠そうとして頑張るサキ、めちゃくちゃ可愛かったぞ」
「なに、それぇ……嬉しくない褒められ方だよぉ」
「普段から言ってるだろ? 俺はサキの全部が好きなんだよ。こんなことで、嫌いになる訳ない」
「……じゃあこれから、積極的に和人の匂いくんくんしてもいぃ?」
「おう、どんと来いだ」
俺がサキの匂いが好きなように、俺にも俺の匂いというのがあって、サキはそれを好いてくれているということなのだろうか。積極的にくんくんされるというのはなんだか気恥ずかしいが、臭いと鼻をつままれるよりよっぽどいいだろう。
「ん、よし! とりあえずアリハンするぞアリハン! 明日は日曜なんだし、今日はとことん付き合ってやるよ!!」
「じゃあ、とりあえず起こしてぇ」
「ほいよ」
腰から砕けてふにゃふにゃになっているサキの背中に手を回し、ゆっくりとその身体を起こしてやる。するとバランスを崩したのかその身体は俺の胸元へと倒れ込んだ。
ぽふっ、と胸元に埋まるサキは、「すんすん、すんすんっ」と顔を俺のシャツにすりすりしながら匂いを嗅いでいく。普段コイツは猫みたいだと思うことが多いが、今はなんだか犬みたいだ。
「ん……和人の匂い。落ち着く……」
「そうなのか? 自分で匂ってみても何も感じないけどなぁ」
「私この匂い、大好き。なんだか嗅いでると頭がホワホワするぅ」
「はいはい、そろそろ離れろぉ? じゃないとサキの匂いも嗅ぎまくっちゃうぞ?」
「……それは、恥ずかしいよ」
俺の匂いを嗅ぐのは良くても自分の匂いを嗅がれるのは嫌ならしい。俺の言葉を聞いて、サキは名残惜しそうにしながらも俺のシャツから顔を離した。
「ほれ、行くぞ。華麗なハンマー捌きを見せてくれるんだろ」
「えへへ、任せてよ。和人なんかよりも私の方が何倍も上手いんだからねっ♪」
「ったく、初心者のくせに何を言ってるだかっ」
って、そういえば俺たち、なんでアリハンをすることになったんだったっけ? なにかとても大事な言い争いをしていたような気がするが……まあ、もう別にいいか。