『にゅあぁぁぁぁぁぁぁッッッッ!?』
その雷は、ユリオカートのアイテムの一つ。
効果は、使用者の前にいる全員をクラッシュさせ、しばらくの間小さくしてしまうというものである。
上位者、中位者を無条件で襲うその男女平等パンチは、上位であればあるほど小さくなった身体が元に戻るまでの時間が長くなり、不利になる。
だがそれは、レース終了直前に打たれても意味のないものだ。────道と道の間をジャンプしている瞬間であった、アヤカ以外には。
『あっ、待って! ねぇ待って!! 置いてかないでよぉぉぉぉ!!!!』
一人だけ身体を小さくされた上にコースアウトをさせられてしまったアヤカの順位は、あっという間に転落。初戦の最終結果は、八位で幕を閉じた。
『んぬぅぅぅッッッッ!!!』
:アッ……
:あとちょっとだったのにな。運が悪かった
:( ・∇・)
:ドンマイ……
確かに、アヤカは一位に手が届きかけていた。この雷は、きっと不運だ。アヤカがジャンプしているその一瞬に叩き込むのは、容易なことではない。下位にいたようなプレイヤーであれば、尚更。
『あと、ちょっとだったのにぃ……』
これにはアヤカも相当悔しかったようで、発狂したあと、漏れ出すようにそう呟いていた。
特訓を終えて初めての試合。きっと、一位という結果にアヤカは相当固執していたはずだ。全く周りについていけなくて、最初から諦めモードになってしまうような試合ならここまで悔しくなることもなかっただろう。
一度、手が届きかけて、それは不意の不運によって遠ざかってしまった。やるせない気持ちが、募っているはずだ。
「アヤカ……」
数秒ほど、BGMだけの無音の時間が続く。
だがその静寂を破ったのは、アヤカではなく────
:アヤカちゃん凄かった! めっちゃ上手くなってて感動しちゃった!!
:雷来なかったら絶対に一位だったよな! まだ初戦だし、ここからここから!!
:アヤカちゃんの、逆襲じゃぁぁ!!
:がんばれ! まだ一回負けただけ!
:めちゃくちゃ熱い試合だったァァァァァ!!!!!
:虐められてるアヤカも可愛かったけど、やっぱり僅差の試合してくれると見応えあっていい! もっと見たい!!
:ガンバルノジャァァ!!!ᕦ(ò_óˇ)ᕤ
『みん、な……』
コメント欄いっぱいに埋め尽くされた、歓喜と祝福、そして────応援の声だった。
「ほんと、相変わらず民度が良いなぁ。コイツらは……」
普段はアヤカが虐められていたらやれアヤ虐だの騒ぐくせに、本気で彼女が頑張っている時には、ちゃんと応援をして。負けてしまっても、与えて励ましてくれる。
結局は全員、心の底から柊アヤカが好きなのだ。
『そう、だよね! まだ一回負けただけ!! さ、次の試合行こー!!!』
:wkwk o(^o^)o
:勝て勝て勝てーっ!!
:次アヤカに雷を落とした奴は、おじさんがぶっ飛ばす!( *`ω´)
『次の方々、対ヨロォ!!!』
その後、アヤカは一進一退の攻防を繰り返し。計二十回ほどのレースの中で四回、一位を取ることに成功したのだった。
◇◆◇◆
一時間後。配信枠が閉じられると、サキの自室の扉が開いた。
「お疲れ、サキ。凄かったぞ」
「え、えへへ……私も自分でプレイしてて、驚いちゃった」
すす、と自然に俺の隣でちょこんとソファーに腰掛けると、俺の片手をそっと握り、俯きながら言葉を続ける。
「ありがと、和人。和人のおかげで、すっごく楽しかったよ」
「頑張ったのはサキ自身だろ。俺は、ちょっと手伝っただけだ」
「それでも……ありがと」
「……おう」
サキの手にはとても熱がこもっていて、サキが今どれだけ嬉しさに包まれているのかがよくわかった。
本当に、特訓に付き合った甲斐があったというものだ。
「リスナーさんたちも、いっぱい応援してくれて。いつもは勝ち負けなんかよりもただ楽しむことだけに集中してたけど……勝つために努力してそれが実った時って、こんなにも楽しいんだね」
「そう、だな。新しいゲームに何個も手を出していくのも勿論良いけど、こういう勝ち負けに拘れるゲームがあるってのは良いことだ。応援してる推しが強くなっていく様子は、見てて気持ちいいからな」
実際に、リスナーたちも同じことを思ったからこそ、コメント欄をあんな風に暖かい声援で埋める事が出来たのだろう。何はともあれ、これでリスナーを見返すという目標は充分叶ったのではないだろうか。
「あ、和人もコメントしてくれてたよね? ちゃんと、見てたよ」
「流石だな。あんなにコメント爆速だったのに」
「ふふん。私は配信者だからね。当然だよっ♪」
にへへ、と笑うサキと談笑を繰り返し、お互いの腹が鳴り出した頃に、家のチャイムが鳴った。
「誰だろ?」
「お、やっと来たな」
「ちょっと待ってろよ」と言って俺は一人で玄関に行くと、扉の前に立っていた男の人から注文していた物を預かり、そして現金を渡してリビングへと戻った。
「ん、この匂い……!」
空きっ腹の俺たちの鼻腔をくすぐる、チーズや肉の濃い匂い。どうやらサキは、一瞬でそれが何か感づいたようだ。
「今日はサキ頑張ったからな。俺からのご褒美だ!」
「ピザ! ピザだぁ!!」
マルゲリータピザに、照り焼きピザ。二人で食べるには少々量が多いLサイズ二枚が入った大きな箱に、サキは大興奮。喜んでもらえて何よりだ。
「今日は、ピザパーティーだ!!」
「やったぁぁ!!!」
こうして、逆襲のユリオカート配信は無事に終わった。
俺たちは夜遅くまでピザパーティーを続け、疲れが溜まってそのままリビングのソファーの上で寝落ちしてしまうほどに、心ゆくまで楽しみ尽くして。
その裏で起こっていた″重大な出来事″に気付いたのは、次の日の朝のことだった。