「……よしッ! 二位!!」
「お、サキ凄え。COM相手に二位とってる」
「えへへ、もっと褒めてくれてもいいんだよ?」
徐に突き出された頭をヨシヨシしてやると、サキは自ら身体を近づけて、おねだりを続けた。
(そうか。ユリオカート配信、明日だもんなぁ)
いよいよ明日は、特訓の成果を見せる日だ。
初めは強さの設定を「かんたん」にしていたCOM相手にもビリか、良くても下から三番目くらいが限界だったサキ。でも今では、「ふつう」設定の相手にも、平気で上位入賞を叩き出せるほどにまで成長している。
「上手くなったな、本当に。凄いぞサキ」
「うんっ。明日は、アヤ虐なんて絶対に起こさせないからっ♪」
「おー、そりゃ楽しみだ。本番はいつも通りインターネットのレート対戦にするのか?」
「あっ、そのことなんだけどね……」
少し口をつぐんで、間を開けてから。サキは小さく息を吐いて、言った。
「視聴者参加型にしようと、思ってるの」
「え……?」
視聴者参加型。ついこの間スマファザ配信で行ったばかりだが、結果は皆知っての通り。キレたアヤカに萎縮しての姫プが始まるまでは、それはまあ酷い有様でボコボコにされていた。
当然アヤカが初心者で弱かったのはある。だがそれ以前に、視聴者参加型……それもアヤカがボコボコにされるのを喜ぶ柊親衛隊のメンバーから更に自信のある奴らが参加すること間違いなしなのだから、確実に厳しい戦いになることだろう。
「いいのか? アヤカの今のレートなら、いつも通りの対戦方式にすれば一位だって夢じゃないのに」
「んー、それはそう、なんだけどね。やっぱりさ……私はリスナーのみんなに、直に成長を感じ取ってもらいたいの」
自分の頭の上に置かれた俺の手をギュッ、と握って、どこかまだ不安が残る顔をしながらも、それでも。たしかにその目は、前を向いている。
それが、自身でキチンと考え得た結論ならば。俺からは、今更その決意を曲げさせてしまうようなことを言うわけにはいかない。
「そうか。なら今日一日、最後の猛特訓しなきゃな。付き合うぜ!」
「うん! 和人のおかげで強くなれた私を、みんなに見せる!!」
こうして、決戦前夜の長い夜が始まった。
◇◆◇◆
夜が明け、講義を受けて。十八時からの配信に備えて直帰した俺たちは、配信までの30分という時間を、ただじっとソファーの上で一緒に過ごしていた。
「サキ、お前なら絶対に大丈夫だ。ここまで真面目に努力を続けた奴は、必ず報われるさ」
「ありがと、和人。そう言ってもらえると、本当に心強いよ……」
冷蔵庫に入っていたプリンを摘みながら、身を寄せ合って。何も物音のしないただ静かなリビングで、二人きり。
今更焦って練習をしても、もう意味はない。あとは配信でこれまでの成果を、思いっきりぶつけるだけだ。
だからこの時間は、そのための心作りに使う。こうしてゆったりとした時間を過ごしていれば、自然と心も落ち着いてくるというものだろう。
「みんなの驚いてる姿、早く見たいなぁ。普段はアヤ虐ばかりしようとするみんなだけど、今回は純粋に私の成長を見て喜んだり、してほしい」
「大丈夫だって。きっとリスナーは、お前の努力をちゃんと感じ取れるよ。毎日のように一緒にプレイしてた俺だって、ちゃんと特訓を重ねるごとに変化していくサキのプレイを感じ取れたんだ。そもそもの特訓を始める前と今しか見れないリスナーが、その大きな変化に気づかないわけない」
そして、何より。と付け足して、俺は言葉を続ける。
「結局、虐められてるアヤカも勿論可愛いけどさ。流石に努力を続けた女の子がそうなってしまう姿を心の底から望む奴なんて、一部の変態だけだ。コメント欄が歓喜と祝福で彩られる様子が、もう目に浮かんでくるしな」
「……うん」
まだ、少し不安が残っているのだろうか。その返事はどこか、心細く感じる。
「ねえ、和人。一つ……ワガママ言ってもいい?」
「おう。なんでも言ってみろ」
「……頑張れのキス、欲しい」
「え……?」
かぁぁぁ。サキの顔が、言葉を終えるとともにみるみる赤くなっていく。
言い終わってから羞恥心が込み上げてきたのだろう。何より、恥ずかしい台詞を言ったという自覚はあったようだ。
(頑張れの、キス……)
こういうのはどちらかと言えば女の子が男の子を元気付けるためにやる行動な気もするが、これから頑張るのはサキだ。必然的に俺がキスをする側になるのは当然か。
「や、やっぱり、いい……」
「いや、待て待て。そのまま、じっとしてろ」
「ん……んんっ! あっ……」
俺はそう言ってサキを引き止めると、顔を寄せて唇にキスをした。
俺も当然恥ずかしいのですぐに離れようとしたのだが、その瞬間。サキが俺の背中に手を回してきて。数秒に渡って抱擁を続けてから、ようやく唇は離されたのだった。
「は、ぁっ……。和人パワー、充電できたよ」
「そりゃよかった。急に抱きついてくるから、もっと深いのを御所望かと思って焦ったけどな」
「も、もぉ。バカ和人。そんなことしたら……配信どころじゃ、なくなっちゃうでしょ……」
「え!? それって────」
「あー! もうこんな時間!! そろそろ、配信準備しなきゃっ!!」
「あ、おいっ!」
タタタッ、と逃げ出すようにリビングから飛び出して行ったサキは、やがてすぐに自室へと入って行ってしまった。
「はぁ……ったく。頑張れよ、サキ」
頭を掻きながら無意識にそう呟いた俺は、机の上に置いていた自分のスマホを起動させ、ただじっとその場で配信が始まるのを待つのだった。