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第34話 ファーストキスを終えて

「次のお客様、どうぞ……って、サキか。いやぁ、まさかこんな平日の昼間にお客さんがいっぱい来るなんて思わなかったよぉ。おかげでワンオペだった私はもう大変で……あれ? なんかサキ顔赤い?」


「そ、そそそそんなことないよ!? ちょっと暑いだけ!!」


「暑い? こんなにクーラーガンガンに効いてるのに……?」


 ふぅん? とどこか怪しみながら、優子さんは分かりやすく動揺するサキを見て何かを察したかのように微笑む。


「もしかして……お楽しみだった?」


「っうぁうぁっ!?」


 優子さんにとってのお楽しみとサキにとってのお楽しみに、どこか差異が生じている訳がしないでもないが。それにしても、優子さんなんて楽しそうなんだ。あれじゃあまるで新しいおもちゃを見つけた子供みたいだぞ。


「へぇ〜そっかそっかぁ。ついにサキも卒業かぁ〜♪ 私、なんだかちょっと感動で泣いちゃいそうだよぉ」


「っぅぅ……和人ぉ、助けてぇ……」


 ああ、サキが縮こまってあっという間に半泣きになってしまった。これは流石に、放っておくのは可哀想か。


 仕方ない、と頭を掻きながら、サキに代わって俺が話をすることにした。


「優子さん、そろそろその辺でやめてやってください。サキが今にも羞恥心で崩れ落ちそうです」


「ん、ごめんごめん。流石にちょっとイジめすぎちゃったかな。あのサキがついに処女喪失って聞いて、ビックリしちゃってね」


「ん゛ん゛っ、ゆ、優子さん待ってください。その、俺たちそういう事……してませんから」


「ふえ?」


 ほら、やっぱり。どうせこんな事じゃないかなと思っていたんだ。お楽しみってだけでもちょっとあれなのに、卒業とか言い出したらもう、な。


 まあでも確かに、優子さんは俺とサキの関係を知っていたみたいだしな。付き合い始めてずいぶん経って、同棲もしてて。そんなやつらの「お楽しみ」がただのキスだなんて、普通思わないわなぁ。


「その、ファ、ファーストキスを、ですね……しました」


 俺が素直にそう伝えると、優子さんは一瞬固まって……。てっきりイジりの一つでも返されるかと思っていたのだが、その顔は優しく、まるで我が子を見るかのように、俺に向けて微笑みかけてくれていた。


「もう、初々しく照れちゃってまぁ。ほんと、遅すぎるくらいだけどさ……でも、おめでと」


 初めて見た時はなんで全くタイプの違うサキと優子さんが高校を卒業してもなお友達でい続けていられているのだろうと思っていたが、今よく分かった。


 その表情は、その声色は。サキのことを本当に心から大切にしていないと、出せないものだ。きっと優子さんは、根はとても優しい人なのだろう。


 普段の性格があんな感じでも、その心根は確かにサキのことをよく考えてくれてる。カラオケに入室する前「あの男嫌いのサキが」なんて言っていたのも、高校時代のサキのことをよく知っていて、それでもって理解もしてくれていたから出たセリフだったのではないだろうか。


「……で?」


「え?」


「え? じゃないわよ。サキとのキスはどうだったのよ」


「ちょ、優子!? 変なこと聞かないでよ!!」


「そうですね。凄く、気持ちよくて……甘かったです」


「な、なぁぁぁっ!?」


 おっといけない。つい正直に答えてしまった。


 だがまあ、優子さんは「あはは、そっかそっかぁ! サキのお口は甘かったかぁ〜!」と大変ご満悦のご様子。


 ちなみに当のサキはというともう恥ずかしさが限界突破してオーバーヒートしてしまったようで、可愛い奇声をあげると頬を膨らませて俺の両肩を掴んでぶんぶんと本気で揺らしていた。


「いやぁ、ほんっと和人君は面白いねぇ。……サキの彼氏が、君みたいな人でよかったよ」


「え? 優子さん、今何て────」


「さっ、そろそろ次のお客さんの退室時間だからね。今日は私の奢りにしておいてあげるから、お二人さんは早く帰りなさいっ♪」


「そ、そんな。悪いですよ」


「いいからいいから。サキの親友からの、ファーストキス祝いだよっ♪」


 そうこうしている間に退室してきた他のお客さんが階段から降りてきてしまい、俺たちはあっさりと追い出されてしまった。


(優子さん、さっきなんて言ってたんだろ……)


 俺が面白いと言った後に何か、小さな声で呟いていた気がするのだが、それについては聞く間も無かった。




 まあ、今度また会う機会があれば、その時にでも聞いてみるとしようか。……俺が、覚えていたらの話だが。

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