「う゛ぅ……ぁぁあ……」
「いやぁ、いい友達をもったなサキ。俺、あの人とは仲良くなれそうだよ」
二人きり、密室の端でサキは、可愛い唸り声をあげていた。
どうやら、さっきのイジりがよっぽど恥ずかしかったようだ。優子さんに色々と暴露される寸前だったわけだし、まあ無理もないか。
「あ、そうだサキさん? そろそろスマホ返して────」
「ダメ。返したらトイレに行く隙にでもLIME交換してきそうだから」
「うっ、鋭い……」
俺がしようとしていたまさしくその事を当てられ、思わずあからさまに動揺してしまうと、サキはそれを見てため息を吐く。どうやら俺の彼女には、全て筒抜けのようだ。
「優子は相変わらず変わってないし、和人も同調するし……私を助けてくれる人はいないの?」
「俺が助けるぞ」
「助けてもらえてないんだけど?」
ちゅぅぅ、とストローでアイスティー(シュガースティック二本、ガムシロップ三個入り)を吸いながら、多少不満そうに。それでいて、もういいやと吹っ切れたように。サキは近くに置かれていたタブレット端末を手に取り、操作を始めた。
「何か歌うのか?」
俺がそう聞くと、サキは小さく顔を横に振って無言でボタンを押し続け、そして操作が完了すると、端末を俺に向けて差し出す。
「……これで、許してあげる」
画面に表示されていたのは曲名や歌手名などではなく、¥2380と書かれた値段表と、加えて今サキが注文しようとしているのであろう「ドリームパワフルパフェ」と、お昼ご飯の「きつねうどん」、「マルゲリータピザ」。ご飯の方はそれほど高いものを頼んでいないのに、デザートがまさかの1400円。えげつないパワーバランスである。
「和人と一緒にパフェ……食べたい」
「よし! 任せろぉぉ!!!」
俺は自分の分の昼ごはんである「大盛りチャーハン」を加え、支払い確定ボタンを押した。
財布の中身的に言えば、ルーム料金も合わせてかなりギリギリの支払額になってしまったが、彼女に一緒にパフェを食べたいと言われたのだ。断るわけにもいかない。
「よし、じゃあ俺から歌っちゃうぜぇぇ!!」
「ふふっ。もう……バカ」
とりあえず金のことは忘れて、全力で今を楽しむとしよう。
◇◆◇◆
コンコンッ。
俺が一曲目を歌い終え、サキが何を入れようかと悩んでタブレット端末の前でタッチペンをクルクルと回していたその時。部屋の扉がノックされ、料理を持った優子さんが入室してきた。
「お待たせしましたぁ〜♪ 大盛りチャーハンときつねうどん、それからマルゲリータピザだよぉ〜。パフェはあとで持ってくるから安心してねんっ♪」
慣れた手つきでお盆を駆使して三つの皿を持ってきた優子さんはやがてそれらを机に置くと、すぐには出て行かずに、サキの隣へと座る。
「な、なに?」
「ん〜? いやぁ、サキに伝え忘れたことがあって」
先の耳元で何かを囁いているようだが、俺にはその声は聞こえない。女同士の、内緒の話というやつだろうか。
「ココ、防音機能めちゃくちゃ高いから……エッチなことしても、大丈夫だからね♡」
「……な、なっ……なぁっ!? 何言ってるの優子!?」
あ、サキの顔が茹蛸みたいに。一体何を言われているのだろう。めちゃくちゃ気になる。
「えぇ? もしかして……まだ?」
「当たり前でしょ!?」
「同棲まで、してるのに……?」
「え……?」
優子さんは何かを言ってから一度サキの耳元を離れ、チラリと横目で俺を見る。そしてもう一度サキの耳元で、囁いた。
「和人君のことを想うなら、そういうことも……してあげた方がいいと思うよ。ま、急いでとは言わないけどね♡」
「…………うん」
「あのぉ、一体さっきから何を話してるんですかね?」
「あはは、なんでもないよっ。ちょっとアドバイスをしてあげただけっ♪」
そう言って微笑むと、優子さんは「じゃあねっ」と手を振ってそのまま部屋をあとにして行った。
アドバイス……今一つピンとくる内容が浮かばないが、まあ多分俺が今サキに聞いて素直に教えてもらえるものではない気がする。
「和人、食べよ? マルゲリータピザ、チーズ大盛りにしてくれたんだって」
「ん、そうだな。もう腹ペコペコだ」
二人で一斉に手を揃え、いつものように「いただきます」をしてから。ピザを切り分け、摘んだ。
みょーん、とめちゃくちゃ伸びるチーズを、二人で笑いながら食べて。お互いに明らかに優子さんが写真のものよりサービスで量を増やしているであろうチャーハンとうどんも食べ終えると、「もうお腹パンパンだよぉ〜」と満足気に、サキは自分のお腹を摩っていた。
「そんな調子で、あとでパフェちゃんと食べれるのかぁ?」
「えへへ、余裕だよっ。甘いものは別腹だもんっ♪」
にへぇ、と甘い顔で微笑むサキに「なら良かった」と言うと、俺はタブレット端末を手渡す。
「ん、ありがとっ。パフェ食べる分、歌ってカロリー消費しなきゃね!」
マイクを握りながら流れる前奏を背にそう言って笑うサキはどこかいつもと違って……まるで何かを決意したかのような、そんな顔をしていた。