「えへへ〜っ! か〜ずとぉ〜!!」
「おわっ!?」
ぎゅぅぅぅぅぅ。
配信が終了し、そのまま速攻で扉を開けてリビングへと走ってきたサキは、俺に飛びついて激しい抱擁をした。
その顔はとても満足そうで、幸せそうで。とてもさっきまで獣のような台パンをかましていた女と同一人物だとは思えない。
「配信見てくれた!? 私、スマファザちょ〜強くなったよっ!!」
尻尾が生えていたならブンブンと激しく振っているであろう興奮っぷりで満面の笑みを浮かべながら、サキはそう言って褒めて欲しそうに俺を見る。うわぁ、どうしようこれ……。
このまま、真実を伝えずにサキを笑顔のままにしておきたい気持ちは勿論ある。だが、変に勘違いさせたまま調子に乗らせ続けるのもいかがなものか……。
「最初のバルカンの人は強くて敵わなかったけど、他の人は楽勝だったなぁ〜♪ カーボィの下スマ連打で全員を踏み潰していく感覚、クセになりそうだったよぉ……♡」
あ、ダメだこれ。このまま調子に乗らせ続けたらそのうち変なモノに目覚めてしまいそうな雰囲気してる。
少々心苦しいが、本当のことを伝えるしかないだろう。
「サキ。非常に言いにくいんだがな……さっきの配信、お前明らかに姫プされてたぞ……」
「姫プ? お姫様専用超高級プリンかなにか?」
Oh……まさかのサキさん、姫プをご存知でない。あと、お姫様専用超高級プリンって何? めちゃくちゃ気になるんだけど。
「姫プっていうのはだな。姫プレイの略で、まあ簡単に言うと配信者の人を手加減して勝たせてあげるみたいなプレイスタイルのことで……」
「はぁっ!? 何よそれ!! 私は強くなったんだもん!! 手加減なんてされてないもんっっ!!!」
俺が真実を伝えると、ぷりぷりと怒った様子でサキは俺の肩を揺らす。
どうやら、本当に姫プされていたことには気付いていなかったようだ。そのうえ、まだ現実を認め切れないでいるらしい。……いや、もしかしたら思い当たる節があるからこそのこの必死っぷりなのだろうか。
「なら、私と勝負してよ! 五回のうちに私が一回でも勝てばってやつ、今からやろ!!」
「お、落ち着けって。分かった。分かったやるから……」
まあ、直接俺が戦うのが一番手っ取り早いか。この家にはスマファザが一台しか無いし、俺はサキと一緒の時にしかプレイしていない。つまり、何も強さに変化がないわけだからそんな俺と戦えば、成長度合いが明らかにしやすい。
「絶対、踏み潰してやるんだから……!」
おお、やめてくれそれは。というか、サキにはあんまり踏み潰すとかいう乱暴な言葉使わないでほしいなぁ……。
◇◆◇◆
グォォォッ! バキッ! ズドォォォォンッッ!!
クッペの咆哮、打撃音、そして衝撃音が響き渡る。
一機勝負を四回続け、今ちょうどその四回目が終わった瞬間である。それはもう綺麗に、カーボィが場外へと吹き飛んだ。
「う、嘘……私の、カーボィがぁ……」
当然サキはあまりの負け方に意気消沈。どうやら本当に自分が強くなったと心の底から勘違いしていたらしく、ちょっと泣きそうだ。
俺も三試合目くらいからもう手を抜いてやろうかなんて思っていたが、それはそれで怒られそうな気もするし。何より「負けたら何でも一つ言うことを聞く」なんて罰ゲームがかかっている以上、そう簡単に負ける決心がつくわけもない。
「あー、その……サキさん。とりあえずここでやめとこうか。最後の挑戦権をこのまま無駄にするわけにもいかないだろ?」
「う゛ぅ……う゛う゛う゛ぅぅ……」
すっごく不満そうな顔をしているが、俺がゲーム機本体の電源を切ることによって、スマファザは強制終了させた。
なにせサキが毎回の試合で俺に与えられるダメージは、精々50%が限界。それほど絶望的な数値でもないが、かと言って勝てる数値でもないだろう。
まあでも、着実にサキも成長はしている。俺の成長速度が遅い分、一人でも練習をするサキならばすぐに追い抜いてしまうはずだ。
(そういう負け方なら、悪くはないしな……)
と、そんな事を考えながらサキの方を見ると、その頬はフグの如くぷくぷくに膨らんでいた。なんともまあ分かりやすく、それでいて愛らしい感情表現だ。
「気にすんなって、サキ。確かに配信の時のは姫プだったけどさ……お前の成長は、ちゃんと俺が見てるから。少しずつだけど、努力の成果は出てるよ」
そう言ってよしよしと頭を撫でると、サキは黙りながらも、それでいて少し、頬を赤く染めた。
練習の成果が出ないことの辛さは、昔運動部に所属していた俺にもよく分かる。
だからこそ、そんな時に誰かが褒めてくれたり、ただそばにいて練習に付き添ってくれたり。……そういうのが、どれだけ嬉しいか。どれだけ、心の支えになるか。そのことも、ちゃんと知っている。
「よし、流石に明日は一限から授業だから夜通しって訳にもいかないけど、夜飯食べたらいっぱいスマファザやろうぜ! な?」
「……うん」
サキは小さくそう呟くと、夜飯の支度をしにキッチンへと去っていった。
去り際に誰にも聴こえないような声で「ありがとう」と……そう、言い残して。