「えっと……サキさーん? おーい……」
それから数分後。後を追ってサキの自室の前に来て声をかけてみたものの、返事がない。
だが、このままいつまでも放置しておくわけにもいかないだろう。ここは俺が優しい言葉をかけて、サキを部屋から出す努力をすべきだ。
と、いうわけで。鍵をかけることができない我が家の部屋の扉の取っ手に手をかけた俺は、ゆっくりとそれを回して部屋の中を覗いた。
(……なんだ、あれ)
すると視界に飛び込んできたのは、小綺麗な部屋のベッドの上でこちらを向いている尻だった。
読んで字の如く「頭隠して尻隠さず」状態のサキは、頭は枕で覆っているものの、下半身は膝をついて何も被ってはいない状態。色白な露出している太ももと、その上で大き過ぎず、それでいて小さ過ぎずの美しい尻がむんと突き出されている。
「う゛う゛……ぅぅ……。なんで私、調子乗ってあんなことを……」
まだ俺が部屋を覗いているのに気づいていないのか、お尻が左右に小さく揺れる。ハッキリ言って……めちゃくちゃエロい。
だが、今ここでいきなり後ろから揉んだりしたらいよいよサキが引きこもってしまいそうなので、流石にやめて俺は扉を閉めた。
そしてもう一度部屋の前から、呼びかける。
「入るぞ、サキ」
「ん゛っ!? ちょ、待っ……っ!!」
改めて入室宣言をするとサキは焦った様子で一瞬変な声を上げ、何やらゴソゴソと物音を立てている。俺はそれを扉の前から聞きながら、やがて音が鳴り止んでから部屋へと入った。
「あー、サキ? その、えっと……な?」
「……」
どうやら少し間を開けた甲斐はあったのか、サキは体制こそさっきと変わらないものの、身体に薄い布団を被っていた。
まあぶっちゃけその布団が薄いせいで尻の形はめちゃくちゃくっきり分かっていてあまり違いはないように感じるが、何も言わないでおこう。
「恥ずかしかったのはすげー分かるんだけどさ。布団に篭ってないで、出てきてくれよ。な?」
そう言いながら徐々にベッドに向かうと、サキはそれを否定するようにベッドの更に端へと移動する。
言われてみれば、アヤカになりきって……いや、なっている状態のサキを見るのは、これが初めてだ。
普通ならサキは絶対にあんなことは言わないし、例え言ってくれと言ったとしても絶対に嫌がるだろう。
あれは、アヤカだから出来たこと。きっとアヤカだからこそ……目を合わせてではなく、配信画面に向けて喋るVtuberとしての感性でいたからこそ、気分が高まってあそこまでの発言をするに至れた。きっとそんな自分を俺に直接見られるのが恥ずかしかったから、俺の目を隠し続けていたのだ。
(ま、そりゃあめちゃくちゃ恥ずかしいよな)
言うなれば、FPSゲームや匿名のSNSなんかだと積極的に喋ったり人と親しくなれたりするが、リアルで顔を合わせてとなると同じことはできないという、あの感情に似ているものなのだろう。
アヤカは、サキにとっては自分を隠して積極的になるためのアバター。その化けの皮がアクシデントによって剥がれてしまったら、我に返って恥ずかしくもなってしまう。そんなの、俺だって絶対にそうだ。
だからこそ、俺が声をかけなければならない。その恥ずかしさを取り除けるのは、それを目の当たりにした相手ただ一人だと思うから。
「サキ。俺は、めちゃくちゃ嬉しかった。俺を練習台にしてくれて、俺を喜ばせるために頑張ってくれて。自分の大好きな人に大好きなことをしてもらえることの喜びを、改めて味わったよ」
きっと同じ行為を別の誰かにしてもらっても、これほどの喜びは味わえない。相手がサキだったからこそ、あの幸福感は味わえる。
「大好きだ、サキ。結局俺にとってはアヤカもサキの一部なんだよ。普段のサキも、積極的になったアヤカも。それは全部サキの魅力で、全部好きなところなんだ」
「っ……め……てっ」
「だから、その……なんて言えば良いのかよく分かんなくなってきてるんだけどさ。とにかく、俺はお前のことが大好きだ。愛してる。世界一魅力的な女の子だと思って────」
「も、もうやめて! 分かったからっ!!!」
「え? サ、サキ? どうし────ぅおっ!?」
突如俺の言葉を遮って被っていた布団を俺に投げたサキは、視界を布団に奪われた俺の目の前に来て抱きついてくる。
急なことでかなり焦って少し抵抗した俺だったが、やがてその抱擁の意味を察し、すぐに抵抗をやめた。
「……ばか。そんなこと言われたら結局、顔見れないよ」
「す、すまん。あれ、なんか俺も段々と恥ずかしくなってきたな……」
思い返してみれば、俺もかなりのことを言ってしまっていた。サキと同じで、感情が昂って暴走してしまっていたらしい。
サキを布団から出して顔を見るのが目的だったのに、そのせいでサキに俺に見せられなくなるような顔をさせてしまったようだ。
「でも、嬉しかった。……こんな面倒くさい私を好きでいてくれて、ありがとね」
面倒くさい、か。
「サキが自分で面倒くさいと思ってる面も、俺は全部好きだからな。心配しなくていいぞ」
「……うん、知ってる」
よしよし、と見えない頭を手で撫でてやると、サキは安心し切ったように俺の胸元に顔を落とした。
「私も……大好き」
その後、ゆっくりと視界を遮っている布団を落としてお互いに真っ赤になっている顔を見つめ合った俺たちは、それを見て照れ臭くも笑い合いながら、共にリビングへと戻ったのだった。