「と、いうわけで! 早速お願いします!!」
「ヤダ」
「ヤダ!?」
てっきり今から色々としてもらえると思っていたのだが、即答で断られてしまった。俺の豆腐メンタルにヒビが入った瞬間である。
「な、なんで……」
しょぼん、と露骨に悲しそうにしてみせると、サキは小さくため息を吐いて言う。
「いい? 人間の耳ってね、お風呂に入った後だとほにょほにょになるの。今耳掻きをするよりも、そのタイミングにした方がやりやすいんだよ」
「……それはつまり、夜になったら気持ち良くしてくれるってことでよろしいですか?」
「ねぇ、たまに出るその喋り方なんなの……。あと、なんか言い方がえっちだよ?」
あ、確かに夜に気持ちよくしてもらうなんて、言い方が悪かったか。こういうのを無意識でポロッと言ってしまうからサキにムッツリ判定されるんだろうなぁ……。
「まあ、とりあえずそういうことだから。夜までガマンして? ね?」
「分かったよ。あ、ちなみに今日のお風呂は二人で?」
「いや、今日は一人で入ろうかな。サッとシャワーだけ浴びて、ゲームとかもしたいから」
「ゲーム、か。今日はスマファザ?」
俺がそう聞くと、サキはコクりと頷いた。
次回のユリオカート配信までに上達してリスナーを驚かせようと誓った俺たちだが、次の配信は来週の金曜日。まだ時間はたっぷりとあるし、他のゲームにうつつを抜かすくらいの休憩はあって然るべきだ。
「来週の二回の配信枠、一回はユリオカートにするけど、残りの一回はスマファザにしようかなって。もちろん買ったばかりで早くプレイしたいっていうのもあるんだけど、せめて配信までに自キャラくらいは決めておかないとねっ」
「なら、決まりだな。言っとくけど俺もスマファザはやったことないから、教えるのは無理だからな?」
「うん。大丈夫だよ♪ 二人で、一緒に強くなろ!」
ユリオカートでは既に俺がそれなりの実力を持っていたから教える側と教えられる側に別れたが、今回は違う。
二人とも初心者で、初プレイ。ゲーム自体かなりプレイヤーの操作スキルが必要なものだから最初は苦戦すること間違いなしだが、二人で一緒にそれを乗り越えていくというのも悪くない。
ちなみにここで軽くスマファザの内容についておさらいをしておくと、ジャンルとしては格闘ゲーム。青天堂社の誇る名作ゲームたちの主人公、ライバル、作品によっては敵キャラまでもが数多く収録されていて、俺たちプレイヤーはその中から一人を選んで操作して戦う。
先程プレイヤーの操作スキルが必要と言ったが、実はキャラの選択も大事な要素の一つだったりする。
例えば、攻撃パターンが違うことによって初心者向けキャラと上級者向けキャラがいたり、露骨に強いキャラと弱いキャラがいたり。自分の好きな作品のキャラだからといって、それを使い続けるのが最善ではないことのほうが多い。特にサキのようにゲームセンスのない人間ならば、大人しく初心者向けの露骨に強いキャラを選ぶべきなのだ。
まあそんな感じで、相手を倒せば勝ちという根本的なルールは簡単なものの、意外に奥の深いものとなっている。これも人気ゲームたる所以だろう。
「ま、それはそれで楽しみだからいいけどな。とりあえず早速やるか?」
「うんっ! やるやる!!」
スマファザのソフトを手渡された俺は、それを俺のSmitchへとつないで画面を起動した。
ホームメニューからスマファザを選択すると勇ましい音楽が流れ、短いオープニングとともに遊び方選択画面へとすぐに移動した。
「まずは慣れたいし、CPU相手じゃなくて俺たちで対戦していくか。二人とも実力皆無なんだから、大した差は出ないだろ」
そう言ってコントローラーを手渡すと、サキはご機嫌の様子で「うんっ♪」と返事をした。そして早く早くと急かされ、すぐに操作を開始して「乱闘モード」を選ぶと、画面には数十のキャラ達が出現。どうやら、この中からキャラを一体選ぶようだ。
「サキは誰にするか、決めてるのか?」
「ん〜っと、ね。あ、この子がいい!!」
カーソルを動かしてサキが選択したキャラは、「カーボィ」という名のまん丸なマスコット的キャラクター。まあいかにも女子が好きそう、というかサキが好きそうなキャラだ。
そして何より、やったことはなくとも薄ら実況くらいは見たことのある俺のにわか知識は知っている。
カーボィは、圧倒的初心者向けキャラであると。
乱闘モードでは、相手に画面外に吹き飛ばされるか、ステージから完全に落下すると負けの仕様。そんな中カーボィは全キャラの中でも生粋の復帰力を持っていて、ボタンを連打しているだけでふよふよと浮き上がって、落としてもすぐステージに帰ってきてしまえる。初心者ならば技の発動ミスや復帰の仕方が分からないなんてことで落下負けも多いのだが、カーボィを使っていればとりあえずその心配はほとんど無くなる。俺からすると正直厄介なキャラだ。
「あっ、和人はクッペかぁ。初心者のくせにそんな扱いづらそうなキャラでいいのぉ〜?」
「うるせぇっ。カーボィは復帰力があっても軽量級だからな。このクッペ様の圧倒的破壊力で吹き飛ばしてやるよ」
「へっ! やれるものならやってみなよ!!」
もう既に勝った気でいるサキと、その慢心をへし折るために扱えもしないであろう重量級の激ムズキャラを選んでしまった俺。両者初プレイの初心者同士のタイマン乱闘────開始である!