ざぶぅぅぅぅぅん。
俺の目の前で天使が身体を縮めて湯船に入ってくると、大量のお湯が漏れ出て床を濡らした。
「ん……ふぅ。わぁ、お湯あったかいっ♪」
「おぉ、そうだなぁ〜」
それはついさっきまで俺も抱いていた感想であるが、正直今はそれどころではなかった。
狭い湯船の中で俺の脚を押し広げて入ってきたサキは、激しく身体を密着させている。本人はどう思っているか知らないが、少なくとも俺は色々といっぱいいっぱいだ。
「えへへぇ……ポカポカで気持ちぃぃ〜」
後ろで髪が結ばれていることにより普段は見えることのないうなじが俺を誘い、そのうえ二大巨塔はその向こうでぷかぷかとお湯に浮いている。
「なんだか、湯船でお湯に浸かってると身体が軽く感じるんだぁ……♪ 疲れが取れてく感じ、最高っ」
「それは、よかった……」
身体が軽く感じる? そんなのあなたの身体の部位で一番重いであろうところがお湯に浮いてるからに決まってるんですけどね。そりゃあそんな重たい物普段からぶら下げてりゃ疲れもするでしょうよ……。
「あ〜、和人またえっちな顔で私のこと見てるでしょ。そういうのって直接顔見なくても分かるんだからねぇ〜」
「っぐ! す、すまん」
「いいよ。和人がムッツリさんなのは私じゃ治せないもん。で、今何考えてたの?」
「……おっぱいって本当に、浮くんだなって」
「っぅぅ!?」
想定していたよりも俺の答えが変態的だったからなのか、それとも意図せずにその光景を自分が見せつけていたと知ったからか。サキは一瞬動揺の色を見せて、やがて右腕で胸元を隠してしまった。
「もぉ、本当に和人は……。さては私に一目惚れしたって告白してきた時、胸を見てそう言ったんじゃ────」
「いや、それはない。俺はサキの全部に惚れてたから」
「あっ。そ、そう? なら、いいんだけど……」
急に塩らしい態度で照れ照れとしてから嬉しそうに隠れて微笑むサキを見て、俺も不思議と高揚感が募っていた。
だからこそ、少し調子に乗ってしまう。
「サキ、ちょっと……ごめん」
「え? ふにゃぁっ!?」
きゅうぅ。
俺は気づけば身体を少し前のめりに倒し、その細い腰回りに腕を回してサキを後ろから抱きしめていた。
サキ独特の甘くいい匂いの体臭とボディーソープの混ざった匂いが鼻腔を擽り、同時にピクピクと小さく震える振動が感じ取れる。だがサキは俺を払い除けることなく、むしろどこか嬉しそうに、俺の腕をその小さな手で握りしめていた。
「びっくりさせないでよ……バカ」
「だからごめんって先に謝ったろ? つい、抱きしめたくなったんだよ」
「なにそれ。そんなの、ずるいよ」
ずるい? まあ確かに身動きが取れないサキに後ろから急に抱きつくなんて、少しずるかったかもな。
「じゃあこれ、やめた方がいいか……?」
俺がそう問いかけると、サキは少し間を置いて……そして俯きながら、小さく首を横に振った。
「いいよ。特別に、抱きしめられててあげる……」
「ん。やっぱサキは可愛いな。耳真っ赤だぞ」
「……そういうのは、気づいてても言っちゃダメなのに。和人は、女心が分かってないなぁ」
少し照れ臭くて。でも、やっぱり幸せで。そんな時間をお湯が冷め始める頃まで続けた俺たちは、こうして初めての二人風呂を終えたのだった。
◇◆◇◆
「「あ〝あ〝あ〝あ〝あ〝〜〜〜〜〜」」
扇風機の風が俺たちの身体の熱を下げ、冷ましていく。一度限界まで上がった体温を涼しい風で下げていくこの感覚には、どうにも中毒性があって仕方ない。
「涼しい〜〜!」
半袖のTシャツ一枚でラフな格好になりながらふにゃふにゃの顔でそう呟くサキには、なんだか俺しか知らない一面という感じがあってとても新鮮だった。
「いやぁ、お湯浸かりすぎたなぁ。もう俺フラフラだぁ」
「私もぉ〜」
つい先程の時間が幸せすぎて、俺たちはのぼせる寸前まで湯船に浸かり続けていた。幸せだと感じていたのは俺だけではなかったようで、お互いに出たくないという気持ちからつい、限界を迎える寸前まで楽しんでしまったのだ。
「和人、全然私のこと離してくれないんだもんねぇ。これからはこうならないよう、ちゃんと気をつけようね?」
「ん〜〜……ん?」
つい聞き流しそうになったが、今こいつ変なこと言わなかったか? なんか俺には、二人で入浴するのに次の機会がまだあるように聞こえたが。
「なあサキ? これからは、って……」
「ふえぇ? これからはこれからだよぉ。その、私も気持ちよかったし、さ。毎日は流石にダメだけど、そうだね……週に一回とかなら、また一緒に入ろうよ」
「マジですかサキさんっ!!」
「マジですよ和人さん〜♪ あ、でもえっちなことはまだ、ダメだからね……?」
「まだ!?」
そ、そそそそそれってつまり、いつかはそういうことをしてもいいということか!?
「ふふっ。あ、私アイス食べよ〜っと♪」
「あ、サキさん待って!?」
結局その答えははぐらかされてしまったが、サキの中にも俺との関係を更に深めようという意識が、確かに芽生えて……そして、大きくなっているような気がした。
(はぁ……なんなんだよ、もう)
まあ、焦る必要はないか。俺たちは俺たちのペースで……ゆったり、のんびりでも進んでいければ、それでいいのだから。