スマファザとコントローラーを購入して電化製品店から出た俺たちは、建物の三階へと上がりファミレスへと入店した。
まだ昼飯としては時間的に少々早いが、今日は土日だし人も多い。混んでしまうことを考え、サキから言い出したことだった。
「ふんふんふ〜ん♪ 何食べよっかなぁ〜」
「あまり食べすぎるなよ? この後動けなくなったら困るから」
サキが満腹になってこの場から動けなくなることなど容易に想像できた俺がそう忠告するが、結局聞き入れる気配はなく……。ドリア一つしか頼まなかった俺とは違い、ハンバーグにご飯、それに加えてスパゲッティまで頼む始末。値段がリーズナブルな代わりに一つ一つの料理の量はさほど無いタイプの店とはいえ、流石に頼みすぎではないだろうか。
「はぁ……そんなに食べたら太るぞ?」
「だいじょ〜ぶ! 私、太らない体質だから!!」
まあ、確かにサキはスタイル抜群だし、腰や腕は細くてむしろ華奢な体つきではあるが。……一箇所を除いて。
「多分、栄養が全部胸に行ってるんだろうなぁ……」
「ちょ!? 和人こんなところで何言ってるの!?」
つい漏れ出してしまった俺の失言を聞いて焦り出すサキに「だって本当のことだろ?」と言葉を続けると、本人にも自覚があるらしく「気にしてるのに……」と胸に手を添えて顔を赤く染めるばかりだった。
女の子からすれば、大きい胸はあまり良いステータスでは無いのだろうか……?
「俺は最高だと思うけどな。サキのおっぱ────」
「やめ、やめてぇ!!」
公衆の面前でなんてこと言い出すの、とサキは周りをキョロキョロと見渡しながら、俺の口を手で封じた。サキの手良い匂いだな、なんて言ったらまた怒ってしまうだろうか。
「悪い悪い。ちょっと魔が差してな。あ、そうだサキ。ドリンクバーの飲み物何がいい? 取ってくるぞ」
「……りんごジュース」
「ほいほいっ」
話を誤魔化すついでにそうやって俺は席を立ち、サキに落ち着く時間を与えて空気をリセットした。
◇◆◇◆
「あ、そうだ。俺サキに聞きたいことがあったんだった」
「んむぅ、むぐ……なにぃ?」
ハンバーグを飲み込んでからきょとんとした顔でそう答えるサキに、俺は先程スマファザを買う前に頭に浮かんでいたあの疑問をぶつける。
「いや、な? サキってなんでVtuber始めたのかなって。単純に理由とか気になっててさ」
「ん……なんだそんなこと? てっきりまたセクハラ発言するのかと思って身構えちゃった」
なんかサラッと失礼なことを言われた気がするが、とりあえず聞かなかったことにしておく。それよりも、理由の方を早く知りたかったからだ。
「私ね、和人と知り合う前からゲームとか結構好きだったんだけど、ほら……女子校だったからさ。そういうのが好きな友達って、やっぱりいなくて」
あー、そういえばサキは高校時代は女子校に通っていたと聞いたことがある気がする。そりゃただでさえゲームが好きな女子ってのもあまり多くはないイメージがあるのに、女子校ともなればそういう関連の友達は見つけづらいだろうな……。
「でね、そんな中で私は配信者っていう職業に密かに憧れるようになったの。コメント欄のみんなと会話してるみたいにゲーム配信をしたり、時には視聴者参加型の企画とかで交流したり。でも、流石に顔を出したりする勇気はなくて。そうやって悶々たした日々を過ごしている間に大学生になっちゃった訳なんだけど……」
「その後に、Vtuberを知ったと?」
コクり。サキは頷いて話を続けた。
「Vtuberなら顔を出す必要もないし、偽名を使うって点でも初めやすくて。自分でもびっくりするくらいリスナーさんも増えたし、今でも毎回の配信が本当に楽しい。それに……」
「それに?」
「私自身も、アヤカみたいに変われた気がして。和人から見て、どう……?」
どう、と言われても。
俺達は付き合い始めてそろそろ一年。半年以上前のサキと今のサキに、そんなに明確な変化はあっただろうか……?
見た目は……髪が伸びて、胸も────って、多分そういう話じゃないよな。
となると、精神面の話。出会ったばかりの頃のサキは確か、かなりの人見知りだった。
俺から告白して付き合えることになってからも手を繋ぐのさえ恥ずかしがって、身体的なスキンシップはかなり控えめ。俺を呼ぶ時だって今みたいに下の名前をそのままではなく、「和人君」と言っていたな。
おそらくどこかのタイミングで呼び方が変わったりと徐々に変化して今の形になったはずだが、ずっと近くにいたからか。変化の段階というのは、あまりハッキリとは見出せなかった。
「まあ、強いて言うならだが……前より積極性というか、距離感を縮めてくれるようにはなったよな。呼び方だって変わった。初めて会った日からサキのことを大好きなのは変わらないけど……前よりももっと、好きになれたかな」
「……そっ、か。そう言ってもらえると、頑張った甲斐があったよ」
ちゅぅ、とりんごジュースを一吸いして少しだけ間を作りながら、サキは小さく微笑んだ。
「始めはただの趣味からだったけど、今はもう違う。アヤカは私の一部で……そして、ライバル。アヤカは赤波サキよりも明るくて、コミュ力があって、話すのも上手で。まだ私じゃ、勝てない。私は大好きな人に大好きでいてもらい続けるために、いつかはアヤカを……って、ごめんね。なんか長々と話しちゃった」
何も考えず、軽く聞いただけの質問だった。でもそれへの答えは、サキの感情が強くこもっていて。ただの談笑話にするはずだったのに……サキのカッコいいその心の在り方に、俺は震えていた。
だがそれと同時に、これだけは伝えなきゃいけないと思ったんだ。
「サキ、ありがとう。その……俺のためにサキが努力とかしてくれてるって聞いて、すごく嬉しかった。俺も″世界一好きな女の子″にこれからも好きでいてもらえるよう、頑張らなきゃな」
「せ、せか!? やめてよ、恥ずかしい……」
断言できる。俺はどんなサキでも、絶対に愛していると言えると。でもそれは、同時に努力し続けるサキに対して失礼な言葉にもなってしまう気がして。
だからこれからは、サキの好きなところを何個も、何個も何個も何個も見つけて、その度に好きだと言おう。
漠然とした好きじゃない。在り続けるものも、変わり続けるものも。その全て、一つ一つをちゃんと真正面から見続けることが、努力を続けるサキに対する正しいあり方だと思うから。