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第10話 魅惑の深夜飯2

「私、悪い子になっちゃった……。和人、ごめんね? 彼女がこんな女で……」


「いやどうした? ただ深夜にメック買って帰ってきただけじゃないか」


 俺たちの目の前には、茶色の紙袋。中にはホカホカのLサイズポテトとハンバーガーが二つずつ。加えて、それと相反するようにキンキンに冷やされたバニラシェイクとストロベリーシェイク。あ、ちなみにシェイクもLサイズだ。


「いいから食べようぜ? 早くしないと冷めるぞ」


「う……その、私やっぱり……」


 買った袋を持って帰り道を歩いていた時はあれだけウキウキしていたくせに、いざ食べる寸前になるとサキはそう言って躊躇をし始めた。


 きっと今すぐにでもポテトを摘みたいだろう。ハンバーガーにかぶりつきたいだろう。だがその欲望は、理性によって蓋をされようとしていた。


 ほんの、一瞬の間だけ。


「ほぉ〜れ、サキ〜、ポテトだぞぉ〜」


「んっ!」


 パクリ。俺がサキの顔の前で一本のポテトを振った次の瞬間、そのポテトはすぐに食べられて姿を消した。ストロベリーシェイクもストローを刺して手渡してやると、両手でそれを受け取ったサキはちゅうちゅうと中身を吸い、頬を綻ばせる。


「なんかリスみたいだな……」


 ポテト、ハンバーガー、ポテト、シェイク、ハンバーガー、シェイク。


 一口一口は小さいのに、パクパクと次々に手を伸ばすのですぐに食べ物が消えていく。


「おいひぃ。メックさいこぉ……♡」


「あーあ、サキ悪いこと覚えちゃったなぁ」


 これはもしかしたら、もうクセになってしまったかもしれないな。まあしょっちゅう行く訳でもないし、たまにならこういうのもいいだろう。


「さて、俺も……って、おいサキ? なんか俺のポテト減ってる気がするんだが……」


「ふも? ふぐもふもふもっ」


 コイツ、自分のポテト無くなったからって俺のにまで手を出し始めやがった……。


 ちょっと、いやかなり可愛いからって調子に乗りおって。これは仕返しが必要だな。


「ん、ごくんっ。あ、あれぇ? 和人ポテトのサイズ間違えたんじゃなぁい? って、あれ? 私のシェイクは……?」


 ハンバーガー、ポテトのどちらも食べ終え、最後の仕上げにと長い時間をかけて楽しむ甘い甘いシェイク。その締めの一品が無くなって、サキは徐ろに慌て出す。


「ん。バニラもいいけど、ストロベリーもいいな」


「あっ! あぁぁっ!? ちょ、それ私の────」


「ん〜♪ 甘くておいしぃ〜♪」


 俺は見せつけるように、サキの飲みかけのストロベリーシェイクを飲んでいく。


 元々半分以上残っていたシェイクは今や残量四割を切り、俺の体内へと消えていっていた。


「ぷ、はぁっ。あれ? どーしたサキ? シェイクが無いみたいだなぁ」


 ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべながら、見せびらかすように手元のシェイクを右は左へと振る。本当は俺だってこんな残酷なことはしたくなかったが仕方がない。これも全て、サキが俺のポテトを食べるからで────


「っぅぅ! シェイク、楽しみにしてたのに……! 和人のバカ! もう知らない!!」


「……え?」


 むぅぅ、と明らかな不満を顔に出してそっぽを向いたサキは、そのまま黙り込んでしまった。


(や、やりすぎたか……?)


 た、確かに食後のデザートを奪い取るなんて最低の行為ではある。ある、が……これ俺が悪いのか?


「サ、サキさん? あのぉ、怒っ、ちゃいましたか……?」


「……つーんっ」


 あ、これ怒ってるわ。完全に拗ねてる。こんなに分かりやすい拗ね方するなんて可愛……じゃなくて。違う違う。今はとりあえず謝らないと。


「ごめん、サキ……ちょっとやりすぎた。お詫びと言っちゃなんだけど、俺のポテト全部食べていいから……」


「……ちゅぅっ」


 あれ、もしかしてまだ足りないのか? ポテト以外に俺が差し出せる物なんて、あとはハンバーガーしかないんだが。え? 俺もしかして今日夜飯抜きなのか?


 絶対嫌だ。嫌、だが。サキを怒らせてしまったのは俺だし……なんなら今からもう一回ダッシュでメックに行けば……


「分かった、分かったよ。好きなだけ俺の分食べててくれていいからさ。な? 機嫌直してくれよ」


「じゅぽ、じゅごごごぽぽっっ」


 ん? なんか変な音鳴ってないか? さっきからまるで、シェイクの量が底を尽きた時に全て吸い切ろうとしてる時の音みたいな……音、みたいな!?


「おいサキ、お前まさか!!」


 そっぽを向いているサキの肩を掴み、こちらは引き寄せる。すると────


「ちゅ、ぽぉっ。えへへ、バニラ美味しかったぁ♡」


「お、まぇっ……!」


 なんとその手には俺がまだほとんど飲めていなかったバニラシェイクが。既に中身はすっからかんで、サキは満足げにホッコリとしていた。


「ごめんね、和人。流石にもうお腹いっぱいだからポテトはいらないかな。あ、あとそのストロベリーシェイクあげるね。これ以上飲むとお腹ピーピーになっちゃう」


 完全に、してやられた。コイツは拗ねたフリをして俺のシェイクをくすね、後ろを向いている間に全て飲み干しやがったのだ。なんてずる賢い奴なんだろう……。


「ふふっ。じゃあ私は、そろそろ、寝よ、うかな……? あ、あれ?」


 きゅるるるるるるるっ。


「おにゃか、痛い……」


 腹が減っていた時の音と比べて数段高い腹の音が、部屋中に響いた。それと同時にサキはお腹を抱えてその場に蹲り、ピクピクと身体を震わせる。


「かず、とぉ? おにゃかが……痛いよぉ。助けてぇ?」


「ばーか。シェイク一気飲みなんてするからだ。さて、俺は苦しんでるサキをおかずにハンバーガーでもいただくとするかな」


「は、はぅっ! ごめんなしゃい、謝るからぁ! だからこのお腹のピーピー、止めてよぉ……!!」


「ん〜♪ ハンバーガー美味しい〜!」


「ひぁぁあぅぅぅっっ!」





 その後およそ十分にわたってサキの腹痛ボイスは繰り返され、俺は涙目になりながら必死でお腹を温めるその姿を優雅に眺めておかずにすると、ゆっくりとハンバーガーを味わったのだった。


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