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第9話 魅惑の深夜飯1

「そうだ。そこでRボタンを押しながら矢印で車体を傾けて……」


「わっ! できた……ドリフトできた!!」


 それから更に数時間が経過して。そらそろ日付も変わろうかという頃。サキは今まで一番苦手だったコーナリングを、ドリフトを使うことによって克服しつつあった。


 このゲームでは、ドリフトできるとできないで天と地ほどの差が生まれる。


 キノピヨのような軽量級キャラならそれ無しでもギリギリ曲がることは可能だが、精度は悪くなる上にスピードの減速も必要になるのでかなり効率が悪い。


 それに加えて、ドリフトにはすればするほど段階的に加速がかかるという付与効果も存在している。これにより同じキャラで同じ道順を追ったとしても、必然的にゴールする速さに差が生まれてしまうのだ。


「よし、じゃあ今日はこれくらいでやめておくか。もうそろそろ疲れたろ?」


「ん、ん〜〜! そぉ、だねぇ……!」


 細い腕をピンっ、と上に伸ばしながらあくびをしてそう言ったサキは、コントローラーを床に置いてゆっくりと立ち上がる。と、その時……


 ぐぎゅる、ぎゅるるるるるるっっ


「〜〜〜っっ!?」


 俺の目の前に来た引き締まっているお腹が、激しく自己主張した。


「ぷっ、あはははっ!」


「ちょ、和人!? 今のはその……違うから!! 違うからッッッッ!!!!!」


 思わず吹き出してしまった俺に顔を真っ赤にして抗議するサキが面白くて、更に笑ってしまう。ダメだ、完全にツボに入ってしまった。


「ひっ、ひぃっ……サキのお腹、ぎゅるるるるって!!」


「やめて! やめてよぉ!! 笑うなぁぁぁ!!!」


 思わず笑い泣きまでしながら時計を確認すると、既に日付は変わり午前一時。昼飯以降何も食べてはいないのだから、腹が減って当然だろう。


「はは、ごめんごめんっ。まあ俺も腹減ったし、なんか食おうぜ。……っても、こんな時間から料理作るのも面倒か」


 本音を言えばちゃんとサキの美味い飯を食いたいところだが、いきなりこんな時間から料理をするのはしんどいだろう。何よりお腹を鳴らしながら料理を作っているサキを見るのは、些か心苦しい。


「サキ、あんまりキチッとした格好じゃなくてもいいから、外に出られる格好に着替えてきてくれ。あ、多分ちょっと冷えるだろうからちゃんと防寒はして、な」


「え? 着替えるって、どういうこと……?」


 これは、本来であれば絶対にしてはいけない禁じ手。しかも女の子を連れていくなんて、もってのほかだ。


 だが、それ故に。ダメなことだと分かっているが故に、誰もが一度は夢を見る。


「メック、買いに行こうぜ!」


「……えぇ!? こんな時間から!?」


 メック。正式名称をメクドナルド。全国的に圧倒的人気を誇る有名ファストフードチェーン店である。


 油と塩をふんだんに使ったカリカリ仕上げのポテトに、特製ソースを付けていただくナゲット。そして何より数多くの種類があるハンバーガー達は、決して客に飽きを与えない。


 時にはその味は焼肉、ステーキ……はたまた高級料理店の味すら凌駕し、必ずリピーターを作る中毒性をも手にしていた。


 だが、その旨さ故の高カロリー。夜ご飯として食べるだけでも身体には良くないというのに、それを深夜に食べるという愚行。


 しかしその愚行は同時に人類の夢であり、禁断の果実なのだ。


「ダ、ダメだよそんなの! 深夜からメックなんて、絶対……」


 きゅる、きゅるるるっ。


「おや? 口では抵抗していても身体は素直だなぁ。メックのポテト、食べたいんじゃないのかぁ?」


「そ、そんなこと……!」


 当然、サキも一度は否定する。


 だが人類は……この夢には、抗えない。


「じゃあもういいや。俺だけ目の前でポテト貪りながらシェイク啜ってやるからな〜」


「あっ、あぁっ……うぅっ……!」


 きゅるきゅると鳴り続けるお腹を押さえながら、サキは葛藤に溺れる。


 一時の快楽に身を任せて高カロリーを選択するか、それとも時間をかけて苦しんででも自分の作ったカロリー変化自在の自炊料理を食べるか。


 だが、その葛藤は驚くほど短く……そして悪い方へと、指針を傾かせてしまった。


「……べる」


「なんてぇ?」


「食べる! 私もメック、食べるから……一緒に、連れてって……!!」





────赤波サキ、陥落である。

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