『〜〜〜〜〜♪』
待機所ではいつも通り配信が始まるまでの間のオープニングとして緩やかな音楽が流れており、そして何やら後ろの方でガチャガチャと機械をいじるような音が聞こえる。えっと、さてはアヤカちゃんもう音声入れちゃってるのか……?
『あ、ぁっ!? ユリオカートどこ!? もうあと一分しかないのにぃぃ!!!?』
うん。やっぱり音声を入れてしまっているみたいだ。おかげさまで待機所のコメント欄は既に爆速。みんながみんなヤラセを疑うことなく「かわいい」とコメントしていた。まあ、実際にヤラセじゃないしな。
『はぁっ、はぁっ……やっと、見つけたぁ……』
お、見つかったのか。そしてなんだその無駄に色っぽい声は。一気にコメントの内容がかわいいから『助かる』に変わったぞ。
と、そんな風に心の中でツッコミを入れ続けること数分。六時一分になった時に配信はスタートし、画面は切り替わった。
『みん、なぁ……こんあやかぁ……ちょ、ちょっと待ってね? 水……』
よっぽど遅刻することか嫌だったのか、まだ息遣いの荒いまま始まった挨拶と、響き渡る飲水音。ごくっ、ごくっ、と喉が鳴ると再びコメントは流れ始め、
:なんか水飲んでるだけでエッチだな……
:水飲んでる音の無限耐久動画見たい
などと、危ない癖へきに目覚めそうになっている奴らが多数見受けられた。
だが俺だって汗だくになりながら美味しそうに水を飲むサキを想像したら顔が綻ぶ。気持ちはわかるぞ同志達よ。
『んっ……よしっ! みんな待たせちゃってごめんね! じゃあ早速ユリオカートやっていこう!!』
しかしそれらの変態的なコメントには全く触れることなく、アヤカちゃんは早速ユリオカートのホーム画面を映した。
『ふっふ〜ん♪ 私結構練習してきたからね! 今日中にレート2000までいっちゃうよんっ!!』
ユリオカート。国民的テレビゲーム『スーパーユリオファーザーズ』から派生したレーシングゲームであり、道中に出てくるアイテムを拾って駆使し、敵を蹴散らして一位を目指すという趣旨のものだ。
ちなみにレートは最大で9999まで存在し、アヤカちゃんの今のレートは1800後半。一回一位を取ると十ほどレートが上がるため、配信時間を考えればほとんど全てのレースで一位を取らない限り、今日中の2000到達は厳しいだろう。
『今日はね、秘策もあるんだよっ♪ なんかコメント欄の人達は私が勝てるとは思ってないみたいだけど、まあ見てなって!』
カチャカチャとコントローラーを操作していたもの愛用キャラクター「キノピヨ」を選び、軽量級の車に乗せたアヤカちゃんはインターネット対戦を選択する。
ここでは通信による対戦によって世界中のプレイヤーから同じようなレートの人達が集められ、対戦することができるのだ。
『ふっふっふ〜♪ 見てなよみんな! 私の華麗なキノピヨ捌きを!!』
マッチングが完了し、計十二人のプレイヤーのキャラクターがスタート地点にスタンバイする。
そしてスリーカウントと共に、一斉に走り出した。
────アヤカちゃんだけを、その場に置き去りにして。
「アヤカちゃん、もしかして……」
俺もこのゲームはそれなりにプレイしているため、それがミスではないことはすぐに分かった。
自分以外のプレイヤーがかなり前に出て自分だけが取り残されることで、手に入れるアイテムを豪華にして後から逆転するという戦法だ。
このゲームのアイテムは相手を妨害する「こうら」や自身のスピードをアップさせる「キノコ」など様々だが、後ろの方の順位の人にはそれらの基礎的なアイテムより遥かに強いものが与えられる確率が高くなる。
おそらくアヤカちゃんが狙ってるのはその中でも最強なアイテム「殺し屋魚雷」だろう。それを手に入れ発動すると自身の見た目が名前の通りの周りを吹き飛ばす専用のミサイルのような形に変化し、触れたものを全て吹き飛ばす。
加えて速度が普段とは桁違いにまで上がり、一気に上位陣に追いつけるという最終手段のようなアイテムだ。
『……よし! そろそろ!!』
周りから半周ほど遅れてスタートしたアヤカちゃんは、触れるとランダムでアイテムが手に入る箱を拾う。そして、引いたのは……
『殺し屋魚雷、きちゃぁぁぁ!!!』
思惑通りの殺し屋魚雷。速攻でそれを発動すると、グングンと前との距離が縮んでいく。
『さぁさぁさぁ!! 見えてきたよ前の奴ら!!!』
殺し屋魚雷の効果が終わった頃には一個前の九位のプレイヤーが視界で捉えられるようになり、そのタイミングでもう一度アイテムを拾う。
『ここからが、アヤカの本気だぁぁぁぁ!!!!』
なんと、アヤカちゃんはそこで二連続魚雷。周りの敵を全員吹き飛ばす脳筋プレイで、二周目の中盤あたりでトップへと躍り出た。
このゲームのレースは三周。ここからあと一周半分トップを守り切れば、アヤカちゃんの勝ちだ。
これはもしかしたら……なんて淡い希望を、俺を含めたコメント欄の奴の何人もが持っていた。
だが、俺たちはアヤカちゃんが一位になっているという衝撃的な画面を見ていたせいで忘れていたのだ。
────アヤカちゃんは殺し屋魚雷に身を任せていただけで、まだほとんどマシンを操作していない。本番は、これからだったのだと。