それから数時間が経ち。そろそろ太陽も落ちようかという頃、サキの部屋が完成した。
昼のあの事件の後から数十分泣きつかれた時はどうなるかと思ったが、まあ何はともあれ無事に引っ越しが完了してよかった。
「ねえ和人ぉ、今何時ぃ?」
「ん? あー、えっと……五時半だな。それがどうかしたのか?」
「ん。じゃあそろそろ用意しなきゃだね〜」
「お、夜飯は何作ってくれるんだ?」
そろそろ夕飯の支度でも始めるのか? なんて思いながらそう聞き返してみると、サキは何やら不満そうにこちらを見つめる。え? 俺何かしたか……?
「和人、私のファンじゃなかったの……? いつも配信、見てくれてるって……」
私のファン、というのはつまり柊アヤカのファンという意味だろうか。
だが、何故今その話を? 用意って、晩飯の話じゃ……あっ!
「ユリオカートのレート上げ配信! 確か今日の六時からか!!」
「もう、気づくの遅いよぉ」
準備って配信のことだったのか。そうか、今日からは柊アヤカが、俺の家で配信をするのか……。
「じゃあとりあえず、ツオッターで告知を……」
慣れた手つきでスマホを操作し、サキはツオッターを開いて呟きの下書き画面を表示。どうやら既に出来上がっていたらしい告知呟きを一瞬確認だけして、そのまますぐに投下した。
ポロンッ。
そしてそれと同時に、ポケットに入れていた俺の携帯から通知音が鳴る。柊アヤカのアカウントの通知をオンにしていたため、今の告知呟きに反応したのだろう。
「ふぅん。和人、通知オンにしてくれてるんだ」
「当然だろ、最推しVのアカウントなんだから」
まあまさか、それを本人の前で告白することになるとは思っていなかったけどな。
「あ、もういいねが百件になった。みんな返信もしてくれてて嬉しいなっ」
えへへ、と画面を見つめながら笑うサキ……いや、アヤカと呼んだ方がいいのか? まあなんにせよ、彼女の笑顔はめちゃくちゃ可愛くて、今すぐにでも抱きしめたくなるほどだ。
「あ、そういえば和人のアカウントはなんて名前なの? ねえ教えてよっ」
「えー……なんか嫌だなそれは。流石に恥ずかしいというか……」
「いいからスマホ貸しなさいっ!」
「あ、おい!」
一瞬の隙をついて俺の手からスマホを奪ったサキは、すぐに電源ボタンを押してロック画面を開く。
「四桁のパスワード、ね。こんなのどうせ……」
俺はサキにそのパスワードを教えた事などないのだが、一瞬でロックは開かれた。まさかの一発成功だ。
「私の誕生日がパスワードなんて、安直すぎない?」
「うっ……」
この数十秒で、俺はサキに笑われるような要素をいくつも握られた。
まずロック画面がサキとのデート先でのツーショットなこと、次にホーム画面が柊アヤカのイラストなこと。更に、パスワードがサキの誕生日なこと。
そして、トドメに……
「……へぇ。和人のアカウント、『クロサキ』って名前だったんだ。何これ自分の苗字と私の下の名前の文字り?」
「もう、やめてくれぇ……」
これ、中々に来るものがある。もう俺のライフはとっくにゼロだ。オーバーキルが過ぎるぞ……。
「ただ、クロサキって名前どこかで聞いたことがある気が……あっ! 昨日の雑談枠でめちゃくちゃホラゲさせようとしてきた人!!」
「なっ!? おま、覚えてたのか!?」
サキに『推しに何度も同じような内容のコメントをして読まれなかった』という事実がバレたことと、そして同時にアヤカちゃんに『名前を覚えてもらえていたということ』。恥ずかしさと嬉しさが混ざり合い、もう俺の感情はぐちゃぐちゃだ。
「そりゃ覚えてるよ! 私ホラー苦手だって言ってるのにしつこくやらせようとしてきた人だもん!! 私、ホラゲなんてぜぇったいにやらないもんねっ!!!」
「ぐぅっ! ここまで本人から拒絶されると心にクるものがあるっ!!」
「ふん、だ! どうせ意地悪な和人のことだから怖がってるアヤカを見たかったんでしょ! バレバレなんだから!!」
「ぐぬ……ぐぬぬ!!」
流石は彼女と言ったところか。俺の考えていることは全て見透かされてしまったようだな。推しV彼女、なんて厄介な存在なんだ!
「って、おいサキ! 時計見ろ時計!」
「何? 誤魔化そうとしたってそうはいかないんだから! 大体和人はいつもいつも……んにゃぁぁ!? あと五分で六時じゃん!! 遅刻しちゃうよぉ!!」
バタバタと大きな足音を立ててリビングから出て行ったサキは、すぐさま自分の部屋へと飛び込んでいった。まだゲームの起動とかこれっぽっちも出来ていないだろうに、果たして間に合うのだろうか。
「ま、配信付ければ分かるか……」
俺は急いで出て行ったサキがソファーの上に投げ捨てていったスマホを拾い、柊アヤカの配信待機場所へと移動した。