「ん……これで、最後!」
「はぁ〜〜っ! やっと終わったぁぁ!!」
次の日。レンタカーを借りて二人でサキの実家から俺の家へ荷物を運び入れる事数時間。ようやくリビングに全ての段ボールを積み上げ終えた俺たちは、昼を過ぎかけたあたりで一段落。ソファーに座りながらお茶を飲んで休憩を取っていた。
「お疲れ様、和人。肩でも揉もっか?」
「おぉ〜、頼むぅ……」
腕力皆無なサキは小物の入った小さな段ボールしか運ぶことができず、服や本、そして配信機材などの入った重い物は全て俺が運んだ。おかげで肩はバッキバキでもう上げられる気がしない。
「じゃ、そこにうつ伏せになって」
黙ってサキに従ってソファの上に寝転がると、上からサキが俺の腰あたりに乗っかって肩を揉み始めた。
小さくか細い手の柔らかな感触は、まるで猫の肉球みたいで実に心地がいい。
「ん、んっ……ど、ぉ? 気持ち、いぃ……?」
「お〜、最高だぁ〜」
それに加えて、無意識に漏らしているこの色っぽい声。サキには悪いが、ハッキリ言ってめちゃくちゃエロい。まさに二つの意味で最高だ。
「ごめんね、配信機材重かったでしょ? パソコンとか色々、スペックを考えたら大きい物になっちゃって」
配信、か。正直ここまで来てもまだ、サキがVtuberだったということに対して現実味が湧かない。
柊アヤカとしてのSNSアカウントも、配信チャンネルも、そして配信するための機材も。その全てをちゃんと見せられたというのに、やっぱり俺にとってコイツは赤波サキで……。まあ、まだ慣れるまでには時間がかかりそうだ。
「まあ、同棲しようって言い出したのは俺だしな。これくらい、頑張らないと」
家電とかまで運ばなければいけないというなら引越し業者にでも頼むところだが、サキの家から移動させたのはダンボールに収まるような物ばかり。なら自分たちで運んでお金を浮かせるべきだろう。
「ふふっ。じゃあ次は、私が頑張ろうかな」
「え!? ちょ、サキ!?」
急にそう呟いたサキは、うつ伏せになっている俺の背中の上にそっと寝転がり、全身を密着させて俺の首周りに腕を回した。
「あ〜、和人今、エッチなこと考えてるでしょ。鼻の下伸びてるよっ」
「そ、そそそそんなわけないだろ!? 別に背中に胸がとか、胸のことなんてこれっぽっちも、考えてないしっっ!!」
「え〜? 本当かなぁ〜」
むにゅ。むにむにっ、もにゅんっ。
ぎゅぅぅ、と背中に押しつけられる二つの巨峰。それは接着面から俺の身体中を侵していくかのようにむにゅむにゅと揺れ動いて、全身を熱くした。
中々に……男には厳しい刺激だ。
「和人、本当分かりやすいよね。……かわいい」
「っ! サキ、お前っ……!!」
「さぁ〜て、私は昼ご飯作ってこよっかな。……ん? 和人なにか言ったぁ?」
「っぅぅぅぅ!!!」
ふふふっ、と小悪魔的な笑みを浮かべ、サキはご機嫌な様子で台所へと消えていった。
普段はすぐに顔を真っ赤にして照れるような奴のくせに……今日は機嫌が良いのか? それとも今のが、サキにとっての「頑張る」ということだったのだろうか。
もしそうだとしたら、今頃……
「っあ!? 痛ぁっっ!!?」
ガタンッ。台所の方からサキの叫び声と共に、椅子が倒れるような音が響いた。
「おーい、サキ? 大丈夫かー?」
「っっう!! かずとぉ……」
重い腰を上げて台所まで様子を見に行くと、倒れた椅子の隣でサキが足の指を押さえて半泣きになりながら、悶えていた。
「こゆび……こゆびがぁぁ」
「はぁ、全く何してるんだお前は」
どうやら、椅子に足の小指をぶつけたようだ。
そしてこれは推測だが、おそらくサキは先程の胸の押し付けを思い返した時のあまりの恥ずかしさに注意力散漫になっていたのだと思う。
普段ならこんな事にはならないだろうし、少なくとも動揺したか調子に乗っていたかのどちらかくらいはしていたはずだ。
「ひっ、ぐ。かずとぉ、痛いよぅ。小指、取れちゃうよぉぉ……」
「大丈夫大丈夫。そんな簡単に指は取れないって」
やがて半泣きでは済まずポロポロと涙を流し始めたサキをそっと抱きしめて頭をヨシヨシしてやると、俺の胸元に顔を埋めて擦り寄ってきた。どうやらよっぽと痛かったみたいだ。
「慣れないことして調子に乗ったからじゃないか? 俺をからかったバチが当たったんだよ」
俺がそう言うと、サキは小さな子供が親に叱られた時みたいに反省したような顔を浮かべて、俺のTシャツを涙で濡らしていく。
「ごめん、なしゃぃ……もう、しないからぁ……。痛くなくなるまで、こうしててぇ……」
「はいはい。一時間でも二時間でもいてやるから。だからもう泣くなよ」
「ひっ、ぅ……うんっ……」
手でそっと背中をさすってやりながら、不謹慎にも「泣いているサキも可愛い」と心の中で一人、俺は呟いたのだった。