「ちょっと待て!? サキがあの、柊アヤカ!?」
「え? あの、ってことは和人、柊アヤカを知ってるの?」
「し、知ってるもなにも……」
あまりの情報過多に全く頭が回らない。
俺の推しVがサキ……? なんだこれ夢か?
「お前がここに来るまで、俺はその子の配信を見てたよ。今日だけじゃなくて、これまでもずっと見てた」
「う、嘘!? 和人、見てたんだ……恥ずかしいな」
後ろに垂れた黒髪を右手で少し摘んでクルクルと回しながら、サキは嬉しそうに目線を逸らす。
その顔はやっぱり赤波サキのもので、俺には到底柊アヤカには見えない。
た、確かにホラーが苦手なところとかたまにちょっと抜けてるところとか……あとは胸とか。言われてみれば似ている要素が無くはない気もするが、それでもやっぱり同一人物とまでは考えられないな。
(それにVtuberが中身までこんなに可愛いとか、あり得ないだろ……)
Vtuberは絵師に頼んで描いてもらった絵を自分の顔として活動しているので、当然顔出しはしていない。つまり極論を言ってしまえば、人気になるかどうかは置いておいて、声が可愛くて面白さがあれば誰でもなれてしまうのだ。
まあ要するに、中身がサキみたいに可愛いとは限らない訳で。そもそもVtuberの中身を想像する事自体、タブーだと言う者も多い。
顔を出さずに配信する人というのはそういうものだ。事実、Vtuberに限らず顔を隠している配信者が放送事故で顔バレした時など、可愛い確率はほぼゼロに等しい。
では何故そうなのかって? 簡単な話だ。顔が可愛い奴は、顔を隠す必要なんてないから。女の子にとって顔は最大の武器になり得るのだから、人気が欲しいのなら可愛い子は顔を出して配信するというだけのこと。……の、はずなのだが。
「えっと……冗談じゃ、ないのか? 本当に、サキが柊アヤカ……?」
サキは顔もスタイルも抜群に良いのだし、配信業をしたいだけなら顔は出し得だろう。なんなら今から事故に見せかけて柊アヤカとして顔バレ配信を起こしてしまえば、「中身まで可愛いVtuber!」みたいな感じでバズること間違い無しだ。
まだサキがシンプルに顔を出して配信をしていると言われた方が、よっぽど納得できる。
「うん、本当だよ。ごめんね……」
「え? 何で謝るんだよ」
「いや、だって和人私の配信見てくれてたんでしょ? それってつまり、その……ファンって、ことだよね。応援してるVtuberの中身が私なんかで、夢壊しちゃったかなって」
ははは、と乾いた笑みを浮かべながら、無理をするようにサキは言った。
夢を壊した? 中身が、私なんかで……? まるでその言い方は、俺が柊アヤカの中身がサキでがっかりしているみたいじゃないか。
違う。それだけは絶対に、違う!
「サキ!」
「ひゃ、ひゃい!?」
俺が急に大声を出してサキの肩を掴むと、その華奢な身体がビクンッ、と大きく震える。
「そんな簡単に、私なんかとか言うな! 夢を壊した? むしろ逆だ!! 推しVが俺の世界一好きな女の子だったんだぞ!? 壊されるどころか夢心地だっつーの!!」
「ふぇ!? せ、世界一好きって……!?」
「そうだ世界一だ! Vの世界の一番も、現実世界の一番も!! 柊アヤカも赤波サキも、俺は大大大大好きだッッッッ!!!」
「は、はひ……えっと、あ、ぇぇ?」
茹で蛸のようにみるみると元々ほんのり赤かった顔が更に紅潮し、やがてサキはぷしゅぅぅ、と音を立てるかのようにオーバーヒートした。
そして同時に、俺も勢いで言ってしまった自分の台詞に、羞恥心で死にたくなった。
必死だったとはいえ、いきなり世界一好きとか……恥ずかしい告白な事この上ない。
「す、すまん。つい、熱くなりすぎた」
「う、ううん……。その、ありがと。てっきり私、嫌われるんじゃないかって、思ってたから……」
俺の心はもう後悔で一杯だが、どうやらサキはその気持ちを聞けて嬉しかったらしい。言われている最中は何が何やらと言った感じで混乱した様子だった顔も、今では照れと喜びに満ち溢れている。
「和人。私は赤波サキも柊アヤカも、どっちも大事にしたいって思ってる。彼女としても、そしてVtuberとしても。まだまだ未熟な私だけど、それでもこの家に、住んでもいいですか……?」
「ああ! 勿論だ!!」
この日を境に、俺の日常は劇的な変化を遂げていく。
────最愛の彼女であり最高の推しな一人の女の子との、世界一幸せな同居生活の中で。