ピン、ポーーーン。
「お、来たか」
俺がちょうど片付けを終え、時計の針が七時五十分を指した時。インターホンが鳴らされ、俺はすぐに玄関の扉を開けた。
「ごめんね、ちょっと早く着いちゃって」
「いいぞ別に。ほら、入れ入れ」
「おじゃましまぁーす」
食材が入っていて重そうな袋を持ちながら入ってきたのは、俺、黒田和人の彼女である赤波サキ。
背中まで伸びている綺麗な黒髪と整った顔、それに加えて豊満な胸。大学の中でもかなり上位の人気を誇る、容姿端麗才色兼備の俺にとって自慢の彼女だ。
「はぁ、張り切って食材買いすぎちゃった。ま、余った分はこの家の冷蔵庫に入れといたらいいよね」
「おお。むしろ助かるぞ」
袋を受け取り台所の近くまで運びながらそう言うと、サキはその後ろをついてきてすぐにエプロンを纏った。
当然俺はそもそも料理すらしないからエプロンなんて使わないのだが、サキが来た時用に備え付けてある物だ。桃色の柄もない普通の物だが、元の素材が良い彼女にはよく似合っている。
「とりあえずある程度の要望に応えられるように色々買ってきたけど、何か食べたいものはある?」
「ん? そー……だな。俺はサキが作ってくれる物なら何でもいいかな」
「っ……な、なにそれっ」
あ、顔が赤くなった。特に何も考えずに言ったのだが、さては嬉しかったのか。ま、別に嘘は言ってないしな。嬉しそうにしながらもどこか照れ臭そうな感じにはグッとくるものがある。
「もぉ。じゃあオムライスでいい?」
「お、マジか! 流石はサキ。俺の好きなものをよく分かって────」
「はいはい。いいからお皿とかお茶とかの用意してて? ちゃちゃっと作っちゃうから」
「あいよぉ〜」
手際良くご飯や卵などの用意を始めたサキを背に、俺は棚から皿とコップを取り出して同じように準備をしていく。なんだかこの感じ、夫婦みたいだなとか考えながら。
「あ、そういえばサキ、なんで今日突然うちに来るって言い出したんだ?」
俺がそう問いかけると、卵を割りいい音を鳴らしながら、フライパンに火をつけてサキは首を傾げる。
「んー? 理由かぁ……まあ大したものは無いけど、強いて言うなら寂しかったから、かな。今日、お父さんもお母さんも出かけてて」
「ほほう。つまりサキは一人で家にいるのが怖かったと」
「べ、別にそういうことじゃない……もん」
「ふぅん。じゃあサキは怖いの大丈夫なんだな?」
「そ、それは……」
急に言葉が詰まり始めたサキを見てクスクスと笑いながら、俺は完成寸前のオムライスの入った鍋の隣に皿を置く。そして少しもじもじとしているサキの隣に立って言った。
「まあ、今日は俺がずっと近くにいるから安心しろよ。明日は土曜日だしな。久しぶりに夜更かししてゲームなり話すなり色々しようぜ」
「……うん」
よしよし、と頭を撫でてやると、サキは恥ずかしそうに俯きながらオムライスを皿に移す。本当に、俺には勿体なすぎるくらい可愛い奴だ。
なんというか、本当にコイツには欠点が無い。容姿、性格という相手を好きになる上での最大の二大要素をオールパーフェクトで満たしている上に、何より一緒にいて楽しい。ずっと一緒にいたいと思える。きっとこういうのを、運命の出会いと人は呼ぶのだろう。
(せっかくだし、今日言ってみるか……)
大学に入って初めて知り合って、いつの間にか仲良くなって付き合って。気づけば、なんやかんやで一年が経っている。
仲も良好だし、切り出すにはそろそろ頃合いのはずだ。
「? 和人、急に黙ってどうしたの? その、ずっと見つめられてると……照れる……」
「え? あー、ごめんごめん! サキが可愛いから見惚れてただけだ。さ、オムライス食おうぜ。リビングでゆっくりしながら、な!」
「み、見惚れ……!? 和人、何でそんな事サラッと言えるの……」
俺は決意を胸に深呼吸をしながら、サキは顔を真っ赤にして今にも頭から湯気が出そうになりながら。二人で、リビングへと移動した。
◇◆◇◆
「それでな、経済学入門の田中が……」
「あー、あのおじさんそれ言いそう。ほんと、ハズレの先生引いたね」
「全くだよ。サキはいいよな、山本先生。あの人見るからに優しそうじゃんか」
オムライスを食べながら、俺達は談笑を続ける。主な内容は、大学での授業のことや今度デートに行きたい場所の話、他にもサキの親の話などの本当に他愛の無い話ばかり。
でもそんな何気ない会話を続けられる今が幸せで、やっぱり俺はコイツの事が好きなんだと再認識させられた。それだけで、あの話を切り出す決意としては充分すぎる。
(……よし)
俺は会話が一段落したタイミングを見計らい、口の中のふわとろオムライスを水で流し込んで。真面目な口調で、話を始めた。
「なあ、サキ。大事な話があるんだ」
「ん? どうしたの?」
心臓は激しく鼓動し、緊張で声が震えそうになる。だが、言わないわけにはいかない。これが、俺の今の一番の願いなのだから。
「サキ、この家で一緒に暮らさないか? 一軒家でもないし、そんな大きなマンションじゃないから狭いかもだけど……俺は、お前ともっと一緒にいたい」
「っ……!?」
「ダメ、か……?」
俺がそうして伝えたいことを全て伝え終えると、リビングに静寂が訪れた。
ゆっくりとコップに口をつけ、水を飲むサキ。今はただ、返事を待つことしかできない。
(ヤバい、凄ぇ緊張する。殺すなら早く殺してくれ……)
人生でこんなに怖い「間」は初めてだ。正直、断られる気しかしない。
と、緊張に胸が張り裂けそうになっていると、サキはようやくコップを机の上に置いて口を開いた。
「ありがと和人。そう言ってもらえて、私とっても嬉しいよ」
「じゃ、じゃあ……!」
「でも、ちょっとだけ待って。その前に、私からちゃんと言っておかなきゃいけないことがあるの」
「言わなきゃ、いけないこと?」
「うん。まだ誰にも言ったことない、私の秘密。嫌な顔されたらどうしようってずっと言えずにいたんだけど……これから同棲するなら、秘密にはしておけないことだから」
サキの秘密……。一体どういったものなのか、全く検討が付かない。それが俺にとって良い情報なのか、悪い情報なのか。それすらも。
すぅーっ、と小さく深呼吸をして、サキは俺がこの話を切り出した時と同じように決意を固めたような真剣な眼差しで、俺に告げた。
「私ね、Vtuberっていう配信業をしてるの。『柊アヤカ』って名前で、半年前から……」
「………………へっ?」
あまりに唐突で、それでいて衝撃すぎる発言に、俺はあんぐりと口を開けてたまま固まってしまったのだった。