私はアルファであり、オメガである。
街頭演説でそんな文句を聴いた
医者曰く染色体の突然変異、らしい。ベータがオメガに、アルファがオメガに、またオメガがベータに変異することもあるらしく、諸々の手続きをしなければならなかった。自宅のカレンダーにヒートの周期を記し、病院から貰った「生まれ変わったあなたへ」と書かれた冊子の記載内容を確認する。
中には生まれついたバース性から突然変異した者を対象に、これから変わること、何を注意すべきか、学校・職場・家庭への報告、行政上の各種申請・手当についてなど、事細かに書かれている。冊子には【男性素体用】と書かれており、女性用もあるのだろうと納得した。
次の金曜日はWeb講義も休みで、体調も落ち着いているだろう。面倒だが役所に行こう、と透弥はカレンダーの予定に書き込んだ。
× × × ×
自分が「そう」だと分かれば、見ている景色や生活が若干、以前と異なってくる。
ドラッグストアでヒート抑制剤の棚をよく見るようになった。夏でもハイネックの服を着るようになった。アルファの友人たちと疎遠になった。一番変わったと思うのは、自分の熱を収めるための道具をインターネットで買い漁るようになったことだろう。ありとあらゆるバイブレーター、自慰用ホール、電動搾乳器など、誰にも見せられないものが部屋の中に増えていく。運命の番など御伽話だと、透弥はひとりで生きていく決意を固めた。
大学は度重なる重いヒートのせいで休学せざるを得ず、その間透弥は気絶するまで自慰を繰り返す。買い足したコンドームは早くも空になり、緩みっぱなしの後孔からは、腸液とローションが零れシーツを汚した。まだ年若く、月に二度もあるヒートを抑えるには、健康保険適応の抑制剤ですら値段が高すぎて手が出せない。体力も精神も共に疲弊し、行政からの支援金だけでは生活するのが苦しくなった。
そんな矢先のことだ。透弥がパソコンで仕事を探していると、『オメガにしかできない仕事です。治験者募集中』と言う見出しの怪しげなアルバイトを見つけた。給料は歩合制だが羽振りが良く、本人の希望があれば継続契約、やがて正規雇用も夢ではないという。欠員募集により、雇用枠は一名だが業務内容が「オメガに対する新薬の
『はい、
「……もしもし、あの…」
『…五十嵐さんですね』
「は⁉」
機械的な声の主は、名乗りを上げていないのに自分を知っている。透弥は恐怖を感じると共に、興味を持ち始めた。むしろ、好奇心の方が勝ってしまって自然と鼓動が速くなる。
「…なんで、俺のことを…」
『私は君と会ったことがあるので…それで、要件は?もしかして…求人を』
「そうか…なら、話が早くて助かるよ。そうです、インターネットの求人を見て」
『早速、入所試験と業務スケジュールを打ち合わせたいのですが』
「えっ、い、いいのかよ⁉」
『すぐにでも来て欲しいくらいです。しかし、治験には苦痛を伴う可能性が高い。こればかりはオメガでないと分からないから』
「いいです、やります…!詳細はその時に」
『畏まりました。では、明日早速お願いします。時間は朝の九時、場所はHP記載の当所で』
「はい…!よろしくお願いします!」
たった一本の電話でここまで進むとは思わず、透弥は有頂天になった。これから役所に行ってバース性変更の手続きをする予定だったが、併せて確定書類を作らねばと部屋の時計を見上げる。午後二時、まだ役所の窓口は空いている。透弥は久しぶりの外出に、浮き足立ちながら準備をした。保険証、病院から貰った診断書、印鑑、予め書いてある申請用紙を鞄に突っ込み、玄関に向かう。
「…よし、行こう」
ポケットの中にある、小さなリモコンを握りしめて。
× × × ×
役所の健康福祉課、各種変更申請の窓口は、いつも大勢の申請者で溢れているが今日は比較的少なかった。番号札を取り、呼ばれるまで椅子に座り待つ。椅子を一つ分空けた席に座っている者以外、透弥の他には誰も居なかった。一見男か女か分からない、綺麗な茶髪のその人物の横顔を凝視する。帽子を目深に被ってはいるが、間違いなく美人の部類だろう。
(…この人も、…突然変異しちゃったのか…?)
「……三十二番の方、窓口へどうぞ」
「はっ、はい」
透弥の待合番号が呼ばれ、足早に窓口へ向かう。時折肩や腰がびくんと跳ねてしまう以外は、滞りなく手続きが完了した。帰り際、あの美人とすれ違いざまに肩がぶつかってしまう。
「…んあっ…!っ…すいません…!」
「いえ、お気になさらず」
こちらを見る相手の顔が、驚愕で見開かれた。透弥も同時に声を上げる。そして、心臓が痛くなる位に鼓動が速くなった。
「君は、あの時の」
「あっ…助けてくれたお兄さん…」
透弥はその顔に見覚えがあった。初めてのヒートでわけも分からず逃げていた時、助けてくれた男だ。相手はベータで透弥のフェロモンに対する抵抗力があり、僅かながらでも安心することができた。助けてくれた後に名前を聞く前に去ってしまって、何もわからず仕舞いだった。
「…顔色が悪いけれど、大丈夫…?」
「うっ…うん、大丈夫…っ」
「君、もしかして」
相手は心配そうに透弥の顔を覗き込み、何も言わず透弥の手を引いて男子トイレに向かった。透弥が抵抗する前に勢い良く個室の扉を開き、二人とも狭い空間に入る。
「なっ…!なんだよ…!」
「静かに。…こちらを見て」
「えっ?なんで、そんなこと…」
透弥の言葉に答えはなく、彼は手首を握ったり、顔に近づき透弥の顔を見つめる。無意識のうちに透弥は息が上がってしまい、個室の壁に寄りかかった。
「瞳孔の拡大と脈拍の乱れがある。…君、ヒートが来たのでは?」
「…ちっ…ちがう…!」
「だからあれ程気をつけてと言ったのに…違うと言うなら、ポケットの中で触っているものを私に出しなさい」
「なんでだよ!お前は何なんだ…!」
「…明日になればわかる。今は急を要する…早く、私が私でいるうちに」
「何が…なんだって…?」
透弥は訳が分からず、男の顔をじっと見た。下唇を噛み締め、何かに耐えている。
「…私は…ベータからアルファに転化してしまった……」
「っ⁉」
「だから早く、…でないと…っ…君の匂いに…」
透弥は上着のポケットから小さいリモコンを出し、震える手で男に渡した。理性はすぐにでもこの場から出たがっているのに、この男からは逃げたくないと身体が拒否しているように足が動かない。
「…いい子」
男は受け取ったリモコンの強弱と書かれたつまみを最大にした。
「…っ!ああああっ‼!やっ、やら、あぁぁ!」
「これのせいだな」
男は透弥の上着のファスナーを勢いよく下げると、素肌に直接貼られた振動テープを見つけた。リモコンのスイッチを切り、未だに小刻みに動くそれをべりりと剥がす。透弥は息も絶え絶えに、口端から涎を零した。
「んぅっ…あぁ…ぁう…」
「まだ、足りないだろう」
剥がされたテープの下、赤く腫れ上がった乳首を細い指先で摘みながら男が問う。
張り詰めた透弥のズボンの先端は、少し触れただけで達してしまいそうだった。
「五十嵐、透弥」
「ふぁい…」
「私は百瀬だ。
男はそう名乗り、透弥の身体を優しく抱きしめて背中を撫でながら透弥の額に口付ける。透弥が強請るように唇を突き出すと、一瞬躊躇いを見せたがすぐに百瀬は自身の唇を重ねた。透弥は柔らかい唇を夢中になって受け止め、次第に目元が蕩けてくる。
「んっ…ぅ…はぁ…」
「一時的な発作を抑えるため、今から君と性行為を行う。…どうか、許して欲しい。事は一刻も争う」
百瀬はそう伝えると、透弥の臀を揉むように撫で回す。初めて感じる快感に、透弥はあられもない声を出してしまう。今までのヒートとは違う、強烈な催淫思考に頭が沸騰しそうだ。早く、欲しいと腰が勝手に動いてしまう。
運命などありはしないと、嘲笑っていた自分はもう過去のものだ。目の前の百瀬こそが、約束された番なのだと知るのはもう少し先のことであるが。
× × × ×
ここは役所のトイレなのに、今の透弥にとってはどうでもよかった。むしろ誰かに聞かれているかも知れない、そう思うと興奮は更に増して、声を押し殺したいのに出てしまう。そんな口元に百瀬は指先を這わせて唇をなぞり、歯列を撫でた。
元より少し広めに設計された個室内で、透弥は百瀬にされるがままになっていた。
「透弥、舐めて」
「んっ…んむ…!ふあぁ…」
綺麗な指先を口内に受け入れて、くちくちと舌を扱かれる。空いたもう片方の手は透弥のズボンのファスナーを下ろし、トランクスの前開きから既に勃っている濡れ始めたペニスを取り出した。
「ん…なぁっ…!」
「ここならたくさん出していい」
洋式トイレの便座に向けて透弥のそれを扱き、同時に口を淫らに犯す。上顎、舌、歯茎まで撫で回すと涎を垂らしながら透弥は声にならない嬌声を出し、すかさず百瀬が流水音ボタンを肘で押した。何度も透弥の舌を絡ませてすっかりふやけた指を、次は透弥の敏感な乳首に奔らせる。くりくりと捩るように摘み、声を我慢できなくなった透弥は甘い呼吸音を漏らした。しかし流水音に掻き消され、外部には聞こえない。
透弥の弾力のある亀頭を擦り、鈴口をこじ開けるように人差し指の指先でカリカリとほじくる。透弥自身の指で同じことをしても、ここまで射精欲を募らせることはなかった。部屋を出てから振動を与え続けられる乳首の刺激に悶え、自宅に帰ってから思い切り放出する気持ち良さを軽く凌駕していた。
「はぁっ…も、もも…」
「快斗でいい」
「かい、とっ…!おれ、も、いくっ…!」
「うん。…イッて」
「あぅぅっ…!いっ、あぁ、でるっ…!あぁぁっ!」
今までにない快感に酔いしれながら、透弥は全身で絶頂を受け止める。腰は震え、乳首は勃起したまま、便器に向けて透弥の白濁が放たれ、溜まり水が白く染まった。公共の場で、それも男子トイレで男に犯されるなど考えたことがなかった透弥は思考回路まで甘く蕩けてしまいそうだった。何故百瀬が自分の名前を知っているのか、そんな瑣末なことはどうだって良くなってしまう。
「はぁっ…快斗…」
「透弥、いい子」
「へへ…」
透弥の先走りで滑る手をトイレットペーパーで拭い、透弥の頭を撫でる。透弥の臀はズボン越しに百瀬のそれが昂っているのを知り、腰を揺らして擦った。甘い声で誘い、先程まで理性的だった百瀬から眠っている獣を解き放とうとしている。
「ね…俺の中、くる…?」
「君は…、それが何を意味するのか分かっているのか…?」
「うん…だから、早く…俺、快斗となら…」
自らズボンのボタンを外せば、ベルトの重みでトランクスと一緒に音を立てて滑り落ちた。自慰のし過ぎで透弥の菊門は厭らしく収縮し、百瀬が来るのを待っている。
「……君を最後まで抱くのはベッドの上だ」
背後から透弥の首筋に口付けして、散々弄って充血している乳首から手を離し、痕が残りそうなくらいの力強さで百瀬が透弥の臀を掴む。ひゃっ、と可愛らしい声を上げた透弥の後孔に百瀬の剛直が当たり、吸い込まれるように侵入する。とん、と一度腰を動かしただけで、透弥の肉壁が蠢き前立腺は歓喜したように快楽を受け取った。
「あァ゛っ…♡」
「透弥、…締め付けが…っ…きつすぎる…」
「ひっ…おっ、おく、あぁ~~~♡」
「っっ!」
今まで聞いたことの無い大きな水音に、透弥は耳の奥まで犯される感覚に陥った。もう昨日までの生活には戻れない、と半ば諦め、ガクガクと腰を揺さぶる。
「もっ…あはぁ…かいとっ…」
「明日から…もっと可愛がってあげる」
ちゅ、と透弥の頬に性急な口付けを落とし、百瀬が腰を引いた瞬間手の痕をこしらえた透弥の臀に白濁をぶちまける。どろりとした感触に透弥は恍惚とした笑みを浮かべ、はぁ、と熱い息を吐いて気を失った。
× × ×
気絶してしまった透弥を抱え、濡れた肌や乱れた衣服を整える。何事もなく元来た格好に戻った百瀬は、透弥を横抱きにして足早に男子トイレを去った。途中、視界が悪くなるので帽子を外し、透弥の胸元に挟む。
あのまま彼を一人にしていたら、と思うと考えるだけで恐ろしい。仕事柄オメガと接することは何度かあったが、彼ほど顕著なヒートを見たのは初めてだった。自分がかつてベータであったのも起因して、これ程までにオメガのフェロモンが強いのだと思い知らされた気分だ。
ひとまず彼を介抱するため、百瀬は人目を避けず堂々と表通りを歩く。アルファになった百瀬とオメガになった透弥は嫌でも人を惹き付けてしまうようになったので、それを逆手に取り自分は怪しくないのだと周りに印象づけさせた。外で倒れてしまった番を連れ帰る途中だと思われたのか、誰も触れず遠巻きに見るだけだ。干渉されないのは好都合とばかりに百瀬は町外れのラブホテルに入った。市役所から研究室まで、歩いて帰るには遠すぎる。
「…透弥、すまない…」
無人のフロントを過ぎると、空室のネオンライトが煌々と灯る部屋を見つけた。扉を開けて室内に滑り込み、すぐに閉めてロックをかける。抱いている透弥をキングサイズのベッドに横たわらせ、自分はシャワーを浴びるために浴室へ向かった。気絶する前に彼はああ言ったが、もしかしたら本心は自分を嫌っているかもしれない。彼が目を覚ます前に料金を払い、ホテルを出た方が良いだろうかと考えながらコックを捻り、熱いシャワーを浴びる。
百瀬の下半身は再び起立していて、あと少しの刺激で達してしまいそうだった。透弥のフェロモンは、アルファになったばかりの百瀬には強すぎる。
(早く…薬の改良を進めなければ)
仕事のことだけを考えるようにして、熱い蒸気を何度か吸うと少しだけ冷静になれた。しかし、己の内に閉じ込めた獣を覚ましてしまう呼び声が聞こえてくる。
『…ん…なぁ、快斗…?』
シャワールームの外から、百瀬の名を呼ぶ透弥の声がした。摺りガラスの扉越しに見える肌色が、幻ではないことを如実に表している。どうやら部屋の中で服を脱いできたようだった。
「……透弥」
『俺もシャワー浴びたい…入っていいか?』
「……っ!」
百瀬はびくんと肩を揺らし、扉を開けようとする透弥をどうするべきか考えた。しかし結論が出るよりも早く、生まれたままの一糸纏わぬ姿になった彼が浴室に入ってくる。
「おっ、中は案外広いなぁ…!風呂の湯、張ろうか」
透弥が湯船のすぐ側にあるコンソールを操作すれば、浴槽に湯が張られ始める。彼が何をしたいのか、百瀬の理解が追いつかなかった。
「透弥…!君は…」
「…俺とシたいんじゃなかったの?快斗」
ふらふらとした足取りで百瀬に近づき、顔を見上げて不敵に笑う。百瀬はそんな彼の身体に触れぬよう自制の荒い息を吐く。それは獣の唸り声にも似ていた。
「やめ、ろ…透弥…」
「そんな事言ったって、快斗のコレは正直だな…?もうこんなになってる」
傍らに置いてある風呂椅子を手繰り寄せ、腰掛けるとシャワーを浴びた透弥がボディソープを自分の胸元に擦り付けた。泡立った肉の薄い胸で、百瀬のそれを挟み込み上下に揺らす。百瀬は必死に見ないように努めるが、挟まれた欲の塊の先端を透弥が口に咥えた瞬間、理性の箍が外れかけてしまう。
「っ…!」
「んむ、ぶふっ、…ふぁ…!」
百瀬は口に入れても無害のボディソープと一緒に、己の熱を透弥の口内へ押し付けた。唸り声を出しそうな喉を押し殺し、抽挿を繰り返す。透弥の口端からぽたぽたと涎が混ざった先走りが滴り落ちて、懸命に百瀬の官能を引き摺り出そうとしていた。柔らかい舌先で出口を捏ねくり回し、ぷっくり腫れた亀頭と雁首を何度も唇で刺激して、内頬の粘膜に擦り付ける。
「透弥…っ…それ以上はやめなさい…!」
「らっへ…かいとが」
「喋るな!…っ!口を、離し…」
「はむ…」
透弥が思いきり百瀬の先端を喉奥に迎えると、急に訪れた締め付けに百瀬は目を見開いて思い切り腰を打ち付けた。透弥の口内奥にある性感帯目掛けて白濁を噴き出させれば、ごきゅ、と普通では聞こえない嚥下音が聞こえる。
「透弥、吐き出して…」
水音を立てながら百瀬自身が抜き出されると、透弥は恍惚とした表情で百瀬を見上げた。
「んへっ…やだぁ」
空になった口を見せつけるように大口を開けて、白く濁った舌で舌舐めずりする。透弥の闇色の瞳は既に、百瀬しか映していない
「かいと…もっと…♡」
「…君が後悔しても知らないからな…」
百瀬は透弥の身体を抱き上げ、まだ湯の浅い浴槽に入ると底に腰掛けた。対面座位で透弥の後孔に突き立て、締め付けを求め奥へと侵入していく。透弥は歓喜しながら嬌声を上げ、上下に揺さぶられる自分の身体から力を抜いた
「はぁっ…♡はぁぁ…♡も、あ、いぐっ…!」
「…っ、昼間より、酷くなっている…透弥、我慢しないで、イッて」
百瀬は透弥の首筋に幾つも痕跡を残し、荒い息を透弥の耳元に吐き出す。
彼を助ける為の製薬など放棄して、このままひとつになってしまいたいとさえ思った。透弥は今までにないくらい、びくんと強く痙攣し、百瀬から精を絞り出そうとしる。
「だめぇッ…イくのが収まんない…!」
「ぐっ…!中に、出すから…」
「ん♡かいとのタネ欲しい…俺の中にっ…撒いて…♡」
百瀬が思い切り突きを強くして、結腸の奥に先端が入り込むその瞬間、百瀬の肥大化した凶器のような鈴口から大量の白濁が吐き出された。仰け反った透弥は言葉にならない声を出し、ペニスの先端から射精を伴って勢いよくぷしゃぷしゃと潮を噴いて浴室の天井を叩く。
「あっ……あぁぁ……♡」
「はぁっ…はぁ……」
百瀬は透弥の背中を強く抱き締め、心拍数と呼吸をどうにか整えようとする。透弥の息が落ち着いてから、彼の耳元で「合格だ」と囁いた。
「ん……俺が妊娠したら…責任取ってくれよ…」
透弥の快楽に浸かる日々は、こうして始まる。
× × ×
重い瞼をどうにかこじ開けると、そこは見慣れない色だった。
真っ白で染みひとつない天井に、薬品の匂い。微かに違う香りが混じっている。それが香木の香りだとわかったのは、はっきりと覚醒して暫く経ってからだった。自宅でも、ラブホテルの天井でもない。例えるならば、病院のような。
「……う…身体中……あれ?痛く…ない…?」
散々な目に遭ったと言うのに、腰部どころか体全体から痛みや気だるさと言った不調がなくなっていた。ヒートが起き、散らすための「儀式」をした後に残るあの独特な疲労感がない。身体が綿毛のように軽くなり、柔らかいベッドの上で横になっていると再び微睡みそうになる。
「……起きたか」
部屋の奥から声が聞こえて、視線を向けると白衣姿の男が見えた。昨日聞いたばかりの名前を思い出す。
「んんっ…あっ!快斗!百瀬快斗、だっけ…」
「そうだ」
「あんたのお陰でまた助かったな…ありがとう」
「ああ…君のヒートに遭遇するのは二度目だ」
昨晩のあれやこれを思い出し、透弥は顔を赤らめて、すっぽりと頭から布団を被ってしまった。枕に顔を押し当てて何事か叫んでいる。
「~~~!」
どうやら『俺もうお婿に行けない』、と言ったようなことを言いながら悶えているようだ。言葉になっていない悲鳴と共に。
「…透弥」
百瀬は穏やかな笑みを浮かべながら、透弥の後頭部を布団の上から優しく撫でた。
「…大丈夫だ。君には、私が付いている」
言葉を慎重に選び、諭すように話し掛ける。次第に落ち着いてきた透弥は、顔だけ布団から出してほんとに?と首を傾げた。
「本当だ」
「……わ、わかった…今更大学にも行けないし…あんたを信じるよ…。あ…そう言えば治験のバイトっ…⁉」
透弥は慌てたように布団から出て、上半身を起こした。約束の場所に向かわねばと急いで着替えようとするが、今の彼は着慣れていない病院の患者服のようなものを身につけている。その様子を見ていた百瀬が穏やかな声を掛けた。
「…それなら、心配するな」
「え?」
「ようこそ。百瀬理学研究所へ」
「…っ⁉まさか、電話の……」
「そうだ」
「だから俺の名前を知ってたのか…」
彼と再会してから今までの行動を振り返ると、確かに彼はオメガに関してとても詳しく理解していた。そのことを思えば研究者であることも頷けるだろう。透弥は謎が解けたのか、納得したように頷いた。
「…オメガのヒート抑制剤と、オメガのフェロモンを吸ってもアルファが発情しない為の抗精剤を開発する研究をしている。君には新しいヒート抑制剤の開発を手伝って貰いたい」
「うーん…具体的には何をどうすればいい…?」
「…君の体液をサンプリングして、ヒート周期を把握する。また、番との性行為で妊娠する確率を計算し、効果的な服薬方法を調べたい」
「んむ。なんか難しそうだけど…俺の番はまだ見つかってないよ…?」
「その事なのだが、…」
透弥はちら、と百瀬の顔を一瞬見て、運命の番が彼ならばどんなにいいだろうかと思った。逆に彼には番が既に居るのだろうか。アルファになったばかりなら、まだ可能性はあるのかも知れない。彼が続ける言葉を待っていたが、百瀬は透弥に背を向けて衝立の向こうへと姿を消してしまった。
「……快斗…?」
「すこし、待っていて」
何かの準備を始めている音が聞こえ、間もなくして香ばしい香りが漂い始める。昨日から何も食べていない、透弥の腹が音を立てて空腹を主張し始めた。
「…そういえば…何も食べてないな…」
「あれだけ…動いたのだから、まずは食事を。詳細はそれからにしよう」
百瀬が手に持った盆には、温かそうな椀が湯気を立てて乗せられていた。
百瀬が出してくれたスープは、薬膳のような香りがするのに後味は悪くなかった。とろみのある塩味のスープに刻んだ百合根の入った鶏団子と、穀物を練って作られた団子が入っていてじんわりと温かい。蓮華で掬い取り、口に入れると素朴な味が口の中に広がった。五臓六腑に染み渡るとは、このことなのだろう。
「…これ、快斗が、作ったの…?」
「うん」
「薄味だけど、美味いよ。餅が入ってたらもっと美味いと思うけどな~」
再びスープを掬いながら、透弥が笑って口に運ぶ。
「食事中は静かに」
「いいじゃんか!誰かと喋るのは久しぶりなんだよ…」
「…しばらく刺激物は控えなさい。食事を終えたら身体観察と問診を行う」
「なんか入院するみたいだな?」
「ここは病院では無いが…大学病院と提携し、国の認可を受けて運営している。故に設備は国立病院並だ」
「働いてるのはお前だけなのか?」
「ごく稀に両親と…従業員が数人、非常勤で務めている。普段は私しかいない」
「…ひとりぼっちで寂しくない?」
「ああ」
食事中にも関わらず、透弥は良く喋る。注意しても効果はないと察したのか、百瀬は小さく溜息をついて空いた食器を片付けていった。透弥は満足そうに腹を擦ると、急に昨日の情事を思い出して恥ずかしくなってしまった。この手の下にある胎内に、あの綺麗な男の逸物が出入りしていたなどと誰が想像できるだろう。耳の奥にこびり付いた水音が離れず、背筋がぞわ、と粟立ってしまう。
「は、う…っ、なんで…あんだけ…ぐちゃぐちゃにされたのに……」
ベッドの上で再び横になろうとすると、シーツに擦れただけで尻の奥がもぞもぞと落ち着かなくなった。う、と苦し気な声を出すと、百瀬が再び戻ってきて透弥の顔を覗き込む。
「…透弥、苦しいか…?」
「うん、何だか…ヒートが来た時に似てる…」
「大丈夫だ…恐らく薬効が現れているのだろう。これから君の身体を診察するから、深呼吸して」
「ふぁっ…けん、さ…?」
喋るのも辛そうな透弥の身体に触れ、百瀬が傍らに置いたクリップボードの紙に何やら書き込んでいく。既に氏名、年齢、体重などが記載されており、透弥は何時の間に調べたのだろうと必死に別のことを考えた。
「…では、問診を始める。…オメガになって何日目だ?」
「えっ、えっと…二ヶ月…くらい?」
「オメガになって、何が一番変わったか教えてほしい」
「そうだな…大学を休校して、バイトも辞めるしかなくなって…」
「他には?隠さないで、言って」
「う…その……えっと…!」
もどかしそうに膝を擦り合わせ、躊躇う様に荒い息をついた。言おうか迷っている透弥の膝を撫で、指先を太腿の方に撫で上げる。
「っ…!」
「どうした?」
「その、オナ…じ、自慰を…頻繁に…しないといけない身体になって…自分が自分じゃないみたいで」
言われた言葉をそのまま書き写す百瀬の空いた片手は、変わらず透弥の太腿を撫でている。その手が透弥の股間の辺りまで伸びると、透弥の腰がびくんと跳ねた。
「問診は、ここで終わりだ」
「あっ…うぁっ…か、観察ってやつは…?」
「既にしている」
「ひゃ…!そ、そこ…触るなぁっ!」
兆し始めている透弥のそれを百瀬が掴み、ズボンの上から親指でぐりぐりと先端を刺激する。薄手の生地は容易く湿り気を帯びてしまい、仕舞いには先走りが滲み出ていた。
ようやく、透弥は悟る。先程のスープに入っていたのが、滋養強壮以上に効果のある薬だったのだと。
「…効果が出るまで十五分…触れただけでヒートに似た症状、カウパー液の量は通常だが直ぐに増えるだろうな。透弥、君はこれからどうしてほしい?」
「どう、って…?」
涙目になりながら快感に酔いしれる透弥に、百瀬が囁きかける。そんなの決まっているだろう、とでも言いたそうな目で百瀬を見るが、彼は涼しい顔で透弥のズボンを下ろし、まろび出たペニスをゴム手袋を嵌めた手で握る。ぬち、と厭らしい音を立て、次第にその音が大きくなるのに透弥は堪えられず腰を震わせている。
「あっ、ん、快斗…や…」
「そういう割には何かを欲しそうにしているが」
「っ…うん…なぁ、もっと…違うところ、触ってくれ…」
透弥はベッドの上で自ら体勢を変え、尻を突き出す姿勢で百瀬に強請った。ふー、と鼻から息を漏らし、百瀬はズボンと下着を脱いだばかりの透弥の尻を指先で撫でる。
「…君は、自分が言っている意味を分かっているのか?」
百瀬があの時と同じ質問を投げかける。
「うん…俺は…快斗が欲しい。たくさん、いっぱい、奥まで」
「もしかしたら番になってしまうかも知れない」
「うん…むしろ、アンタがいい。快斗は、俺じゃない…?」
涙目で訴える透弥の表情に、百瀬は冷静でいようと努める。研究者が治験者に邪な感情を抱いてはいけないと、頭では理解しているのに感情と身体が理性に反してしまう。ゴム手袋を外して透弥の顔を両手で優しく包み込み、じっと闇色の瞳を見つめた。
「私は…君と、番になりたい。初めて会った時からずっと、我慢していた」
そう言って、優しく触れるキスを唇に落とした。
「…っ!」
「君はどうだ。五十嵐透弥」
名を呼び、唇を優しく食んでこじ開ける。歯列を舌先でなぞり、透弥の内頬を舐め回して口の奥まで侵入した。ようやく唇が離れると、熱い吐息を深く吐き出す。
「んっ…んふ…あぅ…」
呂律の回らない透弥の表情が蕩けているのを見て、百瀬の目が獣のように鋭く光った。
× × ×
ぐちゅ、と中を掻き回す音がする。
「透弥、出して」
透弥の鈴口に三角フラスコの口を宛てがい、射精を促すように百瀬の指先が透弥の奥へと進む。尻を突き上げたままの透弥は羞恥に顔を赤らめ、快楽に抗うようにシーツを掴むが直ぐに力尽きてしまい、硝子の底に白濁を吐き出した。
「ふぁっ、やだぁ…あっ…!」
百瀬が透弥の前立腺を指二本で挟み込むと、白濁に混じり激しく潮を噴いてしまう。三角フラスコの中が濁り、上部まで透弥明な体液で満たされる。百瀬が透弥の耳の外郭を噛みながら、ずぶ、と音を立てて透弥から離れた。
「……これでは駄目だ。もう一度」
「もっ、出ないよ…!なぁ、快斗、キスして…」
ベッドのスプリングを軋ませて、二人は何度目か分からないくらい一つに繋がった。体勢を変え、向かい合わせに透弥を組み敷いた百瀬は透弥の胎内に楔を打ち付け、奥を揺さぶる。既に蕩け切った透弥の肉壁は百瀬を包み込み、歓喜したように水音を鳴らしながら更に奥へと誘い込む。性急に重なる唇からは涎が零れ、シーツにシミを作った。
「ひゃ、ああっ、かいと、快斗っ!」
一度果て、柔らかくなった透弥の中を再び蹂躙しようと踏み込んだ百瀬の陽物は、更にその奥へと侵入した。閉じられた奥の蕾を乱暴にこじ開け、抽挿を繰り返す百瀬のぶりんとした亀頭は透弥の結腸を越える。唸り声を透弥の耳元に当て、透弥、と名前を呼んだ。
「快斗…はぁっ…きもちいい…」
「っ…!」
恍惚とした表情で笑い、両足を百瀬の腰に絡めてしまう。百瀬の腰をホールドするように引き寄せると、どちゅ、と音が漏れた。
「ま、また、いくっ…♡快斗、出そうだろ…?」
「…全て、喰らって…」
「あぁっ…!癖になりそ…ふぁっ、きてる…♡快斗の…沢山注いで!」
数度白濁を噴き出し、擦り付けるように腰を動かして百瀬が透弥の唇を噛む。次いで首筋に舌を這わせ、噛み付くのを堪えながら腰を震わせて射精した。何度放っても衰えない百瀬は、とちゅ、と音を鳴らしながら自身の欲棒を抜き取ろうとする。
「……っ、透弥、離しなさい…」
「やだァ…♡全部、出してくれよ…」
妖艶に笑むと、透弥が百瀬を抱きしめる。
五十嵐透弥は百瀬快斗の全てを欲した。
百瀬快斗もまた、五十嵐透弥の全てを求める。
研究者と治験者の枠を超えた『生態観察』は、透弥が気絶するまで行われた。
そう遠くない未来に、新薬開発を実現するなどとは夢にも思わずに。
百瀬の行うすべてが、五十嵐への愛になる。