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記念殺影
真菊書人
ミステリー推理・本格
2024年08月04日
公開日
3,875文字
連載中
ある日、俺は家に帰るとポストに宛名の書いてない封筒を見つける。開けてみると、そこには男が首から出血して絶命している写真が入っていた。その写真を同じ高校に通う写真部部長に見せると、彼女はこう言った。
「その昔、写真に撮られると死んじゃうって言われてたそうですね」

第1話

「昔の人は、写真に撮られると死んでしまうと思っていたそうです」

 夕日差し込む部室、部長である彼女は「日本限定ですが、有名な話ですかね」と付け加え、手元に置かれたティーカップを取る。

「確かに、自分とそっくりどころか全く同じ姿が映し出されたら、当時の人はびっくりするでしょう。それでショック死した人が、本当にいたりして…」

 冗談めかすように笑みを浮かべる彼女。俺は所詮うわさだと言い切る。

「そう。所詮はうわさです。でもこういう言葉もあります。火のない所に煙は立たぬ…。物事に絶対ありません、偶然の産物という形で生まれた事象が真実として後世まで語り継がれる。なんてことも」

 そう言って彼女は俺が持つ写真に視線を落とす。それは、首元から大量に出血した男の姿が写っていた。

 一昨日、家のポストに入っていたそれに気づいた俺は、たまらず叫んだ。すぐに警察に通報し、事情聴取を受けたがあまりにも不可解な事件過ぎて半日以上拘束されてしまったが、どうやら遺体は実際に存在し、その写真は殺害された直後にとられたものだと判明した。

「さて、実際に写真に撮られて死亡するという事件が起きている以上、写真部部長として見過ごせません。事件を頭から整理していきましょう」

 ウチはいつから探偵やオカルト研究部の類になったんだとぼやくが、こうなった部長を止められないことは長年の付き合いで分かっていたので諦めて缶コーヒーを開ける。というか、先ほどの迷信と今回の事件はまた別というか、逆じゃないか。

「確かに、順序としては逆です。ただ、先ほど話したうわさがある以上、一つの可能性として考慮するべきです」

 いったい何がどうなれば写真に撮られて頸動脈が掻き切られるのか甚だ疑問だが、彼女は構わずホワイトボードに持っていた遺体の写真と、事件現場付近の写真を数枚貼り付ける。

「まず事件現場ですが、隣町にある廃ビルの裏で、人通りもほとんどない路地の間。死亡推定時刻は3日前の午後10時ごろ。防御創などはなく、ほぼ即死だそうです」

 彼女はホワイトボードにすらすらと事件の詳細を書き込んでいく。一体どこで情報を仕入れてきたのか。

「被害者は、早乙女克己さおとめかつみ21歳。一見普通の大学生ですが、女子高生らに“よからぬ事”を強要する悪党。前科こそありませんが、補導歴が数回。個人的にそういう輩は死んでくれて済々しますね。個人的に」

 突然怖いこと言い出した、とドン引いていると、「冗談です」と笑ったが、明らかに目は笑ってはいなかった。まぁ、現役女子高生的には思うところがあるのだろう。

「まぁ、そのため恨みを買っていた人物も少なくなかったそうですよ」

 その一人が貴女なんじゃないか、とうっかり口に出しそうになるが、俺は目をそらして黙り込む。そんな俺を見て彼女は咳払いをした。

「…話を戻しますが、近くに彼のスマートフォンが落ちていたそうです。おそらく早乙女は何者かに電話でそこに誘導され、それを追けていた犯人が、背後から鋭利な刃物で首元をザックリ…といったところでしょうか。なかなか間抜けな話ですが、自業自得ですね」

 一通り書き終えたと同時に彼女は遺体の写真を見ながら取り、鼻で笑った。それを見た俺は黙って缶コーヒーを飲み干した。

「ですが、ただでさえ少ない街灯もその夜は故障していた…辺りは相当暗かったはずです。そもそもそんな場所に呼び出した時点で、犯人は早乙女と顔見知りだったことは――」

 そこで、俺は彼女の言葉を遮った。今まで一方的に発言していたのだから、そろそろ俺にも発言権が回ってきてもいいころだろう。詳細すぎるほどの事件の情報に、最初に写真を見たときに感じた違和感、そして俺が知っている唯一の真実。それらを踏まえて導き出した回答を、簡潔にまとめると

「部長、犯人は貴女ですか?」

 一秒、五秒、十秒と沈黙が続き、やっと彼女の口が開いた。

「はい、その通りです」

 なんの悪びれもなく、さも当たり前のように彼女は答えた

「一応ですが、その結論に至った経緯を聞いても?」

 どうしてそこまで落ち着いていられるのか、彼女はパイプ椅子に腰を下ろし、腕を組んだ。

 きっかけは写真に日付が打刻されていたことだ。最近じゃデジカメどころかスマホで撮影なんて当たり前だが、この時代に好んでそういうカメラを使っている人なんて彼女ぐらいしか思い当たらなかった。そして、これは推理というより直感なのだが、その写真の癖というべきか、俺がよく知る彼女の作品と同じに見えたからだ。

「なるほど、日付程度ではバレないだろうと思っていましたが、まさか私の作品をそんなに見てくれていたなんて…嬉しい限りです」

 彼女の余裕の笑みは、さながら愉快犯のようにも見えたが、すぐに真面目な表情で「でも」と付け加える。

「殺したのは、私じゃありません」

「私の言う犯人というのは、この写真を送り付けた犯人、という意味です」

 そう言いながら立ち上がり、彼女愛用のカメラをなでるように触る。そして、こう告げる。

「殺したのは、私の妹です」

 なんともあっさりとした告発に、俺は面食らって言葉を失った。

「私、ストーカーなんです。妹の」

 さらに続く爆弾発言に。俺の脳は完全にフリーズして思わずふら付く。それを見ると彼女はクスリと笑う。

「私は妹を溺愛していて、妹も私のことを好いてくれています。小学生あたりから写真に興味を持ち始めた私は、かわいいかわいい妹の姿を写真に収めようとしました」

「ですが、なぜか妹は私の写真に写ってはくれませんでした」

 そういって、彼女は俺の近くにあった彼女のカバンをとってくれと頼まれる。言われるがままに彼女に渡すと、カバンからおもむろに一冊のノートを取り出した。見ると、ノートには彼女がとったであろう写真が飾られていたのだが、そのすべてが酷いものばかりだった。

「ブレたり、ピンボケしたり、果てはどこからか飛んできた野球ボールに顔が被ったり…理由は様々ですが、まるで呪われているかのように妹の写真が撮れないのです」

 そんな馬鹿な事がノートをめくるも、実際そんな馬鹿なことが起きているのだと、写真が物語っていた。数枚ならまだしも、ざっと見たところ30枚近くの写真は同じような写真ばかりだった。

「だから私はここ数年、何としても妹の写真を撮ろうとカメラ片手にストーキングしていたのです」

 まともに写ってもいない妹の写真をうっとりと見つめながらため息をつく彼女に、俺は早く続きを話せとせかす。

「…その夜、妹は友人と遊びに行っていました。その友人はとてもいい子だと知っていたので、私はなるべく距離をとって後を追けました。勿論気付かれないように多少変装をして――」

 嬉々として語る姿だけで理解できるほど、完全にストーカのそれであった。よくも数年間捕まらなかったのか。

「ショッピングモール、ファミレス、カラオケなどを周り夜も更けたところで友人とも別れ、一人になった妹に偶然を装って声をかけようとしたその時、あの男が話しかけたのです」

 彼女の神妙な表情に、俺もつられて表情が硬くなる。彼女はカメラを指でなぞるように触れ、話を続ける。

「最初は友人かと思いました。ですが、明らかに様子がおかしかったので追いかけましたが、見失ってしまったんです。焦った私は呼びかけながら妹を探しました、すると…」

 そこで一度彼女は言葉を飲む。恐らく、そこで現場を目撃したのだろう。

「今、妹は家でふさぎ込んでいます。当然です。事故とはいえ、人を殺めてしまったのですから…」

 弱々しく座り込むと一つ息を吐き、今まで見たことないような切実な表情で俺を見つめる。

「私の妹に、自首を勧めてほしいんです」

 彼女の突然の申し出に困惑するが、その真摯な瞳に俺は少し間を置き、頷く。

「ありがとうございます……」

 か細い声で呟いたと同時に、下校を促すアナウンスが流れる。俺達はどちらからともなく片付けはじめ、そのまま部室を出た。

 鍵を職員室へ返した後、少し立ち止まった彼女にどうしたのかと尋ねると、「少し、寄り道していきませんか?」と提案された。

 何も語らずに彼女の後ろを歩いていると、学校付近の高台に立っていた。燃えるような夕焼けと、眼前の町並みはとても写真映えしそうな情景だった。

「いい、景色ですね。でも風が強い…」

 風で乱れた髪をかき上げながら景色を眺める。俺の髪はもうぼさぼさだが、そんなことは今はどうでもいい。

「すみません、写真を撮ってもいいですか?」

 そういって彼女はカメラを取り出す。こんなタイミングでよく、と言いかけるが押し切られ、了承する。

 彼女は高台の柵にもたれかかり、黄昏ているように見せろという演出支持を俺に出した。彼女が演出をするなんて珍しいと思ったが、指示通りのポーズでシャッターが切られるのを待つ。

 彼女は夕焼け全体を移すために距離をとって、ファインダーをのぞく。

「ごめんなさい。私、嘘をつきました」

 ふと呟いた言葉は、強風でかき消され俺の耳には届かない。

「ただ確かめたかっただけなんです。あの日も、私はカメラを構えていたから」

 まだかと彼女に視線を向け大声で呼びかけた直後、突然強い風が吹く。そして

「私の写真は――」

 シャッターを切ると同時に、俺の身体は宙に浮いた。身体を支えていた木の柵が崖側に崩れ、そのまま放りだされた。

「本当に、人を殺してしまうのか」

 呑まれるように消えていったのを見た彼女は、やっぱり、と言う表情で先ほど撮った写真を見て、その一枚前の写真、3日前に撮ったもう一枚の写真を表示する。そこには絶命した早乙女克の奥で同じように血に濡れた最愛の妹が写っていた。

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