とりあえず、マイケルは父に相談して、いくつか縁談を用意してもらうことにした。
最初に会った令嬢は、サヴィリア=サスペニア。
サラサラの淡い金髪に深い青色の瞳が美しい、侯爵令嬢だ。
「私、マイケル殿下に憧れていて! 私もみんなをまとめる、素敵な王妃になりたいです!」
正義感に輝く瞳。
憧れと尊敬を一身に向けられ、まあ悪い気はしない。
けれども段々、彼女に時間を割くのが面倒になってくる。
しかしまあ、仲裁上手、人付き合いの神と呼ばれたマイケルなので、相手の喜ぶ会話をし、デートプランを立て、笑顔を貫いて苦痛であることをひた隠しにした。
にもかかわらず、令嬢側から婚約を辞退されてしまった。
「私では、マイケル殿下につり合いません」
「そんなことは」
「私自身に興味がないでしょう? 私も、あなたがよくわかりません。表面しか見せてくださらないから」
そう言われると、返す言葉がない。
そのとおりだ。
マイケルは、
その中身は、みんなの輪を管理したいという支配欲と煩悩で塗れていて、分厚い面の皮でそれを隠し、金箔で光り輝く表面だけを皆に見せているのだ。
表面しか見せない。
本当にそのとおりである。
こうして、自分への理解を深めていくマイケル。
こんな自分を知りたくなかったと身悶えしながら、彼は二人目の――令嬢に会うことにする。
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二人目の令嬢は、男に興味のない趣味人な令嬢だった。
シンディ=シルバーニ公爵令嬢。
マイケルが表面だけ見せていても問題のなさそうな相手である。
「お互い、好きに生きましょう」
そう言われるも、さすがに仲を深めるために会う時間は必要だろうと、何度かデートを重ねる。
相手は趣味の塊なので、話を促せば勝手に喋り続ける。
そのうち、デートの行き先は外ではなく彼女の自宅になり、彼女が今のソファで趣味の模型を作るかたわら、彼女の家族とお茶をしているときに、(これ、ちょっと違う)と我に返り、マイケルから縁談を断った。
何故、デートで彼女に無視されて、その家族と喋っているのだ?
彼女との関係性が薄すぎて、友達以下だった。
そのご両親と話した回数の方が多かったくらいである。
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三人目の令嬢は、マイケルのことが大好きだという令嬢だった。
スーザン=スコールズ。
柔らかい茶色の髪が親しみやすい伯爵令嬢である。
「わ、わ、わたし、頑張ります! よろしくお願いします!」
彼女は特筆すべきもののない令嬢だった。
見た目はそこそこ、勉強は普通、素直さが取り柄で、なによりマイケルを好きなのだという。
「私が男子生徒に絡まれていたときに、助けてくださったんです」
思い出を語る彼女の瞳はキラキラと輝いていた。
マイケルが少し微笑んだだけで、「はわわわ」と興奮していたし、ちょっとエスコートするだけで「私、今日死んでもいいです……」と喜んでいた。
可愛かったし、その反応を見るのは楽しかった。
ただ、正直……。
(僕のどこがそんなに好きなんだ?)
マイケルが彼女に見せるのは、上面ばかり。
素敵で完璧な、理想の王子様だ。
そんな無機質な存在の、彼女は何が好きなのだろう。
「好きって言うのは、まあ理屈じゃないですからねー」
「そうなのか」
「ま、彼女は殿下の作った偶像を好きになってる感じはありますけどね」
あれからなんだかんだ向こうから絡んでくるようになった浮気男に、ふと思い立って相談してみたところ、意外と真面目な答えが返ってきた。
ただ、なるほどと思うも、かといってどうしようもない。
「殿下ー。ちょっと話があるんだけど」
ある日、貴族学園内で、またしても浮気男が話しかけてきた。
「なんだ?」
「マイケル殿下ってさ。殿下自身についての込み入った話ができる男友達、居ないっしょ」
「明日からお前の家だけ税率は十割だ……」
「挨拶のノリで増税しないで! しかも局部的すぎない!?」
「局部とか下品なことを言うな」
「どうしてそうなるよ受け取り方がおかしいだろ!! ……そうじゃなくてさ。興味ないなら、あんまり弄んでやるなよ」
「……何?」
訝るように浮気男を見ると、彼は肩をすくめて廊下の先の方を見た。
そこには
たまたま振り返った彼女はマイケルに気がついたらしく、手を振って会釈したあと、廊下の角を曲がって別の方向に去っていった。
「……で?」
「殿下の彼女。怖いから止めてくんない」
「うん?」
「スコールズ伯爵令嬢だよ。気づいてないの? 彼女、殿下が自分の視界から長く消えるとさ、殿下の周りをうろつき始めんの」
目を見開いたマイケルに、浮気男は肩を落とした。
「殿下と廊下で話してるとさ。彼女が何回も何回も、殿下に見えない角度で廊下を通り過ぎるわけ。俺達からはそれが見えてるのよ。もーほんと怖いから」
「えっ? だ、だがその、なんで」
「殿下に片想いだからだよ」
うろたえるマイケルに、浮気男は哀れみの目を向ける。
「彼女は、一番殿下のそばにいるのに、殿下の気持ちが一ミリも自分にないことを知ってるんだよ。だから追い詰められるの。不安で、気になってしょうがない。それが恋ってやつだろ」
「……僕は」
「気持ちがないならはっきり言ってやれ。結構限界だと思うぞ」
それだけ言うと、浮気男は去っていった。
マイケルは血の気が引いたまま、なんだかその場から動く気になれなくて、誰も居ない廊下で窓側の壁に寄りかかった。
そして、ただ床を見ながら、三十秒ほどその場で考えに耽る。
確かにその、マイケルは彼女に執着はしていなかった。
何かの会合があればそれを優先したし、彼女と数日会わなくても、何も気に留めなかった。
だけどその、そんなことで?
「殿下」
ビクッと体を震わせて顔を上げると、そこには彼女が居た。
微笑んでいる。
責めるわけでも、縋るわけでもなく、ただ微笑んでいる。
何故、このタイミングで話しかけてこられたのだろう。
浮気男と話が終わったばかりの、このタイミングで。
……ずっと、様子を伺っていたから?
「放課後ですよ。一緒に帰りましょう」
背筋が凍るようで、マイケルはその日、彼女と別れることを決めた。
彼女は涙をこぼしながら、まっすぐにマイケルを見ていた。
「私より、みんなといるほうが楽しいですか?」
マイケルは答えられなかった。
そんな残酷なことはできなかったから。
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こうして、己の下衆さに打ちのめされたマイケルは、愛を諦めた。
ただひたすら、好きなこと――人を治めるという趣味に注力することにしたのだ。
自分には兄弟が四人も居る。
別に、自分が結婚しなくても問題はないじゃないか。
こうして、婚約者を作らず、二十三歳まで独り身であったマイケルは、国内ではあきたらず、国外にも目を向けるようになっていた。
時間をかけて、じっくり隣国との関係を良くする。
それは、人の輪を作り上げるという一時の愉悦を噛み締めていたマイケルにとって、自分のために用意された課題のように思えた。
人生をかけて取り組む難題。
それを解きほぐすマイケルはきっと過去最大の愉悦に浸れる。
周囲の者は喜ぶ。
なんと素晴らしいことなのだろう。
「隣のヴィンセント王国は、王家内部がこじれていると聞いているよ」
「そこからお嫁さんをもらうなんて……マイケル、本当にいいの?」
両親はわかっていない。
みんなが心配すればするほど、対象が面倒であればあるほど、マイケルの野心は燃え上がる。
「兄上! 兄上! ヴィンセント王国は、弓張月のようなガリガリの女性を好むらしいですよ。な、マクシム」
「はい、モーリス兄上。王女といっても、魅力的な女性である可能性はとても低いです」
「マイケル兄上も、女の子はもちもちしてるほうがいいと思いませんか!」
「母上達は自分達も胸が小さいから、弓張月さんを歓迎するかもしれませんが!」
「「「……」」」
十三歳の弟モーリスと、十一歳の弟マクシムの赤裸々すぎる主張に、マイケルとミゲルとメルヒオールの三人は押し黙った。
何を発言しても怪我をすると思ったからだ。
案の定、下の弟二人は、目尻を吊り上げた王妃二人にひっとらえられていた。
連れ去られた廊下の先から、二人の悲鳴が聞こえる。
なお、メルヒオールは「私は小さいほうが」と呟いて、マイケルを驚かせた。
そして、父王がそれに何度も頷いていたので、さらに驚いた。
家族のそういう話は聞きたくなかった。
色々と大惨事である。
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こうして、マイケルは自ら天敵を呼び寄せてしまったのだ。
ヴィンセント王国からやってきたマイケル達のお嫁さん。
暴力的な色気をまとう、ぽってりした唇が魅力的な、黒髪に紫色の瞳の第三王女。
全て思うままにしてきた――上手くいかなかった恋愛ごとすら、自分の余裕のあるうちに身を引いてきた――完璧な王太子マイケルの内側に、マイケルの好みど直球のもちもちの体で乗り込んできて、耳に息を吹きかけてくる、悪魔のような女である。