目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第10話 完璧なはずの王太子

 マイケル=ミゼル=マグネリアは、自他ともに認める完璧な王子だった。

 幼い頃から彼は、空気を読むことが得意だった。

 泣くことが少なく、手のかからない赤子。

 挨拶に来た者すべてに笑顔を振り撒く、理想的な幼児。

 それは、人を観察することが好きだという彼の本性に基づくものだった。

 笑っている人、無表情な人、怒っている人、泣いている人。

 色んな人の表情を見て、その人が望むものを考え、それが当たると、胸の内に爽快感と満足感が広がる。

 マイケルが七歳になったある日、友人の少年二人が喧嘩を始めてしまい、それを止めようと周りの子ども達により火種が大きくなり、王宮のマイケル用の子ども部屋が大変な騒動になったことがあった。

 マイケルはそれを見て、考えた。

 まず、おもちゃを落として大きな音を立てて、全員の視線を集める。その場で最も身分の高い自分が、皆の顔をぐるりと見渡しながら騒ぎの中心へと行く。

 そして、最初に喧嘩を始めた少年二人を回収し、個別に話を聞いた。

 何やら、玉入れ遊びの練習をしていた子爵家の令息に、玉入れが得意な伯爵家の令息がやり方を教えようと玉を奪ったことで喧嘩になったらしい。

 マイケルのとりなしにより、伯爵家の令息は謝罪し、子爵家の令息は、やり方を教えようとしたその気持ちに感謝をした。あとは一緒に遊んで、仲直りである。

 マイケルはただ、話を聞いただけだ。

 けれども、このことはマイケルの中の成功体験として、生き方の根幹に深く残った。

 なにしろ、周囲の大人達はマイケルの対応を褒めちぎったし、喧嘩していた二人も、「マイケル殿下が言うなら……」と話を聞いてくれて、他の子ども達も感謝の目を向けてくる。

 めっちゃくちゃ気持ちよかったのである。

(他に揉めごとはないだろうか……っ)

 こうして、揉めごとを解決する、みんなのことを思って動く第一王子が誕生した。

 諍いや派閥争いはどこにでも存在する。

 そして、争いごとの当事者は、権力者であるマイケルに、告げ口をするように相手への不満をぶつけてくる。

 両者の意見を聞いて、状況を俯瞰できるのだから、解決は簡単だ。

 解決の後押しをして、そして、なんでもないような顔をして笑っていればいい。

 それだけで、周囲の評価は鰻登り。

 完璧な王太子の出来上がりである。

 その心の中は、褒められたい、解決したい、面倒くさく絡んでいるものを解きほぐしたい、気持ちよくなりたいという煩悩と下心で満ち満ちているのだが、多分隠し通せているはずだとマイケルは自負していた。

 その完璧さにヒビを入れたのが、自身の恋愛ごとだった。

   ~✿~✿~✿~

「マイケル殿下は、あんまり浮いた話がないですよね」

 それはマイケルが十五歳のとき、ある男から言われたものだった。

 確か、貴族が十五歳から十八歳まで通うものとされる貴族学園で、三股をして女子生徒を怒らせた伯爵家令息の言葉だったと、マイケルは思い出す。

「女の子に興味はないんですか?」

「……まあ、それなりにはある」

「へえ、そうなんだ! 殿下は男色家だって有名なんで意外だなぁ」

「!?」

 なにやら、マイケルは男子生徒と一部女子生徒から、多くの女性にキャーキャー言われながらも誰にも靡かない凍結の王子と呼ばれているらしい。

「だってさ。殿下、女の子に性処理的な興味はあっても、恋人として人間として興味持ったことないっしょ?」

 石像のように固まるマイケルを置いて、浮気令息は立ち去っていった。

 マイケルは動けなかった。

 図星だったからだ。

 顔が可愛いなとか、体つきが大人っぽいなとか、そんなふうに思ったことはある。

 しかし、心を動かされたことはない。

 というか、女の子だけではない。

 男にも、子どもにも大人にも老人にも、自国民にも他国民にも、興味なんてない。

 マイケルは、実のところ、人に興味のない冷めた人間だった。

 だから、人の話を長く聞くことができるのだ。

 自分に関係のない話で、まったく感情移入しないからこそ、対立しているもの達の話を両方聞くことができる。

 マイケルはいつだって、ものごとを俯瞰して見ていて、当事者になることはない。

 だからこそ、人の輪を整えることができ、結果として『人に優しい王子さま』が作り上げられ、王子様は顔の無い人達に囲まれていく……。

   ~✿~✿~✿~

「婚約者が要る」

 思い立ったマイケルは、思わずそれを口にしていた。

 三つ下の弟のミゲルは「そろそろそういう年齢ですね」と頷いた。

 五つ下の弟メルヒオールは、「兄さん、女の子に興味あるんだ」と呟いた。

「どういう意味だ? メルヒオール」

「いや。兄さんは、年上のおじ様達といつも一緒にいるから、オジ専なんだと思ってた」

「!!?」

 去っていくメルヒオールを見ながら、石像のように固まるマイケル。

 隣にいたミゲルが、「あいつ、本当に失礼だな。ねえ、兄上!」と憤っていた。

 ミゲル、お前はそのままで居てくれ。

 マイケルはそう心の中で呟く。

 それにしても、これはまずい。

 このままでは、マグネリア王国のマイケル第一王子は男好きでオジ専になってしまう。

 放っておくと、他にどんな要素で塗られるかわかったものではない。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?