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第2章 第5話

 宿屋に戻った三人は、二階の一室を借りた。部屋を借りたのは騎士団に所属する短髪の男性だ。短髪の男性はアジュガと名乗り、部屋を借りた。

 畳の部屋に入ると、まずは手当をするべきだろうとアジュガから提案があり、ブリードは手当を受けた。といっても、擦り傷程度の怪我くらいしか負っていないため、治療は魔術によるものではなく、塗り薬だった。

 アジュガは座布団に座ると、シェルを目の前の畳に置いた。

 「フリージア殿。聞こえますかな」

 「はい。では、聞くとしましょうか」

 それからシェルを通して、ロゼは今までの出来事をフリージアに話した。ヴォルトが本物の精霊であることや、闘技場を台無しにした犯人だと騎士に間違われたこと。ブリードが自分を人質にして逃亡することを決めたこと。逃亡した先で魔物の噂を聞き、何とかしようと思い、動いたことなど。細かく話した。ブリードとヴォルトは悪い人物ではない、とロゼは弁解した。ヴォルトについては詳しく質問された。しかし、本人が記憶を失っているため、答えられる質問は少なかった。

 「そうですか……。わかりました。闘技場での件は不問とします」

 「よかった」

 安堵するロゼ。しかし、ヴォルトはまだ、警戒していた。実行犯であるヴォルトまで不問というのはおかしい話だからだ。腕に包帯を巻くブリードも、同じことを思った様子で、ぴくり、と治療の手を一瞬止める。フリージアが言葉を付け加える。

 「ただし、条件付きですが」

 「え?」

 ロゼは条件付きという言葉を聞き、固まった。何か罰を受けなければならないのか、と心配したからだ。

 ヴォルトがフリージアに訊ねる。

 「条件とはなんだ?」

 「ブリードさん、ヴォルトさん。二人には、ロゼさんと共にコアを捜索してもらいます」

 「コア?」

 不思議がるヴォルト。ブリードは、海底洞窟での事を思い出す。

 「そういえば、海底洞窟にいた人魚も、そんなことを言っていたな」

 「フリージアさん。何ですか、コアって?」

 「コアとは、精霊が創ったとされる宝玉のことです。コアには、絶大な力が宿っているため、悪用される可能性があります。海底洞窟にいた得体の知れない組織や、私利私欲のために使おうとする輩などの手に渡るととても危険なのです。だから騎士団は通常の任務をこなしつつ秘密裏にコアを探しているのです」

 「それでは、騎士団は精霊の存在を認知していたのですか?」

 「ごく少数ですが、知っている者はいます。話を戻しましょう。ロゼさん。コアや精霊のことを知ったあなたに、コアの捜索を頼みたいのです」

 「で、でもわたし、騎士学校が」

 「そこは問題ありません。ロゼさんには特別実技ということで学校側にすでに連絡が入っているはずです。ロゼさんは今日から小隊の隊長、というわけです」

 「ちょっと待てよ」

 口を挟み、ブリードが反論する。

 「勝手に決めんなよ。俺にはシルフを探すっていう用事が」

 「シルフ。確か闘技場でも言っていましたね。精霊のことでしょうか?」

 「ああ」

 「でしたら、かえって好都合だと思います。コアは精霊とゆかりのある物。コアを探す過程で、精霊について何かわかるかもしれません」

 「けど」

 「精霊の居そうな場所など、当てはあるのですか?」

 「それは。ないけれど……」

 「俺はロゼと同行しよう」

 「決断、早っ。ヴォルト。本当にいいのかよ? もしかしたら騎士団の雑用を押し付けられるかもしれないぞ」

 「当てもなく行動するよりよっぽど効率的だ」

 「はあ……。わかった。俺も同行するよ。確かに騎士団の犬になった方が、いいかもしれない」

 「それで。コアという宝玉は、どこにあるんだ?」

 「そうですね。まず、我々の調査では、コアは全部で三つ存在していることが判明しています」

 「三つ。思っていたより少ないな」

 と、ヴォルトが顎に手をやる。

 「一つは、あなた方が出会った、あの竜の魔物に。我々はあの魔物を海竜と呼んでいます」

 「海竜、ね」

 「残り二つの場所は、まだ判明はしていません。ただ、伊賀の人間なら、何か知っているかもしれません」

 「伊賀?」

 聞き慣れない単語を、ロゼは脳内で反復した。しかし、やはり知らない単語だった。フリージアが説明する。

 「隠れ里に住む民族です。里の正確な場所が不明の上、伊賀の人数が少ないこともあり、話を聞くことも困難でして……」

 「なるほど。では、その伊賀の人間とやらを探すのが良さそうだな。現状、俺たちだけで海竜を倒すことは難しいからな。人探しか。相当、時間はかかるだろうが」

 「そうですね」

 ロゼとヴォルトが意気込む中、ブリードが割って入る。

 「あのー。すいません。話の腰を折るようで悪いんだけど」

 「どうした?」

 「いやあ、その伊賀の人間って、俺のことなんだよね」

 「ええ!?」

 「本当か?」

 驚く二人。会話に加わることのなかったアジュガも、目を見開いた。皆、言葉が見つからないのか、ブリードの苦笑いだけが部屋を包む。やがてシェルから声が聞こえた。フリージアだ。

 「では話が早いですね。ブリードさん。あなたは小隊を伊賀の里まで案内してください」

 「まあ、一度、里には帰ろうと思っていたし。了解」

 「それでは隊長のロゼさんには、騎士団と連絡が取れるシェルを受け取ってもらいます。アジュガさん。よろしくお願いします」

 「おう。シェルを渡せばいいんだろう」

 「はい。では今回はこれで話を終了とします。アジュガさんは部下を連れて、戻って来てください。」

 シェルからの音声が途絶える。シェルを停止したのだろう。アジュガは大きな声で三人に話しかける。元々の声が大きい人物なのだろう、とブリードは理解した。

 「よし。それじゃあ、我々は帰還するとしよう! 海竜とやらの報告をまとめないとならんからな。ロゼと言ったか。シェルなら我々の荷物に入っているから、荷物ごと受け取ってくれ。がはは!」

 ではな、とアジュガとその部下は部屋を出た。三人だけが部屋に残る。

 「二人とも、なんだか大変なことに巻き込んでしまって、申し訳ありません。あの、隊長だからって、固くならないでほしいです。わたしも、これからは砕けて話そうと思うので」

 「いいんだ。どうせ当てのない旅になるはずだったんだから。これからよろしく」

 「隊長の命令なら、ある程度は聞こう」

 「はい。よろしくお願いします!」


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