蒼い鱗を持つ魔物が、地を這って猛スピードで突進してくる。三人は散り散りになって回避した。魔物が壁に衝突する。激突した壁から石の破片が飛び散った。
ダイブするように回避したブリードは、地面を転がりながらも相手を視界に捉えていた。すぐに起き上がると、刀の持ち手に紐でぶら下げたクリマからエネルギーを引き出す。
「食らえ!」
ブリードは刀を二回、横に振るった。すると、刀を振るった際の軌跡が、クリマのエネルギーによって具現化される。飛翔する斬撃は、魔物に向かう。緑色の斬撃が魔物に命中した。ブリードが苦々しく口にする。
「あんまり効いてないな」
「ガアアアアッ!」
叫んですぐ、魔物が尻尾を横に振るう。狙いはブリード。ブリードは刀身で尻尾を受け止めるが、力負けして吹き飛ばされた。吹き飛んだブリードは地面を数回、転がった。
「ブリード!」
このっ、とロゼが火の玉を呼び出す。今度の火の玉は、先ほどの倍の八つ。ロゼを取り囲むように浮かぶ火の玉が、魔物の顔面に直撃した。小さな爆発がいくつも起こる。
続いて、ヴォルトが攻撃を浴びせようと動く。ヴォルトは助走をつけると、大きくジャンプした。空中で右足に雷を纏わせ、思い切り右足で蹴りを入れる。蹴りは魔物の長い首にヒット。しかし、大したダメージを与えることはできなかったようだ。魔物はヴォルトを睨みつける。
「まずいな」
魔物が、地面に着地したヴォルトに噛みつこうとする。大きく口を開くと、鋭い牙が見えた。
しかし、魔物はヴォルトに噛みつくことを寸前で止めた。ブリードが飛翔する斬撃を放ったからだ。斬撃は、ヴォルトと魔物の間に割って入るように飛んだ。魔物の動きが少し止まる。その隙にヴォルトは後ろへと距離を取る。
「こいつ……」
「強い」
ヴォルトとブリードは、魔物の力量を理解した。レベルが違う。
「ガアアアアアア!」
魔物は咆哮をあげると、ロゼの方へと突撃する。ロゼはクリマが埋め込まれてある杖を構えた。シールドを発生させ、耐えようと考えたのだ。いつまで魔物の攻撃を防ぐことができるか、怪しいが。
ロゼとの距離が近くなる。そのとき、「せいっ!」と女性の声が聞こえた。視界の外から一本の槍が飛んできた。槍は魔物の目に当たる。槍が刺さり、魔物はのたうち回った。槍を投げた人物の名前をフランクが叫んだ。
「アイリスさん!」
アイリスさんと呼ばれた、金色の髪を持つ女性が、フランクを叱る。
「まったく。勝手に先行して海底洞窟に突っ走るとは、何を考えている。お前はもう少し集団行動に慣れろ」
「すみません。役に立ちたくて」
「グルルルル……!」
唸る魔物。魔物とアイリスの目が合う。
「こいつか。コアを持っているのは」
「ガアアアア!」
魔物はアイリスに向けて雄叫びをあげる。アイリスは腰に付けたクリマを確認する。槍は手元にないが、それでも戦うつもりの様子だ。
その場にいた全員が、再び戦闘が始まると思った。しかし、野太い声が全員の注目を集め、止めた。
「そこまでだ!」
と、短髪の男性が、制止する。男性は鎧を着ていて、傍にも鎧を着た人間が二人いた。
「ちっ、騎士団か」
アイリスが舌打ちをすると、魔物は海へ潜っていった。逃走したようだった。アイリスがフランクに指示する。
「逃がしたか。フランク、行くぞ。今すぐこの場を離れる!」
「逃がすか」
騎士二人がアイリスたちの方へ走る。どうやらアイリスとフランクは騎士に追われる身のようだ。
「フランク」
「了解っす!」
フランクが杖を掲げた。すると、大量の煙が発生し、洞窟内を包んだ。騎士二人は咳き込み、足を止める。その隙に、アイリスとフランクが走る。煙が充満し始めたため、視界が悪い。アイリスはロゼにぶつかりそうになった。
「ん……。お前、もしや」
「え?」
アイリスが、ロゼの顔をじっと見つめる。
「アイリスさん。早く逃げるっすよ!」
「……ああ」
騎士が魔術を行使したことで、煙が晴れていく。その頃には、アイリスとフランクの姿はなかった。ブリードとヴォルトがロゼの元へ駆け寄る。
「ロゼ。無事か? なんか話をしていたみたいだけど」
「ブリード。いえ、特に心配されるようなことは」
「それより、どうする? 力ずくでここを突破するのは難しいぞ」
ヴォルトがロゼに訊ねた。騎士二人が、じりじりと距離を詰めてきている。ブリードは刀を、ヴォルトは拳を構える。
「その心配はいりません」
声は短髪の男性から聞こえた。女性の声だ。不思議に思い、小首を傾げたヴォルト。それを見た短髪の男性が、懐からシェルを取り出した。声はシェルを通して聞こえた。遠隔からの音声のようだ。
「この声……」
声の主に、ロゼは心当たりがあった。女性はロゼに向けて話す。
「ロゼさん。フリージアです。心配はいりません。騎士への誤解は、私が説明しておきました。少し話がしたいのですが、よろしいでしょうか。そちらにいるお二方にも話があります」
シェルを持っていた短髪の男性が、がはは、と笑う。
「まあ、そういうわけだ。ここではなんだし、一緒に来てくれるか?」
争う必要はなさそうだ、と判断したブリードは、ゆっくりと刀を鞘に収めた。