目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第2章 第1話

 小舟が海上を進む。波は穏やかだ。小舟の後ろにはシェルが搭載されていて、推進力を生み出している。小舟の向かう先に岸が見えることから航海は順調のようだ、と操縦しているブリードは一息ついた。闘技場は小島にあるため、時間稼ぎのためにも海を出て、いっそそのまま逃げてしまおうとなったのだ。

 二人は座り込んでおり、内一人のロゼは、むすう、と不満げだった。ブリードが苦笑しながら謝る。

 「悪かったよ。人質にして連れ出して」

 「それもありますけどね。もっと騎士団を信用しても良かったんじゃないですかー。ここまでしなくても」

 「あはは。ごめん、ごめん」

 「すまない」

 長い沈黙が流れる。あれから、ブリード、ロゼ、ヴォルトは小舟をレンタルさせてもらい、闘技場の島から出た。お互い親しい関係ではない上、ロゼとヴォルトに至っては一度、敵対している。魔物相手に共闘した時は上手くコミュニケーションが取れていたが、今はどうもそうではないかもしれない。要するに、少し気まずい。

 しかし、このままというわけにもいかない。沈黙に耐えきれなくなったロゼは「はあ」と海に目を逸らしてから、二人に話しかける。

 「とりあえず、自己紹介でもしましょうか」

 胸に手を当て、ロゼが更に続ける。

 「わたしは、ロゼ・アルバ。騎士になるため、訓練生に所属しています。今日は特別に闘技場で観覧していました」

 「へえ。その訓練生が今じゃ、闘技大会を台無しにした奴らのお仲間か」

 にやにや笑うブリードに、ロゼはむっとなった。ロゼはブリードを指差す。

 「あなたのせいで変に話がこじれたんですー。そういえばあなた、変わった服装ですね」

 「ああ。住んでいる場所の文化で、ちょっとな。俺はブリード。シルフっていう精霊を探しているんだけど、どこかでそんな話を聞いたことはないか?」

 ブリードの言葉に、ヴォルトが目を向ける。表情は変わらないが、ブリードの話に興味を持った。

 「シルフは知らないですけど、こちらのヴォルトさんは精霊らしいですよ」

 「本当か!? なあ、知らないか? 風の精霊で、ものすごく自分勝手なやつ」

 ブリードに訊ねられ、渋々、ヴォルトも会話に加わった。

 「俺は今まで、何百年も人間に封じられ、ずっと行動を制限されていた。だから、この時代の常識すら、俺にはわからないことがある」

 「なんだ。じゃあシルフについては」

 「知らないな」

 ブリードは肩を落とす。

 「封印されている間、俺は今の姿に転生した」

 「転生?」

 聞きなれない単語を聞き、ロゼは首を傾げた。

 「封印の影響か、転生の影響か、あるいは複合的な理由かは不明だが、その際、記憶のほとんどを失った。だが、自分が精霊であること。そして俺が封じられる前は、世界には様々な精霊が存在していたことを覚えている。だが、今の時代では精霊の気配が感じられない。闘技場とやらでようやく気配を感じたと思ったが、結局、探せなかった」

 ロゼの目をじっと見つめ、ヴォルトが訊ねる。

 「一体、精霊に何があった。精霊は今、どこにいる?」

 ロゼは視線を逸らした。

 「そんなこと、わたしに聞かれても……。大体、精霊は実在しない、架空の存在だと思っていたので。というか、大半の人間はそう思っていますよ。ブリードが特殊なだけです」

 「そうなのか」

 しゅん、と落ち込むヴォルト。そのとき、突然、小舟が大きく揺れだした。先ほどまで穏やかだったはずの波が荒れている。これは普通ではないと三人は察した。

 「なんだ? 何が起きている」

 ヴォルトがつぶやく。ブリードは小舟の操縦につき、ロゼは海面を見る。海面には、大きな黒い影があった。

 「真下に何かいます!」

 二人の目にも大きな影が映る。ブリードはシェルの出力を上げた。小舟が加速する。

 「こういうでかいやつは、大抵、浅瀬には来られないもんだ。しっかり掴まっていろよ!」

 ブリードの操縦で加速していく小舟。そして小舟を追いかける黒い影。すると、向こう岸の砂浜で、大勢の村人らしき人物が弓や杖を構えていた。男性が、ブリードたちに向かって叫ぶ。

 「おーい、お前ら! 援護してやる。流れ弾に気をつけろー!」

 放て、と男性が合図を送ると、一斉に砂浜にいる人間が攻撃を開始した。

 「どう気をつければいいか、教えてほしいのだが」

 「なんとかするしかないだろ!」

 矢とエネルギー弾の雨が降り注ぐ。ブリードは右へと舵を切り、矢をかわしていく。

 必死に小舟にしがみつき、後方を確認するロゼ。すると、影に三つの光があることに気づく。三つの光のうち二つは、目のように見えた。

 小舟の勢いは止まらない。小舟が猛スピードで砂浜に打ち上げられる。砂浜を滑り、小舟が止まる。

 慌てて近くにいた村人たちが確認すると、三人は気絶していた。


 ☆


「う、ん……」

 ブリードが目覚めた。辺りを見回すと、畳の部屋に寝かされていたことがわかった。何があった。記憶を掘り起こす。ぼんやりする頭を働かせ、思い出す。そうだ。自分はロゼとヴォルトと一緒に港を出て、それから砂浜に突撃したのだった。ブリードは、自分が気絶したことを理解すると、声をかけられた。

 「おう。起きたか」

 先ほど、流れ弾に気を付けろと叫んでいた男だ。日に焼けた肌。ロゼの褐色の肌よりも黒い。

 「さっきの。というか、ここは?」

 「俺の女房が経営している宿だ。そこから、お前らの乗っていた船が見えるぞ」

 男は部屋の窓を指差した。ブリードが窓に近づくと、海と砂浜、それから半壊した小舟が見える。ここが二階に位置する場所であることも理解した。

 「お前らは運が良い。本当なら今頃、さっきの化け物に沈められていたぜ」

 「いつも、あんなの相手に漁業をしているんですか? 命がいくつあっても足りないんじゃ……?」

 「まさか。今じゃ誰も海に近づこうとはしないさ。ここ最近、海面上昇が続いているだろう? その影響か、あの化け物が現れるようになってよ。で、皆で退治できないか試そうとしていたところだったわけよ。ああ、そうだ。化け物なら、沖へと帰って行ったぜ」

 「なるほど……。そういえば、俺と一緒にいた二人は?」

 「ああ。女の方なら、女房が面倒を見ていて別の部屋だ。もう一人の方はさっき目が覚めて、下に降りて行ったぜ」

 「そうですか。ども。ありがとうございます。」

 「気にするな。さて、と。俺はそろそろ戻るかな」

 男が部屋を出る。ブリードは白い髪をがしがしとかしむしった。

 「俺も下に行ってみるかな」

 立ち上がり、ブリードは布団を畳んだ。それから部屋を出て、階段を下りる。一階へと下りると、渡り廊下でヴォルトが数人の村人に囲まれているところを発見した。村人の老人がヴォルトをまじまじと見る。

 「へえ。精霊ねえ」

 「ああ。そうだ」

 村人は、ヴォルトが精霊であることを知ったらしい。興味深そうに見る者や面白半分で見に来た者などの野次馬に囲まれているようだ。ただ、精霊であるという事実を鵜吞みにしている者はいなさそうだった。

 ブリードは廊下に設置されている机を見つけた。机の上には紙の束とペンが置かれてある。

 「すいません。これってなんですか?」

 と、ブリードが小太りの女性に話しかける。

 「ああ、それね。ここ、特別な伝書鳩を貸し出していて、書いた手紙を宿の人間に渡せば、伝書鳩で届けてくれるんだよ。数や飛行距離には制限があるけどね」

 「へえ。なるほど」

 説明を終えると、女性はヴォルトのいる人だかりへと歩いていく。少し考えるそぶりを見せた後、ブリードはペンを握った。

 「里の皆に連絡しておくかな。本当なら、もうすぐ帰っている頃だろうし」

 ヴォルトと村人たちの話し声を聞きながら、ブリードは手紙を書いた。ブリードが手紙を書き終えた頃、ロゼが二階からやってきた。ヴォルトの周囲には、先ほどよりは少ないが、まだ人が集まっていた。

 「二人とも、ここにいたんですね」

 「ん。まあ、な」

 「俺たちに何か用でもあるのか?」

 ロゼはこくりと頷いた。

 「二人は、ここに来るときに遭遇した魔物が、村の人たちを困らせていることを知っていますか?」

 「そういえば、そんな話を聞いたな」

 ヴォルトに続き、ブリードも答える。

 「ああ、俺も」

 「わたし、騎士を目指す者として、この事を見過ごせません。騎士への誤解が解けるまでの間、じっとしていようと思っていましたが、わたしは魔物の対応策を村の皆さんに考案するため、魔物の調査、可能なら討伐を視野に入れて行動したいと考えています。そこで、二人のお力を貸してほしいんです。二人はとても強いですし、それに闘技場で……」

 「悪いけど、それはできない」

 「えっ?」

 「俺の目的は、シルフを探すこと。ただでさえ騎士のせいで動きにくいっていうのに、これ以上、面倒ごとに付き合っていられないな。ここは港町みたいだし、俺はさっさと港の船に乗るつもりだ」

 ロゼの誘いをブリードが断ると、続けてヴォルトも拒む。

 「俺も協力はできないな。そもそも俺はお前たちと違い、闘技大会を台無しにしたことは事実だ。そんな奴が、騎士が追いかけて来るかもしれないという時に、魔物退治をすると思うか?」

 「それは……」

 「魔物退治をしていたら捕まってしまう。だから可能なら、俺もすぐにここを離れたい」

 「それならいっそ、二人で港に行かないか?」

 「そうだな。別に構わない。俺とお前の目的は、少し似ているところもあるからな」

 二人が話を進める中、ロゼは残念そうな表情を見せた。だが、彼らの言い分ももっともだ。納得したロゼは、表情を元に戻し、二人に話しかける。

 「わかりました。すぐに船に乗れるといいですね」

 「ああ。そうだな」

 「迷惑かけてごめん。割と楽しかったよ」

 二人は宿の外へと出て行った。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?