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第1章 第2話

 会場はパニックになっていた。突然の魔物の暴走に、逃げ惑う人々。司会が落ち着いて行動するように促すが、司会の口調から動揺が伝わるからだろう。効果は感じられない。

 「おいおい。何があったんだ……?」

 刀を肩に乗せ、ブリードは暴れ回る魔物を見る。

 「おい。お前も逃げた方がいいぜ。さすがに、この数をいっぺんに相手にするのは厳しい」

 ブリードの近くに駆けてきた、猪に似た魔物の横っ腹を、決勝相手の魚人が槍で貫く。それから魚人は会場の外へと走り去っていった。言葉通り、逃げるようだ。

 「確かに、これは逃げた方が良さそうだ」

 刀を鞘に納めるブリード。すぐに走り出すが、女の子の泣き声が聞こえた。声のした方を見ると、足をさすっている女の子がフィールドにいた。近くには綿あめが地面に落ちている。観覧席には母親と思われる人物が、人ごみをかきわけようとするが、人の波に押されているようだった。母親が何か叫んでいる。女の子の名前だろうか。

 ブリードは舌打ちをした。


 ☆


 ライオンに似た、全長十メートルを超える魔物が、女の子の方へと近づいていく。女の子は足をくじいた様子で、座り込んでいる。立ち上がろうと、必死になる女の子にライオン似の魔物が咆哮をあげた。やがて魔物の影が女の子に届き、女の子は涙を浮かべた。魔物は自身の前足を上げ、女の子を叩き潰そうと振り下ろす。

 「危ない!」

 叫んだロゼが、女の子の元へ走る。間一髪のところで杖を使い、ドーム状のシールドを張った。薄緑色のシールドはロゼを中心に展開され、二人を守る。が、魔物の攻撃はおさまらない。魔物は何度も頭突きや前足による攻撃を繰り出す。

 その光景を見ていた騎士団長は焦る気持ちを抑え、近くの魔物を蹴散らしつつ、ヴォルトとの戦闘に集中していた。

 騎士団長が剣を振るい、目の前の小さな狼型の魔物を薙ぎ払う。すると、ヴォルトが宙へ飛んだ。それからヴォルトは騎士団長の真上まで距離を詰めると、雷を足に纏わせ、かかと落としを繰り出す。その攻撃を騎士団長は盾で防いだ。その瞬間、電撃が弾けフラッシュが起こる。距離を取るため、二人は互いに後方へと身を引いた。

 「止めるんだ、ロゼ君。その魔物は、君一人でどうにかできる相手ではない。戻るんだ!」

 今なら、女の子を見捨てればロゼは助かるかもしれない。ロゼを説得する騎士団長の表情は焦りのせいか、険しい。騎士団長の言葉を聞いたロゼは動かない。杖を握ったまま離さない。シールドの展開に集中していた。逃げるつもりはないようだ。

 「くっ。このままでは……」

 騎士団長に、猿に似た魔物が後ろから飛びかかった。騎士団長は盾をぶつけ、すぐさま剣でなぎ倒す。その僅かなやり取りの間に、ヴォルトが動いた。ヴォルトは無言で戦闘フィールドへと走る。

 「待て、何をするつもりだ!」

 「がるるるっ!」

 「くそ」

 ヴォルトは騎士団長の声に耳を貸さなかった。道を阻む、鳥や狼に似た魔物をかわし、ロゼと女の子を襲っているライオン似の魔物へと突き進む。

 ライオン似の魔物は攻撃を続けていた。他の魔物はライオン似の魔物に恐怖したか、距離を置いていた。ロゼたちの周囲にいるのはライオン似の魔物だけだ。

 シールドの色が、薄くなっていく。攻撃を受け続けたせいだろう。シールドが壊れるのは、時間の問題だった。

 「大丈夫。きっと騎士が助けに来てくれるはずだから。大丈夫だからね」

 ロゼは自分の後ろに隠れている女の子を安心させるため、落ち着いた口調で話す。が、騎士の大体は、ヴォルトという少年に倒されたか、避難の誘導に当たっている。来るとしたら騎士団長くらいだが、あれからどうなったかわからない。

 ダメかもしれない。不安がよぎったそのとき、シールドに小さな亀裂が入る。やられる。魔物が再び咆哮をあげた。

 「えっ……?」

 するとロゼの瞳に、魔物に突っ込む二人の少年の姿が映った。

 「「はああああっ!」」

 魔物の顔面にめり込む、刀と拳の突き。魔物は数回、地面に転がりフィールドの端へと追いやられる。水面が激しく揺れる。

 ばしゃり、と地面に着地する二人。着地した際に、水しぶきが起きた。

 「あんた、騎士……じゃないよな。まともな奴ならこんなバカな真似はしないぞ」

 と、ブリードがヴォルトに話しかける。ヴォルトは淡々と答えた。

 「俺が騎士と戦ったために魔物が逃げた。そのせいで被害者が出るのは、面白くない」

 「ふうん。なるほど、ね。まあ、わからないでもないかな。そういうの」

 飄々とした態度のブリードに、今度はヴォルトが訊ねた。

 「お前は?」

 「ん?」

 「そういうお前は何故ここにいる? 関係者ではないのだろう?」

 「んー」

 少し考えた後、ブリードは含み笑いをして答えた。ブリードの脳内に、誰よりも自由な精霊の顔が浮かぶ。

 「ただの気まぐれさ」

 ヴォルトは首を傾げた。ブリードの言葉が理解できなかった。

 「がああああ!」

 ライオン似の魔物がゆっくりと起き上がった。まだ動けるようだ。うなり声をあげ、ブリードたちを睨んでいる。

 「俺の名前はブリード。あんたは?」

 「ヴォルトだ」

 「会ったばかりで悪いけど、協力してくれないか?」

 「勝率が上がるのなら、別に構わない」

 「あの、わたしも手伝います!」

 杖を持って、二人の間にロゼが立つ。杖の先端に、クリマをはめ込んだ。戦闘はできるらしい、と判断したブリードは「わかった」と言い、ヴォルトは無言で頷いた。

 ライオン似の魔物が真正面から飛びかかる。ブリードとヴォルトはそれぞれ左右に分かれるように駆けだした。魔物はロゼに噛みつこうと突撃。ブリードとヴォルトには目もくれない。魔物の狙いはロゼのようだ。

 しかし、ロゼはぎりぎりまで引き付け、シールドを展開させた。魔物はシールドに激突。頭を打った魔物はたまらず天を仰いだ。

 「はあああ!」

 次はブリードが追い打ちをかける。大きくジャンプして、魔物の顎を斬り上げる。

 「があっ!」

 滞空中のブリードに攻撃しようと、魔物は前足を振るおうとする。上下逆さまなブリード。その顔には笑みが見える。

 「やらせはしない」

 ヴォルトが水面に両手を突っ込んだ。紫色の雷を放出する。雷は這うように水面を走り、魔物を襲った。魔物の動きが止まる。

 「もらい!」

 滞空しているブリードが、とどめの一撃を放つ。身をひねって、回転。大きく横に刀を振るった。

 「が、がああ」

 顔を斬りつけられ、魔物が倒れる。まだ息があるようだが、立ち上がれないようだ。

 三人はそれぞれ呼吸を整える。すでに大半の魔物は逃げたか、騎士に倒されたため、フィールド内にはあまり残っていない。

 ロゼの後ろにいる女の子を母親が呼び、駆け寄る。動けない女の子を抱きしめた。

 「今のうちに逃げてください」

 落ち着いた口調を努めて、ロゼは母親に指示する。母親は頭を下げ、お礼を言った。女の子を抱きかかえ、走る。

 「いたぞー! そこにいるのが侵入者だ!」

 遠くの方から騎士が叫ぶ。他の騎士が三人に近づいてくる。これで事態は収束するだろう。一安心だ。三人は一息ついた。

 「無理に突っ込まず、囲んでから連中を捕らえろ!」

 「「……へ?」」

 連中。その言葉に、ブリードとロゼがぽかんとした表情になる。ヴォルトが冷静につぶやいた。

 「ん? 奴ら、何か勘違いをしているようだな。共闘したからだろうか」

 「そんな……!」

 ロゼは騎士団長と共にいたが、そのことを知る騎士は少なかった。騎士の格好をしているわけでもない。

 「さあ、おとなしくしろ!」

 「待て! その娘は私の知人だ。手を出すな」

 遠くから騎士団長が声をはる。魔物はまだ多く、こちらには来られない様子だ。騎士たちは「え?」、「しかし……」と動揺し始めた。

 「へえ。そういうこと」

 状況を察したブリード。完全に巻き込まれただけだが、全てを理解した途端、悪い笑みを浮かべた。

 「ブリード、さん?」

 この状況下で笑顔のブリードに気づいたロゼが、声をかける。ブリードは振り向き、刀の切っ先をロゼに向けた。ロゼは目を丸くする。

 「え?」

 「動くなー!」

 周囲にいる全員に聞こえるように、わざとらしく大声をはりあげるブリード。騎士団長はブリードのしようとしていることをすぐに理解して「まさか」とつぶやく。止めなくては。が、大きな猿の魔物が騎士団長を殴り続ける。盾で防御をし、隙をつくしかない。

 「この女がどうなってもいいのか。ああ!?」

 「ちょっと、ブリード?」

 「なるほど」

 ヴォルトもブリードの行動の意図を察した。ロゼの腕を掴み、反抗できないようにする。

 「なんて卑劣な!」

 と、騎士の男が台詞を吐く。よし。ブリードはヴォルトと目配せする。それからロゼに向けて笑顔を見せた。はにかんだ笑顔。まるで無邪気な子どもそのものだ。

 「二人とも、瞳を閉じておけ」

 ヴォルトが手のひらを天に向ける。すると大空に何かを放った。雷が下から上へと駆け上がるような動き。その何かは空中で破裂して、周囲に強い閃光を放った。白い雷光が辺りを照らす。

 「ぐっ。眩しい」

 「今のうちだ」

 「おう」

 ブリードたちが駆け出す。騎士の視界が回復した時には、三人の姿は戦闘フィールドの外にあった。騎士が叫ぶ。

 「貴様ら。待てー!」

 「待てと言われて待つやつは、そういないだろう」

 「あははは、そりゃそうだ!」

 「ああ、もう。まったく」

 説明すれば、もしかしたら解決するかもしれないのに。ロゼは呆れた。が、不思議と悪い気がしない。三者三様、異なる笑みを見せつつ、ブリードたちは闘技場から逃げ出した。

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