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Re:サーキュレーション・サーガ
紫津夕輝
異世界ファンタジー冒険・バトル
2024年08月04日
公開日
21,256文字
連載中
騎士団が世界の治安を守り、一つの大国にまとめあげた世界。
近年、世界では海面上昇や大雨が問題となっている。そんな中、一人の少年が、架空の存在とされている精霊を探すため、闘技場に参加する。
そこで出会ったのは、雷の精霊と、騎士になることを夢見る少女だった。

第1章 第1話

 街は活気に満ちていた。二日前から祭りを開催していて、今日は闘技場の決勝が行われるからだ。

 小さな女の子が、綿あめを片手に持ち、もう片方の手で母親の手とつないでいる。

 街行く人で賑わいを見せる中、一人の少年が足を止めた。女の子は不思議そうに少年を見つめた。

 「ここか……」

 少年がつぶやく。紫の髪に雷のような、ギザギザの黄色いメッシュ。あまり見ない髪型だ、と女の子は思った。すると、少年の体から一瞬、静電気のような雷がほとばしった。

 「お母さん、見て。あのお兄ちゃん、体から電気を出しているよ」

 「そんなわけないでしょ。さあ、入りましょう」

 「で、でも」

 母親と女の子は闘技場の観覧席へ行くため、会場の入り口を通った。やがて少年も闘技場へと足を踏み入れる。


 ☆


 青空の下、すり鉢状の闘技場ではたくさんの観客が歓声をあげている。

 観客が注目しているのは、一人の少年だった。少年の服装はこの辺りでは見ない、和服だ。闘技場の戦闘フィールドに立つ和服の少年は、ぼんやりと雲を眺めていた。対戦相手がまだ来ないのだ。

 「ブリード! 次の試合も期待しているぜ!」

 観客の誰かが少年の名前を叫んだ。声のした方へ視線を移し、微笑んだ。

 「さあ! いよいよ準決勝が始まろうとしています!」

 司会の声だ。司会の男は貝殻を手に持ち、アナウンスする。シェルと呼ばれる、貝殻でできたアイテムは音楽の録音や、連絡を取る手段、そして司会の行っているように声を拡張することなど、様々な用途に使われる。

 茶髪の若い男が、戦闘フィールドへとやって来る。フィールドには、くるぶしほどの高さまで水が入れられていて、対戦相手である男が歩くたび、水面が揺れた。

 茶髪の男は、腰に下げた短剣を二つ抜刀。逆手に持ち、構えた。ブリードも腰に差した刀を引き抜く。

 「それでは両者、レディ……」

 ゴングの音が鳴り響く。

 「ファイト!」

 開始と同時に男は動いた。短剣の持ち手にはめ込まれている石――クリマの力を引き出し、短剣に炎を纏わせた。二つある内の一つをブリードに向けて投げる。

 「おっと」

 ブリードは会場に満ちた水を刀で打ち上げる。水は柱となり飛んでくる短剣を止めた。だが、男の動きは止まらない。もう一つの短剣を握りしめ、ブリードに向かって駆ける。水柱ごと斬るつもりのようだ。

 男は、ブリードを守るかのように立っている水柱を横に一薙ぎする。水柱は上下に裂けた。しかし、肝心のブリードの姿が見当たらない。男は慌てて眼球を左右に動かし、ブリードを探す。

 「ここだよ」

 声は男の真上から聞こえた。タイミングよくジャンプしていたのだ。金属音が鳴り響く。男の持っていた短剣は、落下してきたブリードの斬撃によって弾かれ、空高く飛んで行った。次いで、着地したブリードが男の喉元に刀を向ける。勝負あった。

 「勝者、ブリード!」

 「ふう」

 歓声があがる中、息を整えるブリード。

 「続いて、決勝戦と参ります。ブリード選手、休憩はなしです」

 「ええ……」

 「ついに決勝戦! 観覧されている騎士団長タレス様も、ここまでくると目が離せないとのことです」

 「ああ。そういえば、観覧席で騎士の何人かが、試合を見ているらしいな」

 息を整えたブリードは、騎士団と司会がいると思われる方へと視線を移す。しかし騎士団長の姿は、ブリードからは見えない。

 視線を戻すと同時に、大きな歓声があがった。決勝戦の相手が歩いてきたのだ。白い肌。灰色に染まった長髪の、大柄な男。特徴的なのは、手に水かき。そして首にはエラがある。

 「魚人族か」

 赤い三又の槍を持つ、魚人の男が、手のひらサイズの巻貝――シェルを使い、会場全体に宣言する。

 「やってやるぜ! 一分だ。一分でこの勝負を終わらせる! 相手はひ弱そうなガキだしな」

 挑発的な発言で観客やブリードをひとしきり煽ると満足したのか、シェルをブリードに投げ渡した。魚人の男は顎でブリードを指す。お前も何か言え、ということらしい。少し考えた後、ブリードは大きく息を吸った。


 ☆


 「どうだい、あの魚人の男、なかなかの人材だと私は思うのだが」

 特別席に座っている男が、その後ろに立っている茶髪の少女に話しかける。戦闘フィールドでは、魚人の男がブリードにシェルを投げ渡していた。

 「そう……ですね」

 と、茶髪で褐色肌の少女は曖昧な返事をする。

 「やはり納得できないかい? 自分の小隊メンバーを、自分で選べるという優遇は。それもこうして騎士団長と直に話しながら」

 騎士団長タレスが、後ろを振り返った。

 「騎士学校主席が確定している、ロゼ・アルバ君」

 騎士団長の口調は優しかった。ロゼは首を横に振る。

 「そんな滅相もない。ただ、わたしは、その人の実力よりも……」

 そのとき戦闘フィールドでけたたましい声が響き、ロゼの声をかき消した。

 「シルフウウウウウウウ!!」

 フィールドから発せられたのはブリードの叫び声だった。観客の一部はうるさそうに耳を塞いでいる。ブリードは、更に空に向かって叫んだ。

 「突然いなくなりやがって、ふざけんじゃねえ!!」

 席に座っている騎士団長は、頬杖をつき、ブリードを見つめた。

 「彼にシェルを渡したようですね」

 今まで会話に参加していなかった女性が、誰に言うでもなく冷静な口調でつぶやいた。女性は騎士団長の隣で立っている。まるで従者のようだ。

 「シェル。魚人族の技術で生み出されたアイテム。通信、録音、再生などが主な用途となる。ですよね、フリージアさん」

 教科書で習ったことを思い出すように話すロゼに、フリージアは「ええ、その通りよ」と微笑んだ。

 「面白いな、彼」

 「えっ?」

 ロゼはブリードを見つめた。

 「何が大事な用があるから行ってくる。弱いから付いてくるなだ。精霊一、自由人なお前が、らしくねえんだよ! 心配するだろうが!」

 精霊。その言葉に観客はざわめきだした。精霊は絵本などに登場する、架空の存在だからだ。

 「精霊……」

 つぶやくロゼも、精霊を見たことはない。奇異の目でブリードを見る。が、不思議と嫌悪感は微塵もなかった。

 「お前は言ったよな。弱いからだめだって」

 刀を天に向けるブリードが、更に言葉を紡ぐ。

 「証明してやるよ。その辺の大人や魔物にも負けないってところを! この大会で優勝して、その金でお前を探す旅をする。待っていろよ!」

 にかっ、と歯を見せ笑うブリード。そのとき、慌ただしく一人の騎士が騎士団長たちのいる部屋に入ってきた。

 「失礼します!」

 「……何があった」

 と、席から立ち上がり、冷静さを維持する騎士団長が訊ねる。ロゼは、客同士の喧嘩が悪化したのか、と考えたが、それにしては大事の雰囲気を覚えた。騎士は顔を上げ、三人に伝える。

 「それが……男が、精霊ヴォルトと名乗る男が一人、襲撃してきました!」


 ☆


 闘技場の関係者以外立ち入り禁止のエリア。その廊下を歩く少年が一人いた。先ほど闘技場の前で、電気を発した少年だ。少年はやがて広い場所に出た。辺りには、檻に閉じ込められた無数の魔物がいて、少年を睨んだ。闘技用の魔物なのだろう。

少年は、きょろきょろと辺りを見回す。何かを探しているようだった。

 「ここでもないか」

 残念そうにつぶやいたそのとき、少年の前方から二人の騎士が走って来る。少年は、小さくため息を吐いた。

 「しつこい連中だ」

 「大人しくしろ!」

 二人のうちの一人が、槍を少年に向ける。すると少年の周囲で、紫色の電気が弾けた。騎士は驚く。

 「こいつ、クリマを使っていないのか? やはり本当に精霊なんじゃ」

 「俺は雷の精霊ヴォルト。邪魔をするなら容赦はしない」

 ヴォルトは拳を構えた。騎士は後ずさりをする。が、そのことを自覚した騎士は、無理矢理、自身を奮い立たせた。自分は皆を守る騎士。ここで引くわけにはいかない。

 「うおおおおおお!」


 ☆


 長い廊下を走るロゼと騎士団長タレス。部下のフリージアには避難の指揮を任せたため、別行動をしている。やがて、二人は広い空間に出た。一人の騎士が壁にもたれかかって倒れているのを発見した。

 「これは」

 ロゼが辺りを見回すと、更に数人の騎士が倒れていた。壁の一部は半壊しており、選手がいるフィールドが見える。

 立っているのは、二人だけだった。騎士と、紫色の髪をした少年。彼が報告のあった、精霊ヴォルトだろう。ヴォルトが最後の騎士に手のひらを向ける。すると手から球体の雷撃が放たれた。騎士は雷撃をまともに食らい、吹き飛んだ。

 騎士が吹き飛んだ先は、魔物を閉じ込めていた檻だった。騎士が檻に衝突すると、檻が歪んだ。魔物は歪んだことで生まれた隙間から外へ出る。猿のような魔物だ。興奮している様子で、周囲に氷塊を放ち、暴れ回った。その際に、大型な魔物を捕らえていた檻も破壊されてしまう。

 「まずいな。闘技用に捕獲していた魔物が会場に」

 騎士団長が苦々しく口にする。

 「面倒なことになったな」

 と、ヴォルトも淡々とした口調で、会場を見つめた。

 このままでは犠牲者が出る。魔物を倒すべきか、目の前のヴォルトを鎮圧すべきか。騎士団長は一瞬、迷った。その一瞬の間に、行動する人物がいた。ロゼだ。ロゼは戦闘フィールドへと走り出す。

 「わたしが行きます!」

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