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CASE 古城の病棟 -狂気展示場- 2


「私のこのお城は、そもそも精神病院なのよ。もしよければ、患者達を見ていかない?」

 イリーザの誘いに、セルジュは頷く。

 基本的に、仕事では無関心を装う事にしていたが、彼女はどうしても見て欲しそうだった。


 イリーザは、ランタンを持って、地下室へと案内してくれた。

 地下は、とにかく深いらしい。


「まず、102号室の患者ね」

 彼女はマジック・ミラーで出来ている、ガラスケースの場所へと案内する。彼らからは、セルジュとイリーザの姿は見えない。


 中には、一人の少年がいた。

 身体の所々に、包帯を巻き、ガーゼを貼り付けている。

 彼はひたすらに壁中に何かの設計図を描いている。

「定期的にペンを渡さないと、自分の血やその他の体液で文字を描き始めるの」

 どうやら、部屋の四方には既に大量の紙が積まれている。


「奴は、何を書いているんだ?」

「潜水艦の設計図。魚雷も。彼は工場から部品を盗んできて、なんと陸で、沢山の潜水艦や魚雷を組み立てていたのね。ちなみにお気に入りはJ国の人間魚雷『回天』らしいわ」

「……ああ、もう最高だな…………、……」

「次の部屋の患者は、105号室。彼も素敵よ」

 イリーザは、とても嬉しそうな顔をしていた。

 まるで、子供のようにはしゃいでいる。


 105号室の患者も異常だった。

 彼は全身に蜘蛛やサソリのタトゥーを彫っていた。

 そして、彼は生肉を食べているみたいだった。

 腰から、サソリの尾が生えて、両脇から蜘蛛の脚が生えていた。

 ハンモックを部屋に作っていた。

「なんだ? あれは?」

「彼は自分を蜘蛛男だと思っているし。サソリ男だとも思っている」

「どちらかにしろよ。それに、尾や脚はなんだ? 奴は人間なのか?」

「よく見て、タダの人体改造よ」

 彼女は微笑ましそうな顔をする。


 よく見ると、確かに尾や脚は、金属の上に甲殻っぽく色を塗っているみたいだった。そして、彼はどうやら、背中や腹などに金属の一部を埋め込む人体改造によって、サソリの尾や蜘蛛の脚を再現しているみたいだった。


「一番の好物は蝶よ」

「はあ、もう昆虫食の話は止めてくれよ…………」


 彼女は、くすり、くすりと頬に手を当てて笑う。


「じゃあ。201号室の患者ね」

 彼女は地下の階段に案内した。

 二人は、石造りの階段を下りていく。



 201号室の患者は、ガリガリの青年で脳味噌が半壊した薬物中毒患者だった。元々は筋骨たくましい男だったらしい。空腹を紛らわせる為に、シンナーを吸う事から始めて、脳を溶かし始めて、他にもシャブやコカインを含め、様々な薬物に手を出して、全身が爛れた顔をしていた。彼はよく歌を歌う。殆ど歯が抜け落ちた口で、歌う。イリーザは彼の歌声を録音して、作曲してみたらしい。そうすると、綺麗な音色の音楽が出来あがったそうだ。一つのアルバムとして、12曲分は制作したそうだ。



 204号室の患者は若い女だった。

 彼女は自転車と性行為をしようとして、まず病院にブチ込まれた。退院した後に、次は、公園のアスレチックと性行為をしようとして、再び、病院にブチ込まれた。それなりに美しい容姿をしているのに、彼女は人間の男性ではなく、無機物にしか欲情しないのだ。

 彼女はうっとりと、自転車や自動車のカタログ集を見ながら、自慰行為を繰り返すらしい。彼女いわく、特にサドルやエンジン部位がセクシーで、エロティックらしい。

 イリーザは、そんな204号室の彼女を見ながら、きっと、彼女にとっては素敵な男性なのよね、と呟いた。

 セルジュは、お前、好きな男性とかいるのか? と、何気なく訊ねる。

 イリーザは、私はアセクシャルで、男も女も好きじゃないし、そもそも恋愛感情も性欲も他人に持てないと告げた。そう言うセルジュは、どうなの? と、彼女は返す。セルジュは、俺は自分の容姿がどうしようもなく愛おしいと告げた。それ以外は、恋愛感情を持てないのだと。

 二人共、笑い合った。


「ねえ、セルジュ。私は思うの、人間はもっと自由でいいんだって。自由に生きていいんだってっ!」

「お前、閉じ込めているじゃねぇかよっ! 自由にしてやれよぉ!」

「うーん、私の権限っていうか。精神科医の権限だから。私は管理の仕事を任されているだけで。後は、ご家族さん?」

「お前が仕事をしているようには思えないけどな」

「バレた? うん、主に管理は、ヴァンピロスと“ドクター”が行っている」

 少女は無邪気な顔で言う。


「こいつら。お前の“人間コレクション”だろ?」

「当たりっ! やっぱり、分かった?」

「俺なら、閉じ込められたら。ストレスで死にそうだぜ。発狂して、自殺しそうだ」

 セルジュは、少しうんざりしたような顔になる。


「大丈夫。開放病棟も作っているから。でも、手に負えない子もいるの」

「はあん。『ドグラ・マグラ』の世界かよ。狂人開放病棟って」

「ああ。いいイメージね。ちゃかぽこ、ちゃかぽこ、ねっ!」

 イリーザは、ドグラ・マグラの台詞を吐く。

小説の方を、読んでいるみたいだった。


「映画がイイぜ。あのドロドロした意味不明な世界観を視覚的に鑑賞できる」

「そうなんだっ! 今度、探してみるっ!」

 イリーザは、スマートフォンで早速、調べているみたいだった。

 彼女は鼻歌を歌う。

 大好きな、ヴィジュアル系バンドの音楽だろう。


「V系は狂気をテーマにしているものが多くて素敵よねえ。彼らはとっても、狂っているものに寛容。だから、私は彼らの世界観が大好き」

「しかし、よくもまあ。こんなにイカれた奴らを集めたなあ」

「大丈夫よ。みんな無害だし、それにいい子で優しい。想いやりに満ちているの……」


 彼らは安全だ。

 少女は、そう保証する。

 鉄格子の中に入れられているからじゃない。

 彼らは、檻から出ても安全だろう、と少女は言いきる。


「もっと、危険な患者は、そうね。地下の奥底に閉じ込めているわ。でも、私は彼らが大好きだなあ。でも、セルジュ。彼らが檻に入っているのか、普通の人間が見えない檻の中にいるのか分からない。ねえ、そう思わない?」

 イリーザは、両手を広げて微笑する。


 地下三階で、唸り声が鳴り響いていた。

「なんだ? あれは?」

「ああ。ヴァンピロスが相手をするから大丈夫」

 イリーザは優しげな顔をする。


 306号室の患者は、地下三階の部屋を全て使っていた。

 城の別の棟から、地下三階に向かう事が可能で、先回りするように、黒いコートのヴァンピロスがいた。彼は、美しい褐色の肌の青年と睦み合っていた。


「ああ。ヴァンピロスは同性愛者なの。ゲイって奴ね。彼は男しか好きじゃない。地下三階の彼は、私の弟と愛し合っているわ。いつものように。鉄格子の中に、ヴァンピロスが入っていくの。そして、ヴァンピロスに血を飲ませるのが好き」

「はん? 二つ聞いていいか?」

 セルジュは、訝しげに訊ねた。

「どうぞ?」

「まず、お前の弟の恋人とか言う男、なんで、檻の中に入っているんだ? そして、お前の弟…………。吸血鬼なのか?」

「ああ。まず、弟の事からね。彼は吸血鬼ね。……少なくとも、彼は自分ではそう思っているわ。美しい男の肌の血を吸わずにはいられないんですって。童貞だと特にいいって。それから、もう一つの質問ね」

 少女は少しだけ、物悲しげに言う。


「弟の恋人の彼は、父親の折檻でPTSDになったわ。毎晩、父の幻覚と戦っているわ。彼の父は、地元で政治家だったのね。でも家庭人としては、成績が悪いと、彼を鞭やベルトで打った。それ以外にも、陰惨な虐待を行ったと聞いているわ。そして、彼は心を病み、発狂した。だから、彼は沢山の人間を“串刺し”にした。自身がドラキュラの生まれ変わりだと言って、父親に似た容姿の物達を串刺しにして回った……。生き血も啜った……」

「おい、その父親は…………?」

「彼は、本当は父を殺したかったのだけど。運命の皮肉ね。彼の父親は流行り病で死んでしまった。それで、地下三階の彼は、完全に復讐相手を見失って、壊れたの。今は、弟のヴァンピロスが、毎晩のように、彼をなだめている…………」

「そうか」

 セルジュは、少しだけ何とも言えない気持ちになる。


 そして、二人は、地下四階へと向かう。…………。

「うふふふふっ、今度も患者も素敵よ。彼も地下四階を丸ごと使っているわ……」

 彼女は、本当に愛しそうな顔だった。

 それは、まるで幼い少女が、自身のヌイグルミや犬猫などを可愛がっているかのようだった。無邪気だ。そして、彼女は、酷く……歪んでいた。多分、彼女も壊れていた。


 狂人達を愛犬のように愛でるイリーザ。

 あの気に入らない、名前を知らない女を拷問したイリーザ。

 同一人物で、彼女は、そういう人間であって、そういう存在なのだ。


 ふと。

 イリーザは、凍り付いたような顔をしていた。

「地下四階の患者がいない。……逃げられたわ。セルジュ、出来れば彼を捕まえて欲しい。かなり、危険な患者の一人よ。私でも、少し手に負えない…………。下手をすると、私達、二人共、殺されるかも。……いや、弟や、他の患者達も、殺されるかもしれない……」

 少女は、本当に困ったといった顔をしていた。


「どんな奴なんだ?」

「“ドクター”。この精神病院の管理人で、あらゆる患者達を鉄格子の中で、コンピューターで管理しているわ。でも、彼を檻から出しては駄目。そうすると、彼の別の人格が現れる。それは、私達を、城の者達全員を殺害しようとするプログラムが埋め込まれているの。狂人は全員、殺さないといけない、というプログラムが…………」

 イリーザの蒼白な顔は続いていた。


 セルジュは、任せろよ、と、少女の頼みを引き受ける事にした。



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