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CASE 古城の病棟 -狂気展示場- 1


 セルジュは、よく出来た人形を見続けた。

 ダリアに似せて作られた人形だ。

 ダリアの写真のコピー渡して、作らせた人形だった。ダリアと同じような服を着ている人形。ダリアが好むような服を着ている人形。


 セルジュは刃物で、その人形の顔面を切り刻んでいく。

 眼に大ハサミを入れ、口元をズタズタに切り、耳を削ぐ。


 此処は、鏡張りの密室だった。


 セルジュは、ダリアの人形を何体も壊す。

 壊す、壊す、壊す、壊す。


 彼は、かつての所有者の肉体を模したものを破壊する事によって、自らが存在しているような気がした。自己確認。それがとても、安心を得る事が出来る。


 ダリアの模造品は、そしてまた積み重なる。

 彼は壊す度に、心に安心を得ていた。



「たまには、俺好みの仕事をさせてくれよ」

 セルジュは、闇の骨董屋デス・ウィングに強く言った。

「そうだなあ。どんなのがいい?」

「服が汚れない場所に行くのがいい」

「ふむ、そうか。分かった。そうだな」

 彼女はとても楽しそうな顔をしていた。


「この女の依頼を受けないか?」

「うん?」

「絵に描いたような、ヨーロピアンな城に住んでいる。そいつは理解者を欲しがっている。お前の事は伝えておくよ」

 デス・ウィングは、口元を歪める。



 デス・ウィングは、他人の異常性を率先して観察して、覗き見しようとする。

 セルジュは、異常な他人の感性を嫌悪し、関わらないようにする。

 二人共、スタンスは違うが、それぞれ闇に住まう者達と関わる宿命にあるみたいだった。


 セルジュはバッグを手にして、白いフリルに赤いレースをふんだんにあしらったゴシック・ロリィタの服を着て、この屋敷の前に立っていた。古城のような洋館だ。空は稲光が走っている。彼は頭に付けたヘッド・ドレスに付属した紅い薔薇を弄りながら、その洋館のドアを叩く。


 茶色の煉瓦をした、中世風の巨大な城だった。


「こんばんは。配達に着ました」

 中から、一人の男が出てくる。


 長身の美男子だった。

 透き通るような金髪に、鼻筋が通った端正な顔。雪のように白い肌だ。

 全身を真っ黒なコートで覆っている。


「こんばんは。僕はこの館の住民の一人です。貴方の依頼主は僕の姉さんです。是非、少しだけ居間に入っていただけませんか? 姉さんは、友達が少ないので」

 セルジュは頷く。

男は、彼を屋敷の中に案内する。




 客室だった。

 暖炉と燭台に火が灯されている。


 真っ黒な長い髪を、ツインテールにした美少女が、真っ赤なドレスを身に纏って、セルジュの前に現れる。


「こんばんは。お届けモノに来たのですね」

 彼女は、うやうやしく礼をする。

 セルジュはバッグの中から、包み紙を取り出して少女に渡す。

 暖炉の上には、巨大な骸骨の聖母マリアの絵に、逆十字があしらわれていた。


「ありがとう御座います。貴方のお話は聞いています。なんでも、大好きだった女の人の身体を奪った肉体なのだかとか」

「ああ、そうだ」

 少女は嬉しそうな顔をした。


「貴方の名はセルジュさん、ですね」

「そうだ。お前は?」

「私はイリーザ・トゥルー。後ろにいるのは、私の弟のヴァンピロス・トゥルーです」

「そうか。よろしくな」

 イリーザは長椅子に深々と座りながら、クマのヌイグルミを抱きしめる。


「貴方は、私を理解してくれそうですね。では、私の趣味を見て頂けませんか?」

「…………、いいぜ……」

 セルジュは警戒しながらも、少女の後に付いていく。



 そこは、美容室のような部屋だった。


 一人の女が口に猿轡(さるぐつわ)をされて、拘束衣を着せられて、美容室にあるような椅子の上に座らされていた。全身を拘束衣の上から更に、ロープで縛り上げられている。


「あの女はショッピング・センターで、私をあざ笑っていました。名前は知りませんが。気にいりません。きっと、私の顔を見て笑ったのでしょう。お前は醜い、あたくしの方が美しい、とばかりに…………。だから、罰を与えてあげなければなりません」


 そう言うと、彼女は長いナイフを取り出す。

 そして。

 縛られている、女の鼻を勢いよく削いだ。

 女は苦痛と恐怖で絶叫し、涙を流し続けていた。


 イリーザは、女を鏡に向かわせる。

「ほら? 貴方のご自慢の鼻は、もう無いの。お別れね。私を嘲った鼻はもう無いの。ねえ、貴方に毒薬の瓶を渡すから。これから貴方自身が自ら自殺しない? そうすれば、赦してあげる」

 イリーザは、にこにこと椅子に手を置きながら笑っていた。

 女は必死で首を横に振る。

「あら、そう? 私を嘲った、唇もいらないわね?」

 そう言うと、イリーザは猿轡を解くと、ナイフで、彼女の口を裂いた。

 女の口は、耳元まで裂かれていく。血がほとばしる。

 そして、イリーザは女の唇も削ぎ落していく。


 女はみるみるうちに、骸骨のような顔になっていく。

 イリーザはただただ、絶叫の高笑いを続けていた。

 壊れたように、イリーザは笑い続ける。

 女は泣き叫び続けていた。

「貴方は生かすの。ずっと、生かすの。ちゃんと眼球は残しておくからねぇ? ……ああ、今、整形手術の技術だと結構、顔を修復出来ちゃうのよねえぇ? 絶対にそんな希望を微塵も残させないように。これから、もっともっともっともっと、損壊したまま、生かしてあげるからね?」

 そう、イリーザはパラノイアックな事を述べていく。

 そして、おもむろに彼女は振り向いた。


「セルジュ。私、こういう奴だけど。それでも、私の友達になれる?」

「ああ? その刃が俺に向かなければな。軍人だってそうだ。銃を持って、敵を撃ち殺し、時には残忍に敵を拷問する。でも、味方には発砲しない。そのルールを守ってくれるならな?」

「あはあぁ? それ、とっても嬉しい。うふふふっ、じゃあ、夕餉に案内するわね」

 そう言うと、イリーザはとてもとても無邪気に笑った。



「人肉とかじゃないよな?」

「普通の子羊よ」

「生き血とかは?」

「入ってないわ。普通の葡萄酒」

「合格だ」


 三人は晩餐を行う。

 食卓の料理は、とても豪勢だった。


 牢獄のような、石壁に包まれている晩餐の部屋だった。


 テーブル・クロスの上にも、燭台が置かれている。

 そして、美しい赤や桃色の花を活けた花瓶が置かれている。

 炎の明かりに映し出される、イリーザの顔はおぞましい美しさを讃えていた。


「ねえ、私の事、どう思う?」

 美少女は、無邪気にセルジュに訊ねる。

「ああ? デス・ウィングが向かうように言われた、今までの依頼人の中で、一番、マトモそうに見える」

「あははっ、それは、とても嬉しい」

 彼女はナイフとフォークで、子羊の肉を切り分けていく。


「イリーザ。お前、裏にマフィアとかいないよな? ……銃器の密輸に手を染めたりは?」

「いいえ。仕事は、その。この辺りの住民に土地を貸して生計を立てているわ」

「地主ってわけか。……お前、薬物とかやっていないよな?」

「向精神薬や安定剤、睡眠薬なら少々。それからビタミン剤や栄養剤、胃腸の薬くらいなら……」

「本当に合格だ。お前くらいの“常識人”ばかりがサイコ・キラーなら、世界は平和ってものだ」

 そう言って、セルジュは生野菜のサラダにフォークを伸ばす。


「音楽は好きか? この家でよく流すのは……。そうだな。『Night Wish』や『Evanescence』、『Dark Lunacy』とかか? あるいは宗教曲の『パレストリーナ』? ……いや、詳しくないから、適当に聞いているが……」

「ふふっ。私は『マリス・ミゼル』や『モワ・ディス・モワ』。少し前に結成された『ファム・ファタール』が好きね。とても純粋で透明な世界観なの」

「なんだ、……ヴィジュアル系じゃねぇか……。……ん、ああ、嫌いじゃないぜ」

 イリーザが少し睨んでいたので、セルジュは焦る。

「今度、CD貸してくれ。気になってた。面白そうだ」

 セルジュが、そう言うと、イリーザは、ぱあっと明るい顔になる。

「うんうん、うんうん。きっと、気になると思うよ。そうだ。なんなら、プロモーション・ビデオも貸しちゃう。ステージ衣装がとても素敵なのっ! ライブにも何度も行った!」


 こうして見ると、普通の可愛らしい女の子だ。

 っていうか、なんというかタダのバンギャだ。


 バンギャ=バンドを追っかける女性の事。おもにヴィジュアル系バンドのおっかけファンの女の子達の事を差す。多くはそのバンドのイメージにあったファッションをする者が多い。


 ちなみに、CDはプレミアモノだとか期間限定盤だとかで、傷を付けたり汚したりすると、ナイフで刺すとか言われたので。セルジュは丁重に交渉し、CDをダビングして貰う事にしたのだった。


 ちなみに、イリーザはアセクシャルである。

 男性も女性も好きじゃない。

 ヴァンピロスはゲイ。美しい男性の生き血を啜るのが好き。



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