3
夜明けまで待った。
日の出が近付くと、動きを緩める“個体”もいるみたいだった。
セルジュは、刃物を取り出す。
後ろから、襲撃する。
その男の頭の顎から上が無くなる。
男は地面に倒れる。
切断面から、何か奇妙な羽虫のようなものが飛び立っていく。
「脳を虫に乗っ取られていたんじゃねぇのかあ?」
セルジュは、一体、一体を襲撃して倒していく。
マトモに相手したいとも思えない。
とにかく、この漁村から出なければならない。
彼らの風習を理解するつもりは無いし、彼らと対話するつもりはもっと無い。
……とにかく、村の外に出ないとな……。
彼らは、虫を使う。
となると、伝染病を運んでくる虫も多いにありえるし、体内に侵入させるタイプも使ってくるかもしれない。だから、充分に警戒するに越した事は無い。
セルジュが作った死体には、蝿が集っていく。
そして、見る見るうちに、卵を産み付けられていく。
……ああ、本当に、気持ちが悪いなあっ!
セルジュは、とにかく、死体から離れていく。
何処かで、騒ぎが起こった。
どうやら、人々が、何かに集まっているみたいだった。
それは、女の死体だった。
美しい女だ。
この辺りの村の者達の服装をしている。
どうやら、纏足の女の一人だった。
菊世ではない。
その女の死体へと、人々が群がっていた。
そして、お互いを押しのけている。
どうやら、女の身体には、もう蛆が集り始めていた。
その蛆を喰う為に、村の者達がこぞって、お互いに罵り合い、押しのけあっているのだ。
その中には、ユキヒトの姿もあった。
……さてと。
セルジュは、慎重に、村の外へと向かう。
あの女は、村の誰かの娘か何かだろうか。
この騒ぎに乗じて、セルジュのせいにするつもりで、誰かが殺害したのだと思う。それが誰かは、彼には関係の無い事だし、どうだって良い事だった。
とにかく、デス・ウィングからの依頼は果たした。
届け物は終わったのだ。
「さて。もうすぐ、夜が明けるな」
真っ暗な中、狂乱しながら、男達は女の死体を漁っている。
虫が、とても美味らしい。
セルジュは大欠伸をしていた。
しばらく、魚介類も食べたくない……。
村の外に出る際に、近くに、海岸が見えた。
何者かが、海岸に集まってくる。
あの暗い海の中、小舟の上に座るセルジュの姿をじっと見つめていた者達だ。
「ん、なんだ? お前ら」
異形の者達の一体が、彼に何かを告げる。
それは、啜り泣きだった。
浜辺まで近付いた、彼女達は、ひたすらに泣き続け、何かを懇願していた。
なんとか、彼女達の言葉を拾い集めるように、聞いてみる。
彼女達は、ある言葉を必死で告げていた。
……殺してください。どうか、私達を……。
啜り泣きの歌声は、とても物悲しく、海岸に響いていた。
他の村人達に気付かれる。
セルジュが真っ先に、そう懸念した。
……殺して下さい、私達を…………。
明かりが、漏れ出して、彼女達の姿がやがて露わになってくる。
「お前ら、一応、聞いておくけど。どれくらい生きている?」
彼女達は、彼のその問いに、しばし困惑しているみたいだった。
「俺では、きっと駄目なんだよ。他を当たってくれ」
セルジュは、冷たく、そう言い放つ。
すると。
女の一人が、海の中から、飛び跳ねてきた。
全身が焼け爛れて、両脚が癒着している姿だった。
セルジュは。
跳躍して、その女の頭から脚までを、縦に二つに分ける。
女は、二つに分断される。
二つになった、女は、それでもなお、生きていた。
人魚の肉は、不老不死になるのだと聞く。
そして、その人魚自体も、不老不死なのだろうか……。
「よく分からないけど。多分、お前らも不死者(アンデッド)だ。頭潰して生きているんなら、俺に殺されるのを諦めろ。まあ、お前らを不死にしている原理は何も知らないけどな……」
二つに分けられた女を見て、浜辺の海水に浸かっている者達は、酷く絶望しているみたいだった。物悲しい、歌声が、海岸に響き渡っていく。
二つに分けられた女は、身体の片方だけで動き続けていた。
中の内臓が、ごっそりと、砂浜の砂と混ざっても、なお生き続けていた。彼女達は死すべき運命が与えられない。永遠に異形として、この海を彷徨い続けるのだ。
ふと。
地面に撒かれた、内臓の中から、細長い虫のようなものが現れる。
回虫、だろうか。
魚などに寄生する虫だ。
セルジュは、それを見て、バッグの中からオイル・ライターを取り出す。
そして、ライターに火を付けて、回虫へと投げ放った。
回虫は、見る見るうちに、炎に焼かれていく。
それと同時に。
二つに分断された女は、動かなくなった。
「ほう、成る程、面白いな」
セルジュは、少しだけ関心する。
そして、オイル・ライターを拾い上げた。
「全員、冥府の河へと送ってやるよ。死にたくても、死ねないんだろ? 今、殺し方が分かったからな。しかし、お前らのような存在は、死後に、天に召されるのか。それとも、地の底へと向かうのか。どちらなんだろうな?」
セルジュは、笑う。
美しく唇を歪めて、笑う。
そして。
村に大きな炎の柱が生まれる。
家々に火が放たれていく。
異形となった人魚の一人が、火を放ったのだった。
彼女は松明の火を、村に放った後、自らも炎の中へと身を投げた。
そして、呪われた村には、次々と火が放たれていく。
4
「というわけでな。自死の仕方を見つけてやったら、俺が殺してやるって言ってやったのに。あいつら、みんなで村に火を付けやがったんだ。よっぽど、深い恨みでもあったんだろうなあ。どうせ死ぬなら、道連れにしたかったんだろう」
そう言いながら、セルジュは喫茶店の中で、デス・ウィングの前でオレンジ・ティーを啜る。
「はあ。なんだ、依頼人は出来るだけ殺して欲しくないな。私の店の客はなあ」
そう言いながらも、デス・ウィングは報酬の入った封筒を、セルジュに渡す。
「それなんだけどな。どうも、あの村、まだあるらしいぜ?」
セルジュはチョコの生クリームの乗った、ワッフルを口にする。
「なんだと?」
「ああ、平然としている。あの、ユキヒトって男と菊世って女から、この前、手紙が届いた。村の復興の為に、頑張ってます、ってな」
そう言いながら、彼は忌々しそうに、その手紙を、デス・ウィングへと渡す。
デス・ウィングは村の写真を見ながら、とても嬉しそうな顔をする。
「なら、また店の商品を買ってくれる客が維持出来るな」
「ああ、本当に全部、燃やしてしまった方が良かったんだろうけどな」
彼は嘆息する。
「処でセルジュ……」
「なんだ? 刺身屋なら当分、誘っても行かねぇぞ」
「いや、私がその村に赴こうと思ってな」
「なんだ? 例の人魚の身体に巣食っていた、回虫でも回収して客に売るのか? 不老不死になれますってな」
「ああ。それも面白いが。その村の村長に興味があるな。少し、村人達から、村長に関して、話を聞いてみたいと思っていたんだ…………」
デス・ウィングは、何故か、言い淀んでいた。
「村に行くのかよ? 勝手に一人で行けよな」
「いや、そのな。私の処にも、手紙が来たんだ。新たな依頼なんだが。そもそも、私は商品を売っているだけなんで、その……、村の連中。若い衆の代表とかいう、ユキヒトから、新たなお願いをされて…………
「なんだよ、俺は絶対にもう引き受けねぇぞ」
「私も、その、なんだ。自力で解決しろって思うんだよ。今回は、同感だな」
デス・ウィングは、珍しく、少し困った顔をしていた。
セルジュは首を傾げる。
「で、なんだ? なんだよ、そのお願いってのは?」
「あのだ。村長が逃げ出して、何処かにうろついているらしい。手紙によると、ついに村長が孵化したんだとさ。その様子を、写真に収めて、私の方に送ってきた」
彼女は、写真をセルジュに見せる。
それは、人間の老人の背中を破り、今にも羽ばたかんとする、蛾か蝶か何かの成虫だった。頭と前脚は、カマキリのようになっている。尾はムカデのようになっており、更にハサミムシのような、ハサミが付いていた。
「おい。結局、あの村の連中、人間なのか? 魚なのか? それとも虫なのか?」
「いや、この私も分からない。閉ざされた未開の村ってのは、気味が悪いな」
セルジュは、デス・ウィングの顔を見て、まだ何かを隠しているように見えた。
「正直に、言ってしまえよ。俺は別に口外しないぜ」
「…………、同じ姿の奴。私の店を襲撃しに来たんだよ。……私の持っている虫の卵の臭いでも感じ取ったのかな? 仕方が無いから、その……殺して。ピンで止めて、標本にしてしまった。とにかく、デカイ、昆虫標本になったな……」
デス・ウィングは、神妙な顔をしていた。
セルジュは、少しの間、言葉を失う。
「死体身元引受人になって貰うか? あの村の奴らに」
「身柄を引き渡して、私が村長を殺害した事が知れ渡れば。……もう私の店への注文は無くなるかな」
「そんな事で悩んでいたのかよ。もう放っておけよ、あの村の連中なんて」
「そうだなあ…………」
「ああ、ちなみに、その標本、店に飾るなよ。気持ち悪い…………」
「実は、更に話の続きがあって……」
「なんだ?」
「その標本を購入したいと言っている女が現れたんだ。顔を包帯で巻いて、脚が不自由そうだった。まあ、また今度、来てくれって言ったんだがな。何故か、とても憎々しそうに、標本を見ていたけどな。ああ、でもどこか嬉しそうでもあったかなあ……。お前の話を聞く限り、自殺した人魚の中で、自殺を止めた生き残りかもなあ……。その人魚達、長老に玩具にされたんだっけ? 長老だった、巨大な昆虫の標本を買って、自らの手で壊すのかな? それとも、村の象徴として、飾るのかな?」
デス・ウィングは、彼らの気味の悪い情念に対して、正直、嫌悪感を覚えているみたいだった。やはり、……彼女でさえも、あの村の風習は、何か、生理的に駄目らしい。
「ああ、もう本当にワケが分からない連中だなっ!」
セルジュは、ゲンナリした顔で、テーブルを勢いよく叩いた。
デス・ウィングは、こぼれそうになった紅茶の陶器を器用につかみ取ると、違いないなあ、と珍しく同意の感情を示した。
了